第16話 いろんな生活を見たぞ……♡

 昼食をごちそうしてくれたのは地方領主の親戚で、国の中枢に関わりのない人だそうだ。領主の館は街道から遠いから、ちょっと格は落ちるけど、と言って親戚の家に招かれたらしい。

 ちょっと、という話だったけど、ちょっとだいぶ困ってそうな佇まいのお屋敷だ。門は錆だらけ、庭は荒れ放題、建物も小さくて、王子一行全員が入れるか怪しいところ。


 出迎えてくれた当主さんも、やつれていて、太かったのであろうお腹を帯で巻いて服をむりやりフィットさせている。


「このようなむさくるしいところに王子殿下、聖女様をお招きするとは、大変な失礼ではございますが……」


 執事さんが当主さんの前で軽く腰を折って、言葉を止めさせた。


「ヒイロ王子より、お言葉をたまわっております。親切にも一同を招じてもらい、感謝する。とおっしゃっておられます」


 当主さんは、それで観念したのか、ヒイロ王子のポロ車の前にやって来た。


 ヒイロ王子、私、シロハツさんとポロ車から降りると、当主さんはおどおどと視線を泳がせた。


「よ、ようこそお越しくださいました。王子殿下、聖女様。皆さまをお迎えするには相応しくないあばら家でございますが、精いっぱいのおもてなしを差し上げたく存じます」


「歓迎、感謝する。大所帯で押しかけてすまないが、よろしく頼む」


 ヒイロ王子が微笑むと、当主さんは深く腰を折った。そこまで恐縮しなくても……って思っていたら。


 本当に全員がお屋敷に入ることが出来ず、庭で待機する人と、食事する人、二交代制になった。

 部屋数がとても少ないらしく、直接、食堂に通され、六人掛けの小さなテーブルで食事をいただいたんだけど。


 私たち、本当にこのお宅にご厄介になって良かったんだろうか。テーブルには料理が山盛りだけど、給仕してくれるこの家の人たちはみんな痩せているのだ。もしかして、食糧事情が悪いのでは……。


 料理には野菜と果物が極端に少ない。農家さんではたんまり野菜を食べさせてもらった。けど、もしかして流通が悪くて農作物は街ではすごく高いとか? なんだか色々心配になってしまう。私たちがたくさん食べたら食糧庫が空にならないかな。


 そんなことを考えてもしょうがない。私は聖女。満腹になるのがお仕事だ。いつも通りもりもり食べたけど、なんだか罪悪感が湧いた。




 ヒイロ王子より一足早く、ポロ車に戻ってシロハツさんに聞いてみた。


「このお宅、もしかしてお金持ちじゃないのでは……」


「さようでございますね。地方領主の血筋であるならば、ある程度の援助は受けられるものと思いましたが、食にも事欠くほどとは。なにかご事情がありそうでございますね」


「私たちが来ちゃって、負担になってないかな」


 シロハツさんが優しく微笑んだ。


「下々のものにまで、お気を配ってくださるなんて、アサヒ様は本当にお優しくていらっしゃいますね」


 いえいえいえ、そんな。私も庶民ですから、わかるだけです。


「王族がご逗留あそばす家には、慰労金が下賜されます。とても栄誉なことなのです。御心配には及びません」


 ああ、良かった。それなら安心して出発できる。

 ヒイロ王子も当主さんとの話が終わってポロ車に戻ってきた。見送られて門を出ると、ヒイロ王子はすぐにカーテンを閉めた。


「アサヒ、事後報告になってすまないが、きみのメイドを一人、私の任務に就かせた」


 メイドさん? 首をかしげると、ヒイロ王子はシロハツさんに視線を送った。うなずいてシロハツさんが説明してくれた。


「聖女様の身の回りのお世話を承るものは、皆、なにがしかの術を心得ております。本日、カント男爵領に残ったウコンハツは体術と諜報術に長けております」


 なんと。メイドさんたち、強いのか。それで私が滞在する部屋の安全確認なんかもやってくれてたんだ。爆弾処理の専門家なんかもいるのかもしれない。この世界に爆弾があるか知らないけど。




 次に宿泊させてくれるのは、国境のすぐ側、ギイツ子爵っていう人のお城らしい。国境警備のための要塞の意味もあるお城だから、厳つい建物だということだった。

 国境付近の街並みを見ておきたいということで、カーテンが開かれた。無言の行、開始。


 ヒイロ王子は窓の外を真剣な目で見つめている。私の目にはずいぶん貧しい街に見える。道を行く人の服は色褪せていて。体型もかなり細くて。何より活気がない。

 建物も屋根や壁が傷んでいるのに補修されていない民家がゴロゴロある。お店らしい建物の扉が閉め切ってあるところも多い。まるで日本のシャッター商店街だ。これが街道沿いの街の中心地だとしたら、下町なんて、どうなっているのか。


 それでもギイツ子爵領に入るころには、だいぶ住み心地がよさそうな街並みを見ることが出来た。王都とは比べ物にならないけど、街の人たちもふっくらしている。




 到着したお城は、戦艦だった。

 いやいやいや、おかしい。国境の塀のすぐ側にそびえる巨大戦艦。あの有名な宇宙に飛んでいく戦艦みたいな、船。それが、低い丘の上に、チョーンとのっている。えええ、どういう状況?

 お城の周りには空堀があって、もしかしてそこに水を溜めて出港するのかなと思ったりしたけど、船が丘の上にあったら、水に浸かりようがない。なんだ、なんの意味があるんだ。


 驚いている間にポロ車は戦艦の……、いや、お城の入口に近づいていった。三階層ある戦艦の二層目に入口があるようで、空堀の端から、入口まで巨大なタラップが設置されている。ポロ車とポロが何騎も通ってるけど、タラップはビクともしない。なんだろう、このタラップ。平常時は戦車でも運び込むんだろうか。


 厳つすぎるお城に度肝を抜かれていると、さらにびっくり。領主さんはガッチリした体格の六十代くらいの女性だった。長い髪をお下げにして鎧を身に付けている。この国は戦士に男女差はないみたいだけど、貴族は男性上位みたいだったから驚いた。


「第一王子、ヒイロ殿下。聖女、アサヒ様。我が領地にお迎え出来る幸福に打ち震えております。ご滞在の間、真心を持っておもてなし致します。なんなりとご用命くださいませ」


 領主さんは右手を胸に、左手を背中に当てる礼を取った。これって、騎士さんの挨拶なのかな。ヒイロ王子もヤマドリ王子も同じようにしてたけど。


 ポロ車を降りると、床は金属製だった。キャビンの廊下には、丸窓がついて、鋲で止められているドアがズラリと並んでいる。船だ。どう見ても船だ。

 ぽかんと口が開きそうになるのを必死にこらえる。唇にぎゅっと力を込めて、口を塞いだ。口を開けたら、ついなにか言葉を発してしまいそう。無言の行、無言の行。


 案内されたのは第一層。船の底部だ。見晴らしのことを考えて三層なのではないかと予想していたら、大外れ。三層は大砲がずらりと並んでいるらしい。ああ、この世界にも火薬はあるんだね。


 第一層はポロ車が乗り込んだ二層とはまったく別の船みたいだった。廊下に真っ赤な絨毯が敷いてあって、通路に並んだドアも金属ではあるんだけれど、白く塗装されて豪奢な掘り込みがある。ラーメン丼の模様とか。

 きっと、お城のお偉いさんの部屋とかなんだろうな。


 それでもやっぱり戦艦だからなのか、居間という概念はないらしく、通されたのは今夜、宿泊する部屋だった。少し狭いけど、寝室としての機能は完璧だ。それに何より、部屋にユニットバスがある。風呂トイレ付き六畳一間。すばらしい。


 ウキウキしていたら、メイドさん二人が荷物を運び込んでいた。安全確認は私が来る前に済んでいたのだろう。素早く、静かに、人目に付かず。そんな働き方って、もしかしてクノイチなのでは? 女性の忍者。聞いてみたいけど、私は無言の行の最中。モヤモヤしながら彼女たちのテキパキとした働きっぷりを鑑賞するしかなかった。


 晩餐は、それはそれは素晴らしかった。なんと、お刺身が出た。川魚らしいんだけど、日本と違って生食しても安全らしい。いろいろ違うものだね。

 このお刺身が、緑色のソースをかけられていて、やたらめっぽう美味しい。お魚は小骨まで取り除かれていて透明に見えるほど薄く切られている。ふぐ刺しより薄いかも。

 食べたらこりこりして、すごく甘い。緑のソースは少しの苦みと、あふれ出る草いきれのにおい。ソースだけだと草っぽいだけかもしれないけど、お刺身と一緒に食べたら、それはもうトビウオになって飛び回りたいほどの美味しさ。

 領主さんとヒイロ王子が話していた情報によると、お刺身文化はウェスティンから流行してきているそうだ。

 ウェスティン王国! 楽しみすぎる!


 食後にいつまでもだらだらと食堂でお菓子を摘まみ続けていたら、領主さんが近くの席に座って話しかけてきた。


「聖女様、お許しいただけるならば、いつか食対戦を申し込みたく思っております」


 えーと。無言の行なので、返事は出来ない。うなずくのもダメなのかな。横目でシロハツさんを見ると、首を横に振っている。よし。動かないぞ。


「私などでは聖女様の足元にも及ばないでしょう。それでも、私の祈りを神に届けていただきたいのです」


 私を射抜こうとしているかのような強い視線。なにか心に溜まっていることを言葉にしようとしている。


「私には息子が三人おりました。皆、騎士となり国のために働いておりました。ですが、次男がスパイ容疑で斬首されたのです」


 なにか、おかしいことを聞いた。よく考えてみると、「容疑」で「斬首」って言わなかった?


「次男は食対戦に負け、身の潔白を証明することが出来なかったのです。ですから」


 ギイツ子爵は私に痛いほどの闘志を叩きつけた。


「息子のために祈りを」


 無言の行の途中だと言ってもらっていて、感謝している。私にはギイツ子爵の強い思いに返すべき言葉が見つからない。




「シロハツさん、世の中にはいろんなことがあるんですねえ」


 ベッドに、デロンとうつ伏せて言ってみると、シロハツさんは優しく布団をかけてくれた。


「ギイツ子爵の祈りのことでございますね」


 そうなような、違うような。私はなにを知りたいんだろう。


「食対戦は神に捧げるものでございます。祈る気持ちがもっとも強く神へ伝わると言われております。もし、ギイツ子爵が正式に食対戦を申し込まれましたら」


 シロハツさんが言葉を切ったので、振り向いてみると、悲しそうに顔を曇らせていた。


「たとえ、打ち倒すことになったとしても、アサヒ様がお受けくださいましたら、シロハツは嬉しゅうございます」


 シロハツさんにも、食対戦をしたいほどに祈りたいことがあるんだろうか。見たことのないシロハツさんの表情を見るのが辛くて。その思いを聞くことが出来なくて。私はただ、うなずいた。


 


 出発までに丁寧に手入れされたようで、ポロたちはみんなツヤツヤしている。心なしか嬉しそうで、むふん、むふんと鳴いている。


「ヒイロ王子、我が城にご滞在いただけた名誉を末代まで伝え続けます所存。また、聖女様におかれましては、当領地のものすべての喜びをお受け取りいただき、全領民を代表いたしまして御礼申し上げます」


 ええと、喜びを受け取ったって、どういう意味だろ。わからないけど、すこしだけペコリ。わからなくてもスルー出来る無言の行はありがたいよ。


 ギイツさんが国境の門まで先導してくれて、まだ朝早い時刻に国境を超えることが出来た。まだ明るくなったばかりだというのに、ウェスティン王国からもアルトメルト王国からも多くの人が行きかっている。

 しばらくポロ車を走らせると、唖然とするような景色が目に飛び込んできた。


「これは……」


 ヒイロ王子が言葉を失くした。道の両側には無数のテントがあった。いや、テントなんて良いものじゃない。筵を敷いた上に棒をたて、その棒に布を結び付けてある。大人が一人、やっと体を隠せる程度の布。そこに家族五人や六人が寄り集まっている。

 そしてなにより、ここにいる人は、ガリガリに痩せていた。


 服はあちらこちら破れてボロボロ、素足で歩き、時には力尽きたのか、倒れる人までいる。

 なんなの、これ。クヨウは太っていることが美しさだっていうところじゃないの? それならこの人たちは、醜いとされているの? それどころか命の危険まで感じさせる。だれか救いの手を差し伸べてはくれないの?


 いろんな思いが湧き出して、胸の中がもやもやする。カーテンを勢いよく閉めた。


「ポロ車を止めてください! 私たちの食糧を彼らにわけてあげてください!」


 叫んで、ドアを開けようとした手を、ヒイロ王子に引き留められた。


「アサヒ、私たちの食糧では、ここにいる人たちみんなに別けてやることは出来ないよ。とても足りない。誰に渡し、誰に渡さないか、それは神にしか判断できることではない」


「でも、きっとみんなお腹空かせていますよ」


 ヒイロ王子はこくりとうなずいた。


「私はこの問題を解決するために、ウェスティン王国に来た。ウェスティン王女、ショーロと話し合うために」


 ショーロ王女。その女性とヒイロ王子の会談の場に同行するよう求められている。私にもこの問題について考える許可が下りているということだ。よく聞こう。よく見よう。よく考えよう。私は、このクヨウでなにが出来るだろう。

 無言の行に本気で取り組み、カーテンを大きく開けて、窓の外を見つめ続けた。


 道を進むごとに、貧しいテントは減っていった。そして、突然、大きなお屋敷が立ち並んだ。その落差に驚いて、頭がうまくついてこない。すぐ側に食うに困っている人がいるのに、このお屋敷に住む人たちは、どうしているのだろうか。もしかして援助しているだろうか。


「どろぼうー!」


 大きな声がして驚いてそちらを見ると、ガリガリに痩せて裸足の子どもが、果物を抱えて走っている。そのあとを追っているのは恰幅の良い女性だ。体格的には子どもの方が足が速いのかと思えたが、子どもはすぐに力尽きて地面に転がってしまった。

 女性が手にしていたナイフを振りかぶる。


「止めろ!」


 ヒイロ王子が窓から顔を出して御者に向かって命じた。


「アミガサ!」


 呼ばれたアミガサさんはポロからひらりと飛び降りると、あっという間に女性の元に駆け付けて、ナイフを奪い取った。


「な、なにするんだい、あんた」


「アルトメルト王国王子殿下の御前である。殺生を禁じる」


 女性はポロの一団を見て、顔を青ざめさせた。


「私はなにもしちゃいませんよ。そこの乞食がうちの果物を盗んだんです。取り返そうとしただけですよ」


 アミガサさんはナイフを女性の鼻先に突き付けた。


「これを振りかざしているところを見たが、ナイフでなにをするつもりだったのだ」


「それは……」


 女性は口ごもった。アミガサさんはナイフを鎧の束帯に挟んで、少年を助け起こした。道に落ちて潰れた果物も手に取る。


「この果物はいくらだ?」


「え……、いくらって、うちの庭に生えてるものだから」


「値段がないのなら、これは貴殿にお返ししよう」


 アミガサさんは果物とナイフを女性に渡す。


「きみには果実の代わりに、これを」


 胸元から出したのは騎士さんたちの携帯食料だ。高カロリーでとても美味しい。少年は怪しんでなかなか手を出さなかったけど、女性がそろりそろりと逃げていくと、慌てて受け取って、ガツガツと食べ始めた。

 それを確認してアミガサさんは隊列に戻り、一行は進みだした。

 いったい、これはなんだったんだろう。人助けだろうか。悪を懲らしめたのだろうか。


 無言の行のふりをしていなかったら、私はなにか言えただろうか。私はなにか出来ただろうか。自分の無力に打ちひしがれて、ぐっと唇を噛んだ。

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