第24話 ウコンハツ、まいります。


※※※


 カント男爵領に潜入しているウコンハツは老齢の女神官に身をやつしていた。クヨウ九国巡礼の証である厚手の黒いベールで頭と顔をすっぽりと覆い、腰を曲げ、杖を突いて歩いていく。

 手には小さな布袋。持ち物はそれだけだ。


 巡礼者として街道沿いの建物、一軒一軒を尋ねて歩く。道中の食料をわけてもらうためだ。大抵の家では巡礼者がやって来れば、パン一切れであっても献上する。クヨウは聖女のおかげで成り立っているのだ。信仰心は篤い。


 食料を献上することも出来ぬほどに貧しい家庭には、巡礼者から食料をわけ与えることもある。

 そんな貧しいものがいることを、アルトメルトの貴族は知らぬことが多い。


 カント男爵領では、飢えている家庭が非常に多かった。街道沿いという好立地に住まいながら、見る影もなく痩せてしまっている。

 ウコンハツは情報収集をしながらも、食料を配ることに心を砕いた。




 その重要な情報は、街道から脇道に入った先の農家でもたらされた。


「申し訳ございません、神官様。食料はすべて、騎士様方がお出になり、買い上げていかれました」


 農場や家屋の様子を見るだに、けして裕福だとは思えない。


「すべての食料というのは、もしや、あなた方の日常の食もでしょうか」


 農家の主人は、戸惑いを見せたが、深くうなずいた。


「今日のパンも焼けずにおります。ですので、申し訳ないのですが……」


 それ以上言わせず、ウコンハツは手にした小袋とは別に隠し持っている袋から兵士に与えられる携帯食料を主人に渡した。


「先程、いただき納めた食です。どうぞ、これを」


 主人は恐縮し、押しいただくようにして受け取った。


「その騎士様方はどちらへ向かわれたのでしょう。出来れば少々、食料をわけていただいてこちらへお届けしたいのですが」


 この申し入れにも主人は頭が地につきそうなほど深く腰を折り恐縮しきりだったが、ウコンハツの話術で買い取った者の足取りがわかった。

 主人が荷を納めるはずだった商店のおかみが目撃していたらしい。軒先で店番をしていたとのことで、かなり長時間の状況を知ることが出来た。


 おかみ曰く。

 隊は街道をアルトメルト王城の方角へ真っ直ぐ進んでいたが、道の先で三手にわかれた。

 一隊は、そのまま王城へ向かう街道を行った。

 一隊はホクトヘ皇国との国境へ向かう脇道に。

 一隊は街道をそれて市街地へ入っていく。


 そこに先程の農家の主人がやって来て、納品できないことを謝罪した。


 おかみはいぶかしがり、兵隊が消えていった道を監視していた。

 すると、市街地に向かった一隊が街道へ戻ってきた。ポロ車の荷台に積まれた荷物が、より一層山積みになっている。街の商家ででも買い漁ってきたのだろうか。

 ポロ車はホクトヘ皇国の関所の方へ曲がっていった。

 最後の一隊、王城方面へ向かったポロ車も荷物を増やしてやって来て、ホクトへ皇国関所へ向かって坂道を上っていった。


「ありがとうございます、ご婦人。では、騎士隊のあとを追ってみます」


 ウコンハツの言葉を聞いて、おかみは顔を真っ青にした。


「まさか、そんな怪しいところへ行かないでください! 神官様になにかあったら私はもう教会に出向けません」


「大丈夫ですよ。アルトメルト王国騎士団の人たちなら、なにかご事情があるのでしょう。それも、うかがってみますから」


 おかみは何度も強く止めたが、ウコンハツは丁寧に礼を述べて立ち去った。


 隊列が向かった先はすぐにわかった。ホクトヘ皇国との国境まで徒歩二日はかかるほどの拓けた土地に、豪奢な別荘が建っていた。その庭に三騎のポロ車が止まっている。荷物は積まれたままで、二人の兵士が見張りに立っていた。


 一見、騎士に見えなくもない。だが鎧も槍もアルトメルト王国の正規のものではない。


「神官様、なにか御用ですか?」


 巡礼の神官に向かって問うにはおかしな質問だ。神官の訪問は食料を乞うためか、緊急の病気やケガのときだけだ。アルトメルト王国では歓迎しないものはほとんどいない。王城の騎士であれば尚更だ。


「わたくしは巡礼のものです。神の慈愛をもって、道中の食をわけてはいただけないでしょうか」


「へっ」


 背の高い兵士が鼻で笑った。


「ばあさんにやる食料なんかねえよ」


 もう一人の横張りの良い兵士が槍の石づきで相方の足の甲を突いた。


「いってえ! なにすんだよ、てめえ」


 いきりたつ相棒を睨んで黙らせてから槍を置いて、横張りの良い兵士がウコンハツに歩み寄ってきた。


「まことに心苦しいのですが、この荷はすべて王城に運ばねばならないのです。王命ですので、おわけするわけにはいきません」


「そうなのですか。事情も知らず、失礼いたしました」


「とんでもございません。お役に立てず申し訳ありません」


 兵士が槍を置いたおかげで穏便に済んだ。建物の中にいる数名の兵士は武器を手に、いつでも飛び出せるように身構えていたこと、ウコンハツは気づいていた。


「では、関所に向かってみます」


 そう言って頭を下げると、ウコンハツは、くねる坂を上って鬱蒼とした木々の陰に姿を消した。


 巡礼の衣装を脱ぎ、糸を解くと、仮死状態の小鳥が三羽隠されている。

 ウコンハツは胸元から黄色の布と携帯用のペンを出し、仔細を綴り、小鳥の足に巻き付けた。


「チチチ・チチチ」


 小鳥を起こし、ギイツ子爵の城に向かうよう命じる。小鳥をそっと両手で包み、空へ放った。


 巡礼衣装だった布を纏い直すと、黒い裏地の喪服に見えるようになった。

 邪魔な杖と巡礼者の小袋は森の奥に隠し、木に飛び上り、枝から枝へと伝って音もなくニセ騎士隊の拠点に近づいていく。

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