第2話 社内でも動き出す
玲がストーカー対策のために健斗の家に泊まる事となり、ひとまずは何も起こらず翌朝になった。健斗の住んでいるマンションは一通りのセキュリティが備わっているため、玲はとにかく家から出ないほうがいいという事で、健斗の家で待機することにした。但し、健斗は通常通りに出勤すると決めていたので出かける準備を終えてスーツ姿で玄関にいた。
「では昨日決めた通り、俺が出社している間に探りを入れてみます」
「気を付けてね音無君。……犯人は恐らく、私に何らかの恨みを持っている社員の誰かだと思うわ」
「そうですよね、全くの他人が引っ越し先まですぐに特定できるとは思えませんし……」
「私が君の家に行っているのを知っているという事は、君の事も警戒しているはずよ」
「泉さんがこれ以上危険な目に会うよりマシです! 俺、頑張って一刻も早く見つけ出しますから!」
「ええ……」
「泉さん?」
不安げな顔をしながら、玲は健斗の首に両腕を回して優しく抱きしめた。彼女の体の冷たさとまだ微妙に震えているのを感じた健斗は強めに抱きしめ返す。
「……無茶は、しないでね」
「はい!」
こんな状況ではあるが、あくまで恋人関係でない二人が度々抱擁をすることについては、どちらも全く疑問を抱かなくなっていたのであった。二人が遅刻ギリギリまで抱き合っていたけれど、ツッコミを入れる者は誰もいない。
「音無大変だ!」
「どうした?」
オフィスにある自身の机に着いて直ぐ、隣の席から聡一が冷や汗を垂らしながら健斗にお前にとって非常事態だぞという前置きを置いてから話を始めた。
「泉さんがしばらくの間金曜も在宅に変更するらしいぞ!?」
「ああ、知ってるぞ」
「いや知ってるってお前、何でそんなに冷静なんだよ? 音無からしたら一大事のはずだろ?」
「あ! そ、そうだったー! 会社に来る楽しみがー! なんてこったー!」
これも既に二人で話し合って決めた事であるため、健斗は既に知っているという冷静な反応を返してしまった。しかし当然そんな事は聡一が知っているはずも無いので困惑するのも当然だ。慌てて取り繕うが死ぬほど嘘くさくなってしまった。これには聡一も、やり取りを見ていた小里にも呆れの目を向けられるのである。
(佐々木先輩こいつもう隠す気無いんじゃないですか?)
(流石にこいつ呼ばわりはいかんぞ戸村)
これでも健斗はまだ隠し通せていると思っているのだが、もうほとんどバレているような物だった。ただ聡一と小里は気を使って敢えて知らないフリをしているのである。
「音無もドライになっちまったなー」
「何がだ?」
「泉さんとの事だよ! ……もしかして実はそのパソコンでこっそりチャットしまくってるとかじゃないだろうなー?」
「佐々木先輩ならともかくとして、音無先輩が公私混合するようなマネはしないんじゃないんですかねー?」
「だからいちいち俺を引き合いに出すの止めてくんない!? やったことないから!」
「はは……」
実はこれまでチャットを何度も交わしている上、公私混合も思い切りしていたとは言えず、健斗はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。しかし、今の健斗の心境としては、眼前の会話に目を向けている余裕は無かった。彼の頭の中は一刻も犯人を見つけ出すという考えでいっぱいだからだ。
「音無君、ちょっと話があるんだけど」
「あ、高崎さん」
どうしたら良いかと考えている健斗の後ろから、高崎が声をかけてきた。聡一と小里は二人の世界に入ってしまっているため高崎が来た事には気づいていない。高崎は音無の耳元に顔を近づけると、コソコソと話を始めた。
「近頃泉が君の家に通っている、と聞いたんだけど本当なのかい?」
「っ!? ……一体誰がそんな事を!?」
これまで隠していた玲との契約が漏れてしまっていた、という内容に健斗は驚愕して焦りを覚えた。健斗は不安から一度周囲を見回すが、今の話に聞き耳を立てている人はいないようだった。しかし健斗は全く安心できないでいた。
「僕も今朝聞いたばかりだけど、一部でそんな噂が広まっているらしいよ」
「そんな……。高崎さんはどこでその噂を?」
「僕は山岸さんから聞いたから、後で聞いてみるといいかもしれないね」
「山岸さん……、あの噂と女好きの……」
「はは……、音無君、気持ちはわかるけどちょっと言い方が……」
健斗らしからぬ人の悪態をつく姿に、高崎は思わず苦笑いを浮かべる。山岸は以前から何度も玲に声をかけては冷たくあしらわれている情けないおじさんである。ここで名前が挙がってきた事はあまり意外でも無かった。山岸の女性に対する媚売りと噂を聞きつける早さには、オフィス内でも随一に嫌われている要素であるからだった。
(山岸さんがストーカーである可能性は……大いにある。泉さんに対して諦めが悪いあの感じからして、かなり怪しいんだよな……)
何かと理由をつけて女性についていこうとする姿勢は誰に対してもあるのだが、玲に対しては特に顕著だった。現に今も玲のデスクを時々見ているのである。その度後輩に軽蔑の目で見られている事には気づいていない。健斗の脳内で容疑者リストの一番上に山岸の名前を入れたところで、高崎との会話に意識を戻した。
「とにかく、君が大丈夫なら良いんだ。それじゃあ僕は仕事に戻るよ」
「あ、はい! 気にかけてくれてありがとうございます!」
高崎は営業に出かけるようで、革靴の音を立てながら去っていった。ふと時計を見て今が仕事時間であることを思い出し、一度仕事へと気持ちを集中させようと思ったのだが、ここでとある違和感が健斗の中に浮かんだ。
(ん? 俺と泉さんの噂、佐々木と戸村は知らなかったみたいだったな? ……高崎さんの言う噂ってやつは、一体どういう流れで広まっているんだ?)
噂を聞きつける事に関しては人よりも早い同僚二人の事だ、もしも健斗と玲の同棲というとんでもない噂を聞いていたのだとしたら、真っ先にその話題が出てくるはずだ。しかしそうはならなかった。つまり噂はまだ一部の人にしか知られていない。増して健斗と玲が内密に行っている事なので漏れる可能性は極めて低い。となると広めたのはストーカー自身である可能性があるのだ。
「……山岸さんに聞いてみるか」
もしかするといきなり犯人を特定できてしまうかもしれない、と意気込みながら山岸と話す機会を伺う事を決めたのだった。
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