第3章 玲は冷に非ず
第1話 同僚が家に来た
健斗は、自室でとても緊張していた。原因は自分と同じく防音部屋の中にいる、同僚である聡一と後輩の小里の存在によるものである。前日の約束通り、二人は土曜に健斗の部屋を見に来ていたのだった。
「はー、これが防音室かー」
「思ったよりしっかりしてるんですねー」
「まあな。けど壁が分厚い事以外は普通の部屋とあまり変わらないだろ?」
「確かにそうだなー、普通に過ごせそうだわ」
「これならいくら騒いでもいいですねー、次の飲み会ここでやります?」
「音以外の問題が多すぎるから止めてくれ」
一見普通に同僚に部屋を案内しているだけに見える健斗だが、内心ずっとヒヤヒヤしていた。自分と玲の契約がバレてしまうような事が無いか、常に気を張り続けているのである。
(昨日泉さんと話した通り、大丈夫なはず、きっと大丈夫なはずだ……)
健斗は二人を家に連れてくる前に、玲に連絡をしておいたのだ。仕事用のチャットを思い切り私用に使ってしまう事に若干心を痛めたが、背に腹は代えられなかった。
『同僚二人が防音室を見に来てしまいます。どうしましょう……』
『私の荷物は全て持ち帰っていますし、問題は無いかと思いますが』
『あ、確かにそうでしたね。けれど時々妙に勘が鋭い時があって……』
『……私はその日に駆けつける事ができません。頑張って切り抜けてください』
『わかりました! 頑張ります!』
健斗は約束を死守するぞと強く誓ったのだが、聡一と小里はずっと部屋と健斗に探るような目を向け続けていた。
「なあ、音無」
「なんだ?」
「この部屋、全然使ってないんだよな?」
「そうだが……なんだよ、怖い顔して」
聡一は目を光らせる。健斗の背筋に寒気が走った。
「いや、その割には……
「!」
普段全く使っていないと言っておきながら、今部屋の中が汚いどころか塵一つ落ちていないというのは確かに違和感がある。二人が来る前に掃除したというのもあるが、玲が使用後に綺麗にしておいてくれている事が大きい。健斗は言い訳を考える。
「……せっかく買ったいいものだからな、たまに手入れしないとだろ」
「まー、真面目なお前ならそうするかー」
「え、そこで引き下がっちゃうんですか? 突っついたら何かが出てきそうな感じでしたよ?」
引き攣った笑みを浮かべる健斗に対して、聡一はなぜか詮索をしなかった。どうにも違和感がぬぐえない小里は、更に健斗へ揺さぶりをかける。
「まあ、本当に真面目ですよねー。ケーブルに
「!?」
健斗にとって全く意識の外にあった情報が飛び出して、思わず絞り出した声をあげてしまった。きっと玲が自分用につけていたものなのだろうが、健斗はそもそも存在に気づいていなかったのである。これはどうなんですか、という小里の尋問に対して健斗は負けじとどうにかと言い訳を出す。
「……最近始めようと思ったところでな、まずは家ので予行練習したんだ」
「いきなり職場で試すのってなんか抵抗あるよなー、わかるわー」
「だから佐々木先輩!? 引き下がるところおかしくないですか!?」
またしてももう少しという所で聡一は尋問を止めた。おかしいでしょ、と問い詰める対象を聡一に変えた小里とまあまあと受け流す聡一。二人の様子を妙だと思いつつも健斗は詮索の流れを変えるために部屋から一度出るという選択をした。
「お、お茶を入れてくるから……二人とも大人しーく待っといてくれ」
健斗は足早にキッチンへ向かう。自分の家なのにドアの押す引くを間違えたり、何も無いところで躓きそうになったりとあまりにも挙動不審である。それを見送った小里は更に聡一への問い詰めを強くする。
「ちょっと! あの人絶対何か隠してますよ! 何でもっと突っ込まないんですか!?」
「……あのなあ、戸村」
二人の会話は今、部屋の外にいる音無には聞こえない。改まって話し始める聡一を見て、小里は首をかしげながら腰を落ち着かせる。
「俺は別に音無の秘密を暴きに来たわけじゃないんだよ」
「えぇ!? あんなに悪い顔してたのにですか!?」
「あいつが何か変なことに巻き込まれていないか、それが心配だったから来たんだ」
「そ、そうだったんですか……?」
「んで、そういうわけじゃないって何となく分かった。だから俺は満足さ」
「佐々木先輩……」
妙にしんみりとした空気が流れる。だが小里は騙されない。
「で、本音は?」
「めっちゃ知りたい! でも音無に嫌われたら仕事で困った時頼れなくなっちゃう! どうしよう!」
「はいめっちゃ情けない理由でしたー。……まあ頼れなくなったら困るのは私も同じですけど」
頭を抱えだした聡一に小里は呆れたため息を出した。とはいっても聡一と同様にこれからも健斗に頼るつもりな辺り、二人は五十歩百歩なのである。
「まーあいつの様子からして、誰が関わってる事なのかはわかっちまったけどな」
「ですねー。先輩だけの事情じゃ無いみたいですし、もういじるのは止めときましょうか。……あの怖い思いは二度としたくないですし……」
「マジでそれな……」
二人には既に誰が絡んでいる事なのかほとんど想像がついていたようだった。
この後は気を使って大人しく帰ったのだが、気づく余裕も無かった健斗はどうにか隠し通せたぞと胸を撫でおろすのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます