第2話 必要な事

 同僚二人が部屋を見にきた翌日の日曜日、健斗と玲は防音部屋にて反省会のような打ち合わせをしていた。

 

「ごめんなさい。ケーブルにテープを貼っていた事を忘れていました」

「いえいえ! 俺もよく見て置かなかったのが悪かったので!」


 二人には仕事用のチャット以外に連絡を取る手段が無いため、玲が様子を聞くためわざわざ家まで来ていたのである。そして玲の小さな癖によってバレていた恐れがあったと知り、今の謝罪に至る。


「このような機会がまたあるかもしれません、テープは外しておきましょうか」

「いえ、その必要はありません!」

「えっ?」


 そう言って健斗は見てください、と他のケーブル達を玲に見せる。


「家中のややこしくなりそうなケーブル類に全てテープを付けました。これで違和感は無くなったはずです」

「……そのようですね」

「そして明日、会社のデスクも同じようにします! これでもう安心ですよ!」


 健斗は得意げに胸を張る。そんな様子を見た玲は、そうですねと頷いた後に少しだけ眉が八の字になる。

 

「何だか、申し訳ないですね。私の都合なのにそこまでしてもらってしまっているなんて……」

「いえいえ! これも泉さんとの約束を守るためには必要な事ですから!」

「……ありがとう」


 ポツリと呟いた玲の感謝の声は、健斗の耳にしっかりと届いた。それだけで彼の行動は全て報われたように思えて嬉しくなっていた。そこに玲は軽く質問を投げた。

 

「……ちなみに、このケーブルは何でしょうか?」

「え? えーと……しまった。勢いで全部に同じテープを付けちゃったから、どれがどれだか……」

「そ、それじゃ意味、無いじゃ……ない……ふふっ!」


 お腹と口元に手を当てて少し屈んで震え始めた。どうしたのかと健斗が近寄ると、口元に当てていた手を健斗の肩に置き、目をくしゃっとさせながら今までにない笑い顔を見せた。


「い、泉さん……?」

「もう、笑わせないで……っ」

「!!!」


 脳が焼かれる、とは今の彼に起こっている状態の事を言うのだろうか。全身が沸き立つような、全ての悩みが吹き飛ばされるような刺激に健斗は一瞬で胸が一杯になった。それほど彼女の笑った顔は彼にとって貴重で尊いものだったのだろう。

 

 そのまま数分間が経ち、落ち着いてから話を再開した。

 

「ふぅ……テープにマジックで書いていけば間違えないと思いますよ。私も手伝いますから、手分けして取り掛かりましょう」

「え」

「せっかくここまでしてくれたのですから、ちゃんと実用的なものにしないと勿体ないでしょう?」


 一息ついた玲の口調は戻ったが、表情は口角がほんの少し上がったままで穏やかさも残っている。自分の鞄からマジックペンを取り出す玲を、健斗は止めようとする。

 

「でも、俺の家の事で手伝ってもらうというのは……」

「私よりも先にここまでしてくれたのは何処の何方ですか?」

「それは、必要な事だと思ったので……」

「なら、今からすることも必要な事です」

「……はい、お願いいたします」

「ふふっ、よろしい」


 その後二人は、ケーブルのチェックを終えた後にコーヒーを一緒に飲んで解散したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る