第8話 本性

 オフィスや営業で見せる営業部所属の高崎修司、彼は人前では常に爽やかな笑顔を絶やさない男だった。丁寧にケアをしているであろうナチュラルウェーブの緑髪に、時折見せる白い歯。取引先には気に入られる事が多い気の利く好青年だと思われていた。


 しかし今健斗の前にいる彼にはその面影がほとんどなくなっていた。苛々と搔きむしった髪はぐちゃぐちゃになり、キラキラと輝くような営業スマイルはどこへやら。ギラリとした目つきで相手を睨むその目つきは、ストーカーでも何でもしてしまいそうな、まさしく狂人と呼べる姿だった。

 

「気に食わなかったんだよ! 僕と同期なのにどんどん注目されていくあいつが!」


 初めて聞く高崎の怒号がオフィスに鳴り響く。以前に健斗がわずかに感じていた、玲に対する執着心がむき出しになっている様子だ。健斗は既に高崎が怪しいと踏んでいたのだが、あまりの豹変ぶりに言葉を失っていた。


「いつだってそうだ。女は容姿が良けりゃ、多少無愛想でも受け入れられる!」

「っ! 別に玲さんは容姿で認められてるわけじゃ!」

「まあそうだな、仕事も人よりできる。……けど才能に恵まれてる事は確かだろ!? その点頑張ってる俺はいつもあいつの日陰になっちまうんだ。それがずっとムカついてたんだよ! 同期だからと常に比べられる事がなぁ!」

「高崎さん……」

 

 かつて高崎が、健斗に対して一度だけ彼女への不満を漏らした事があった。『……彼女と比べてしまうとどうもね』という言葉には、彼が犯罪行為に手を染めてしまう程に積み重なった思いだったのだと、健斗は今更ながら気づいた。


「そこで思ったんだよ。泉も女なんだよな、ってさ。あいつをストーキングし続けて弱らせてしまえば、彼女を引きずり下ろせると思ったんだ」

「さ、最低だ……」

「そんでやっぱり容姿がいいからな。ついでに弱っているところに俺が付け入ってしまえば、俺の女になるんじゃないかと思ったのさ」

「そんな……そんな理由でストーカーを……」

「……そんな、だと?」


 只でさえロクなことをし無さそうに見える目つきが、更に鋭くなった。オフィスの空調は止まっているのに健斗は体が一層冷えたように感じた。


「思えばお前はずうっと邪魔だったよ。あいつは順調に弱っていってそろそろつけこめそうだったってのに……お前に頼りだしてから調子が狂いだしたんだ!」

「ええ……貴方の思惑通り、玲さんは相当追い詰められてましたよ」

「余計な事しやがって……」


 健斗が思い切り握っている拳からは、血が出てしまいそうな勢いだ。互いに歯をギリギリと音を立てていて、何かきっかけがあれば今にも飛び掛かって殴り合いでも始まりそうな緊張感が漂っている。しかし健斗はどうにか踏みとどまる。


「玲さんが俺の家に来ているだなんて、どうやって知ったんですか。しかも住所まで……」

「岡本に情報をもらったんだよ、お前とあの女がこっそりデスクで個人的にやりとりをしているのを見たってなぁ!」

「岡本さんが!?」


 健斗と玲が連絡先を交換する前、二人は会社のパソコンにあるチャットアプリでやり取りをしていた。誰にも見られないよう注意していたつもりだったが、その画面を実子が盗み見ていたのである。それをあろうことかストーカー犯である高崎に情報を渡していたのだ。思わぬ名前が出てきたことに健斗は混乱してしまう。

 

「なんで高崎さんに協力なんか……」

「あいつはお前を泉から離すために協力してくれたのさ」

「そんな、どうして……」

「お前を自分のモノにしたいから、とか言ってたぜ。俺にはお前の魅力なんざわかんねーけど」

「モノにする……やっぱりあの人は」

「ああ、お前を従順な犬にしたいってこったな」

「はは……犬、か。前にも誰かに言われたっけな」


 以前、誰かに冗談交じりにそんな事を言われたな、と健斗は自嘲気味な笑みを浮かべる。実子にとっての自分は、犬のような扱いやすい存在程度にしか見られていないのだと分かると、何故か少し安心していた。もし本気で好いてくれたのだとしたら、健斗は心苦しく断らないといけなかったのだから。


 ここまで高崎の悪行を大方暴いたわけだが、彼の表情には焦りが全く感じられない。寧ろどこ吹く風、と言ったところだ。そして高崎は、上から目線で健斗に問いを投げかけた。


「んで、この後どうするつもりなんだ?」

「どうするって、貴方を捕まえて……」

「はっ! 出来ねえなぁ、何せ証拠がねえんだからよ」


 嘲り笑う高崎に、健斗は言葉を詰まらせてしまう。健斗は真面目すぎる性格が故に、ここまで彼に詰めれば罪を認めて止めてくれるとどこかで思っていたのである。しかし、一度手を汚してしまった人間、つまりタガが外れた者はその程度の事でもう止めるとなる事など非常に稀なのだ。現に高崎は今、完全に開き直っている様子だった。


「証拠って……」

「あの女には顔を見られないようにしていたからな、証拠は残らないように慎重にやらせてもらっていたから俺を突き出す事は出来ないぜ? ……まあ、代わりに手を出せねえのがもどかしかったがな」

「なら、盗聴器については……」

「それも俺がやった証拠にはならねえな、指紋を残すなんて浅はかな事もしちゃいねぇ」

「くっ……」


 玲が苦難し続けていたのも、高崎が慎重に動いていたせいだった。高崎の発言の通りであれば、健斗はこれまでの玲と同じく彼を警察に突き出す事が出来ない。悔しさに歯噛みしすぎて顎に痛みを感じ始めていた。

 

「さぁ、どうするよ音無くぅん? 俺は外面を作るのは得意なんだ。人脈もある。社内で話せる人間の少ないお前よりも、俺の発言の方が信頼されるだろうなぁ」

「そんな……」

「だからストーカーと盗聴はお前がやったと証言すれば、お前の味方は一人もいなくなるのさ。愉快だろ?」


 ここで健斗は人望が厚くないという弱点を突かれてしまった。健斗は前々から小里に『人とはもっと話せるようになったほうがいいですよ、その方が後々便利なので』と突っつかれていたのだが、それを怠った自分のミスを呪った。


「そうだな、これから俺は正当防衛をする。お前を吊るし上げる前に……ちょっと痛い思いをしてもらおうか、なぁ!?」

「っ!」


 にやりと笑った高崎は握った拳を思い切り健斗にぶつけようと動いた。健斗は一瞬悲痛の表情を浮かべて、殴られる事を悟って目を瞑った。



 けれど、拳は健斗の頬に届く直前、突如割り入ってきた二人の人影によって止められるのだった。

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