第7話 元凶
全員が帰宅した後の静まりかえったオフィスに、人影が一つだけあった。その影は彼女のデスクをじっくりとなぞる。営業向きの動きやすそうなスーツ姿の男は、玲が来るのを待ち構えていた。
光無く真っ黒だったオフィスが、突如全ての電気が付けられて真っ白に変わった。男はあまりの眩しさに小さく呻きながら腕で顔を覆う。自分の姿が見られるのはマズいと考えて玲のデスクの下に身を隠した。しかしその行動が、男への容疑をよりハッキリとさせてしまっていたのである。
「やっぱり、玲さんが来るのを待ち構えてたんですね……高崎さん」
「っ!」
「数年間、玲さんをストーカーしていたのは貴方だったんですね」
健斗は彼の姿を確認する前から既に犯人が高崎であることを確信していた。玲と共に考えた作戦に、高崎はまんまと引っかかっていたのである。そんな事も知らずに高崎は知らぬ顔をし始めた。
「お、音無君。僕はただ忘れ物を取りに戻っただけなんだ、そんな言いがかりは止めてくれよ」
「……」
「そういう君こそ、泉がここに来るのを待っていたストーカーだったりするんじゃないのかな? いつも彼女の事を穴が開くほど見つめていただろう?」
「……まあ、オフィスで見つめていたのは事実ですけど。流石に貴方の様に帰り道を追いかけたりなんかしませんよ」
「な、何を根拠にそんな事を……」
口元が少しだけ引きつっているが、まだまだ営業スマイルは崩さない。そんな高崎を健斗は憤怒の目で彼の姿を捕らえ続けている。
「気になっていたんです、高崎さんはあまりにも噂を聞きつけるのが早すぎるなって。噂とかじゃなくて、知ってたんですよね?」
「音無君、君は仕事のしすぎで疲れているんじゃないかな?」
「……そういえば、俺が風邪から復帰した時、玲さんと会っていたんじゃないかなんて冗談めいて言ってましたね。そんなピンポイントな冗談、普通出てこないと思うんですが」
「あ、あれはたまたま偶然の一致というか、マグレ当たりってやつだよ……」
「マグレ当たり、ですか」
この時点でもう既にバッチリとボロを出してしまっている事に、高崎は気づいていない。健斗が玲に看病されていた事など、本人達以外には誰にも言っていないのに、冗談が実は当たっているだなんて知りようがないはずだ。勿論健斗は気づいていて、内心でため息をついた後、話をより核心に近づける。
「俺の部屋に盗聴器を置いているんですよね?」
「盗聴器だって!? な、何を根拠に……」
「高崎さん、オフィスで俺に聞いてきましたよね。玲さんが今夜に荷物を取りにここへ来るのかって」
「そうだよ、けれど君もその話は既に聞いていたんだろう? これが盗聴の証拠には……」
「……高崎さん」
健斗は心の中でほくそ笑んだ。まさかあそこまで上手く引っかかってくれるとは、と思いながらハッキリと告げた。
「そもそも、
「は……?」
この話は玲と健斗が作戦会議で出した話である。ストーカーに
「いやいや、会社で一部の人に話は通してあるって泉は確かに……」
「……俺の部屋での会話、やっぱり聞いていたんじゃないですか」
「しまっ……!」
高崎は口を塞ぐが、だいぶ前から手遅れだった。追い打ちをかけるように健斗は作戦のネタばらしを続ける。
「あの話は敢えて貴方に聞かせたんですよ。ただ、どの部屋についていたのかわからなかったので日付だけずらして同じ話を二回しました。仕掛けたのは玲さんが作業場にしている部屋の方だったみたいですね」
「そ、そんな……盗聴の話なんか一度も……」
「そりゃあ盗聴されていると分かってるのに、盗聴の話なんかする訳ないじゃないですか」
「話をしていない……? じゃあ玲は
高崎の口調が崩れ始めて、こめかみに青筋が立っている。ストーカーかつ盗聴という罪を犯している彼の本性が暴き出されるまで、あと一歩と言ったところだろう。
「ほら、これですよ。……連絡先を既に交換している事も、盗聴で知っているはずですよね?」
「チャ、チャットアプリ……」
「普通の会話とチャットを使い分けていたんですよ。玲さんのアイディアです」
このアイディアを取り入れたのは、玲が健斗に盗聴について知らせた時である。
『それにしても、泉さんの情報がすぐに噂に出てくるのがどうしてなのか疑問なんですよね、いくら何でも情報が早すぎるような……』
『……音無君、これを見て』
『泉さんのスマホ、ですか? 一体……っ!?』
玲は健斗に、部屋が盗聴されているという事をスマホの画面に映した文章で伝えていたのである。相手に敢えて聞かせる内容を口頭で、聞かせたくない内容をチャットでやり取りする事で、二人は高崎を罠に
「山岸さんに噂を伝えたのもあなたですよね。あの人男の顔なんか覚えないから、足がつかない」
「……あのじじいはいっつも泉の事しかみてなかったからな……」
「!?」
犯行について更に詰めようとしていた所で、いつもの高崎からは聞かなかった一段階低い声が彼の口から発せられた。言葉遣いも悪くなり、歯を食いしばりながら呟いた彼の顔から、営業スマイルは何処かへと消え去っていた。
「いっつもそうだ! どいつもこいつも! 頑張ってる俺よりも才能に恵まれたあの女の事しか見ちゃいねえんだよ!」
「高崎……さん……」
高崎の化けの皮が、とうとう剥がれ落ちた。
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