第6話 仲間とは

 健斗が連れて来られたのは、中央に会議用のテーブルがあるものの壁際には段ボールが積みあがっているという会議室なのか、それとも物置なのかわからない部屋だった。知っている人間は社内でも数名しかいない。全くと言って良いほどに人目が無い環境に、健斗は少しだけ体の力が抜けた。

 

「こんな所に会議室があったのか、知らなかったぞ」

「そう、実質物置になっていてかつ基本誰も来ない、通称使われずの会議室!」

「ネーミングがまんまだな……」

「またの名を私と佐々木先輩のおサボりスポットです!」

「……それ、俺にバラしちゃ駄目だったんじゃないか?」


 たまにオフィスで姿を見かけず、はたまた休憩室にもいないと思ったらここでサボっていたのか、と健斗は肩を落とす。何故この場所を彼に教えたか、どうやら二人にはちゃんと目的があるらしい。


「良いんだよ、今はとにかく人目が無いところにお前を連れ出したかったんだ」

「音無先輩もたまには息抜きしないとガス欠になっちゃいますよー、って事ですよ」

「一体何の話を……」


 そこで空気は一変した。聡一と小里はいつものふざけたような笑みを消して、真剣な目で健斗と向き合ったのである。そして二人は、ゆっくりと穏やかに口を開いた。

 

「そろそろ話してくれよ、音無」

「!」

「先輩の様子からわかりますよ、結構ヤバい感じなんじゃないですか?」

「……気づいてたのか」

「何度も言ってるだろ、お前はわかりやすいんだって」

「私たちに隠し事なんて百年早いですからね!」


 健斗は、自分で気づいていなかったが緊張の糸を張りすぎていた。聡一と小里はこれ以上抱えさせまいと彼を人気のないこの場所まで連れ出したのである。自分たちの安息の場所に、二人は健斗を招待したのだ。


「泉さんにも言われたんじゃないですかー? 一人で抱えるなー、とか」

「!」

「仲間なんだしさ、俺たちにも一緒に抱えさせてくれよ。……それとも、俺たちじゃ頼りないか?」

「……」


 健斗は思い出した。小里の言う通り、以前玲に一人で抱えすぎないようにと注意された。逆に玲が自分を頼ってくれた時には、嬉しいと感じた。それなら今、彼の事を気にかけてくれている二人にも頼ったほうがお互いに嬉しいのかもしれない、という考えが浮かんだ。健斗はそこまで考えた所で、二人が何だか不安そうにしている事に気がついた。


「あ、あの。そこで黙られると困るんですけど」

「え、俺ら本当に頼りないと思われてんの……?」

「悪い、そうじゃないんだ。……わかった、話すよ」

 


 健斗は、二人に玲との契約関係と彼女がストーカーに悩まされている事について打ち明けた。最初は前のめりに聞いていた二人だったのだが、健斗と玲の話が進んでいく度に段々げっそりとし始めていた。


「……という訳でな、今も作戦決行中で……って二人ともどうした?」

「いや、その……なんというか……」

「激盛激甘パフェを一気に食べた時みたいに胸やけがしてきちゃったんですけど……、どうしてくれるんですか……」

「なんでだよ」


 聡一と小里は現在置かれている状況が切迫している事についても理解したのだが、それとは別の要因に対して相当な憤りを感じていたのである。その理由は、健斗の想定していない点についてだった。二人は揃って大声で文句を口にした。


「お前ら新婚生活始めたての夫婦じゃねえか!!」

「は!? 夫婦!?」


 健斗と玲がここまでどういう契約で過ごしてきたか、という話が完全に惚気にしか聞こえない内容だったのである。信頼する仲間同士の良い空気が思い切り壊れた瞬間だった。健斗は耳を赤くしながらいやいや、と否定する。


「お、俺と玲さんはまだそういうんじゃ……」

「九割以上夫婦じゃないですか! 家事も共有して泊りも経験済みで! おまけに仕事終わりは仲良くコーヒータイム!? 真面目な悩みかとこちとら真剣に聞いてたのに、なーにを惚気まくってくれちゃってんですかねこの人は!?」

「惚気!? いや、そんなつもりじゃ」

「おまけに無自覚! 真面目な悩みだと思って聞いてた私達がバカみたいじゃないですか!」

「な、なんかすまん……」


 ここまでの小里の激昂ぶりに健斗は何だか申し訳ない気持ちになってしまう。他に誰もいない静かな会議室に、小里の怒号はかつてないほど響き渡っていた。彼女がひとしきり怒りを吐き出し終わった後、既に気持ちを切り替えていた聡一は真面目な話に舵を戻した。

 

「けど、泉さんがストーカーに悩まされてるなんてな……」

「ああ、だから今は俺が社内で探りを入れているところだったんだよ」

「それでわざわざ周囲に聞こえるように名前で呼んだんだな……」

「ストーカーを挑発するためにな、こうすれば何かしら行動に出てくるかと思ったんだよ」


 結果は思った通りで、わかりやすい反応があったと健斗は言う。事情を聴いた二人も確かに、と納得する。しかし小里には別の疑問が浮かんでいた。


「というか、ぶっちゃけまだ名前で呼んでなかったのかよって感じなんですけど」

「それな。お前らいろいろと順番がおかしいからな?」

「その辺の話はもういいだろ。それでこの後なんだが……」


 健斗はこの後どう動くつもりなのかという話を二人に共有する。

 

「……そういうわけで、今夜に直接仕掛けてやろうと思っているんだ。すまんが協力してくれると助かる」

「おっけー! 何かワクワクしてきたなー!」

「女の敵をボッコボコにしてやりましょう!」

「遊びに行くわけじゃないんだからな……?」

「いいじゃないですかー、皆で解決してスッキリしましょう!」

「お前に借りを返すチャンスなんだし、張り切らせてもらうぜ!」

「お前ら……、ありがとな」


 何だかいつものノリが戻ってきたな、と健斗は笑いがこぼれた。一人で抱えずに誰かに協力してもらう事がこれほどに気持ちが満たされる事なのかと、玲といる時とはまた違った喜びを味わうのであった。この二人になら、また頼る事があってもいいのかもしれないと健斗は思った。


「ちなみに音無、今日の手伝いでこれまでの貸しをチャラに……」

「残念だが流石に積み重なった貸しが多すぎるからチャラにはならないぞ」

「ちぇー」

「先輩にこれまで奢ってもらってきた分も……」

「今仕事分だけでもチャラにはならないって話をしてたんだが?」

「ちぇー」


 少しだけ考え直したほうがいいのかもしれない、と健斗は思った。ともあれ、作戦は今夜が勝負所である。

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