第3話 残る懸念

 聡一と小里のおサボりスポットについて絞られたその日の休憩時間、健斗は休憩室に来ていた。仕事の合間に一息入れるためと来たのだが、彼の頭の中にはまだ一つ懸念があるのだ。


(問題は、まだ全部解決した訳じゃない。……まだ、あの人の件が残っている)


 玲を大きく悩ませたストーカー犯、高崎は捕まった。しかし、彼に暗に協力をした者がいる。その女は特に関与を疑われずに一切泥を被らなかった。今日も普通に出勤し来ているのである。そんな件の彼女が、案の定健斗のいる休憩室に現れた。


「お疲れ様ですー」

「……岡本さん」


 そう、岡本実子である。彼女は高崎に対して情報提供という形で加担していた。しかし、ただ情報を与えたというだけで証拠が無く、責任を逃れていたのである。


「ストーカー行為に協力していたんですね。俺のパソコンを見て、玲さんの情報を流していたって……」

「協力って、ストーカーをしてたっていう高崎さんの事ですかー? いいえ、私は何も協力していませんよー。あの人が勝手に言っているだけですから、信じないでください」

「あくまで白を切るんですね」

「本当です。音無さん、信じてくれないんですか……?」


 パッチリとした目をうるうるとさせながら、実子は健斗の目をジッと見つめる。しかし、健斗は揺るがなかった。なぜなら彼女は大きな失言をしてしまっているのだから。

 

「ええ、信じられません。だって岡本さん、高崎さんがストーカーだって、どこで知ったんですか? 社内ではその情報は伏せているはずなんですが」

「え……、それはさっき同僚の方や冷女さんとお話している時に名前が……」

「出してませんよ? 皆で名前は伏せておこうって約束してあるので」

「そんな……!」


 そもそも高崎を問い詰めようとした場面で、わざわざ関係の無い実子の名前を出すはずがない。しかし今の彼女の発言によって、実子が加担していた事が明らかとなった。健斗はあくまで、その確認がしたかっただけなのである。

 

「まあ、俺は別に岡本さんに捕まって欲しいとかじゃないですから。ただこれ以上俺に近づかないでいてくれれば……」

「……そんなの、嫌です!」

「岡本さんっ! だから距離が……」


 苦し紛れの行動だろうか、実子は健斗に思いきり抱きついた。健斗は慌てて実子の肩を掴んで引き剥がそうとするが、その前に彼女は何かに気づいてバッと距離を離した。


「っ! 女性物の香水の香り……、あの女の!」

「あ……そうか」


 それは月曜の朝に遡る。健斗が家を出る前に玲がこんな事を言ってきたのである。


『健斗君、会社に行く時はこの香水をつけておくといいわ』


 そう言われた時、健斗は『俺って臭うのか……?』と検討違いなショックを受けていたのだが、今になって漸くその理由を理解した。実子がまた健斗に近寄ってくる事を予知しての対策だったのである。


「やっぱり冷女さんは強敵ですねー……。私の男ですアピールなんて真似を……」

「そんな事しなくても、俺は貴女には靡きませんよ」

「どういう事ですかー?」


 健斗は実子から何度も誘惑を受けていた。普通の男ならすぐにでも落ちてしまいそうなものだったが健斗は揺るがなかった。玲が好きすぎるから、というのもあるが明確な理由が別にあった。


「岡本さんが、玲さんの事を冷女という渾名で呼び続ける人だからです。俺はその渾名が嫌いです。だから貴女の事も動揺に好きになれません」


 冷女は彼女を馬鹿にするような呼び方だと思っている健斗は、オフィスで友好関係を広げる気になれなかったのだ。彼と今仲良くしている聡一と小里も、健斗に合わせて冷女でなく泉さんと呼ぶようにしている。しかし実子は健斗に対して本当に気を使っていないという事が、こうした態度で分かっていたのだ。


「……そう、ですか。わかりました。……まあ、ここで落とせなくても問題は無いんですけどねー」

「!?」

 

 落ち込んだのも本当に一瞬だけ、実子はすぐに不適な笑みを浮かべ出した。この場で健斗を籠絡させられるとは思っていなかったらしい。まだ何かしてくるつもりなのだろうか、と健斗は苦虫を噛み潰した顔をしながら身構えた。

 

「何で、そこまで俺に拘るんですか?」

「私のお願いした事を聞いてくれる男性は何人もいるんですけどー、音無さんは一番仕事ができる人なんですよー。それにー……、貴方となら、そういう関係になってもいいかなーって思ってますから、ね?」

「っ!」


 健斗の背筋に悪寒が走った。腰に添えられた手からそのまま絡めとられてしまうような感覚に思わず後ずさってしまう。実子はそれではまた、と言いながら笑顔で去っていく。一人残された健斗は、まだ解決しなければいけない事があるのだ、と痛感した。重くなった体を動かし、全く休憩にならない休憩時間が終わるのであった。

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