第2話 営業の高崎

 健斗がオフィスへと向かう最中、後ろから同じオフィスへと向かう一人の男性社員がいた。彼は健斗の後姿を見つけるとおっ、と呼ぶように明るめの声を出す。


「音無君じゃないか」

「あ、高崎さん。お疲れ様です」


 彼は営業部に所属する高崎修司たかざきしゅうじ。健斗の二つ上で、健斗とは何度か仕事を通じて話をしたことがある。前髪をセンターで分けていて、ナチュラルウェーブがかかっているほんのりと緑を含んだ髪を爽やかにかき上げながら前を歩いていた健斗に合流する。

 

「いやあ、外回りが続いていたから君と会うのは久しぶりな気がするね」

「そうですね、俺はずっと本社に籠りきりですから」

「けど、君の仕事が丁寧だって営業部でも評判だよ?」

「はは……、おかげで雑務を頼まれがちなんですけどね」


 高崎は営業の特性なのか、周囲の噂やトレンドに敏感だ。外回りに行っている間にも、どうやってか社内の情報はそれとなく仕入れているのである。これについて当人は『社内の雰囲気や流行りって、案外営業トークに使えるんだ』と言っている。


「そういえば音無君、最近何か良いことでもあったのかい?」

「良いことですか? まあ、ちょっと……」

「やっぱり、ここ最近君の顔色が明るいって噂だよ」

「え、そうでしたか?」


 自分の顔色一つがそこまで噂になるのだろうかと疑問に感じたが、高崎の次の言葉でそんな疑問どころでは無くなるのである。

 

「彼女と、何かあったのかな?」

「っ!?」

「やっぱり君はわかりやすいねー、深くは聞かないでおくけど」

「は、はぁ……」


 健斗が玲に憧れを抱いている、というのは関係者には既に知れ渡っている。但し相手が相手なだけに口を挟んでくる者は数える程しかいないのである。


(高崎さん、まさか泉さんとの契約に気づいてたりしないだろうな……?)

「おおっと、安心してくれ。噂は好きだけど人のデリケートな事情にまでは干渉しない事にしてるんだ」

「……なら、いいんですけど」

「というかそれ以前に、君が分かりやすすぎるのもあるからね?」

「うっ……」


 健斗にとって痛い言葉だった。玲や同僚にも度々言われている弱点であり、健斗自身も自覚はしているのだがどうしても感情が表に出やすいのだ。俺自身がちゃんとしないとな、と納得した所でオフィスに到着する。


「お、高崎さんじゃないっすかー」

「佐々木君と、……戸村さんだったね」

「……どもでーす」


 聡一も健斗と同じく、高崎と仕事で何度か知り合った仲である。聡一は普通に挨拶を交わすのだが、小里はどうも反応が違う。あまり人を警戒しない彼女だが、高崎を見ると借りてきた猫のように目で威嚇をしている。そんな様子に気づいた高崎は、バツが悪そうにこの場を離れる。


「……三人の邪魔をしちゃ悪いな、僕は営業部のほうに戻るよ」

「それでは」

「はいっすー」

「……」


 高崎は軽く手を振りながら、苦笑いで去っていった。三人の、と言ったが間違いなく小里から距離を置きたかったのだろう。高崎が離れていったのを確認した後に健斗が小里に尋ねる。


「戸村、どうしたんだ?」

「あの人、なーんか好きになれないんですよねー」

「なんでだよ? 高崎さん良い人だぜー?」

「……女の勘なので、上手く説明はできません」

「それ、最近出番増えてきたなー」

「だから出番って言い方おかしいんですよ! 私はずっと女ですからね!?」


 また二人の漫才が始まったか、と健斗は口を出さずに自分の席につく。


「冗談だってー、二割くらいは」

「八割本気じゃないですか! 四捨五入で消える程度の冗談は冗談って言わないんですよ!」

「ほんと入社したての頃に比べてツッコミのキレが増したよなー」

「誰のせいですか誰の!」

「もうお前らでコンビ組めよ……」


 『それだけは嫌だ!』で声が揃った二人に健斗はやれやれと肩をすくめる。オフィスには噂がよく飛び交うものだが、自分を取り巻く環境は特に変わっていない事に安心する健斗だった。

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