第10話 解決

 玲が居た場所は、以前聡一と小里が健斗に教えた『おさぼりスポット』だった。おさぼりスポットは会社の入り口からオフィスの間には無く、かなり遠回りをしないとたどり着けない。なのでオフィスから入口に真っすぐ向かった場合は通らないために人が全く来ないのである。


 健斗は追い詰められた高崎が玲に何か突発的な事をしてしまう可能性があると踏んでいたため、彼が思いつかないであろう場所に避難してもらっていたのである。今は電気を消してじっとしてもらっているため、一目では誰かいる事がわからない。

 

 健斗のスマホに着信が入った。内容は警察からで、高崎が健斗の家の前で確保したという旨だった。これで玲の無事が確約された。安心して彼女に報告が出来ると知り、彼の足取りは早足から小走りに変わっていた。

 

 ガチャッ……、と健斗は会議室のドアを開けて電気をつけた。


「玲さん、終わりましたよ!」


 ガバッ、と健斗が入室してすぐ、玲は健斗に思い切り腰へと腕を回して抱きしめた。顔を肩にうずめていて玲の表情はわからない。

 

「れ、玲さん!?」

「君が無事で、よかった」

「!」


 玲は健斗にだけ聞こえる声量でそう言った。玲の抱擁は今までで一番、離れたくないという意思が込められていた。二人は暫く抱き合った後、高崎が確保されたという情報を共有した。


「そう、犯人は捕まったのね」

「ええ、作戦は全てうまくいきましたよ」

「ありがとう、……本当に、感謝してもしきれない恩を受けてしまったわね」

「いえ、そんな……」


 健斗自身も、彼女の支えがなければどこかで崩れていたし、今日の作戦でも無茶をして怪我を負っていた可能性もあった。健斗も玲に対して抱いているの感謝は大きいのである。

 

「君の声、ここまで届いてたわ」

「え、それはとても恥ずかしいというか……」

「いいえ、嬉しかったわ。私の代わりに言ってくれてありがとう」


 そう言いながら玲は健斗を更に抱き寄せる。健斗は自分の言ったことと彼女の抱擁に全身が熱くなり、脳が蕩けるような思いだった。

 

「あら、もうこんな時間になっていたのね。あまりここを遅くまで使い続けるのも悪いわね」

「……ですね。ストーカーはもう捕まったので、家に戻っても大丈夫だそうですよ」

「なら、帰りましょうか」

「はい!」


 二人きりの時間が終わることに名残惜しさを感じたが、家に帰ればまた二人になれるのだと思い出す。会議室の電気を消して、オフィスの施錠を済ませてから二人は帰路についた。

 

 

「泉さんをストーカーしていたのは、高崎一人みたいです」

「……社内でずっと誰かが敵視してきていたような気がしたのは、気のせいじゃなかったのね」


 時折健斗も感じたことのある鋭い目線は、高崎によるものだった。だが社内での彼の評価は高いため、人との付き合いは相当上手くやっていたようだ。同じく人付き合いの多い聡一でも気づかなかったほどなのだから、逆に人付き合いが少ない二人には気づきようも無かった。

 

「盗聴器は、これにつけていたのね」

「玲さんが環境を良くするため購入したルータに細工が……、全く気付きませんでしたよ」


 調査をしてくれた警察が言うには、以前玲が購入したルータは一度分解されている形跡があったとの事で、その内部に小型の盗聴器が仕掛けられていたらしい。こんな手口があったのか、と健斗は青ざめた。

 

「ええ、どうやらこういうの手口って時々あるらしいわ。開封した時に気を付けるべきだったわね。これはストーカーの事を知っていたのに失念していた私のミスだったわ」

「失念ですか? でもこれは中々気を付けようが……」

「そうなのだけれど、その……」

「何かあったんですか?」

 

 玲の歯切れが悪い状態はかなり珍しいため、健斗は不思議に思った。いくら盗聴器の危険性があったからといって、購入した全ての品に注意するのは簡単な事じゃない。しかし玲が気にしているという事は何か原因があるのだろうか、と健斗はグルグルと考えていると、彼女の口からは予想外な言葉が出てきたのである。

 

「あの時は奮発しちゃったじゃない? だから、実はちょっと浮かれていて……、そこまで気が回っていなかったのよ……」


 耳を赤くして恥ずかしがる玲を見た健斗は、心の中で『可愛いなあもう!』と叫んだ。悶える彼を見た玲は、すぐに話を切り替えた。

 

「それでその……今回の犯人の……」

「……高崎さんの事ですか?」

「そう、高崎君、彼が私の成績に嫉妬したって事だったのね……って健斗君、どうしたの?」


 玲が気まずそうに目線を逸らしがちになっている事に健斗は気づいた。本来なら同期がストーカーだったと聞いたらもっとショックを受ける所なのだが、そういう雰囲気では無い。玲が人の名前を思い出そうと悩んでいる様子に健斗は既視感を感じた。

 

「玲さん、高崎さんって同期だったんですよね?」

「え、えぇ。そう……だったみたいね」

「全っ然気にも留めてなかったんですね」

「し、仕方ないじゃない。冷女と呼ばれ始めてから心を開かないようにしていたんだもの。親しくなれそうに無いと思う相手の事なんて、覚えていられないわ」

「確かに、そうですね」


 健斗も似たようなもので、本当に関わりがあったり興味がある人物の名前しか覚えられない。笑いながら頷いた健斗の心の中には、実は他の男に気を取られているような事が無くてちょっと安心したという気持ちが籠っていた。その事には健斗自身も気づいていなかった。


「はあ、今日は疲れましたね」

「ええ。君のおかげで大きな問題が片付いたから、今日からは安心して眠りにつくことが出来るわ」

「本当に良かったです。あー、明日は休みだから、昼まで寝てしまいそうです……」

「あまり寝すぎると体内時計が狂ってしまうから、遅くなりすぎる前に起こしてあげるわね。それじゃあ、また明日ね」

「はい、お願いします。それでは、また明日」


 そう言って、玲は防音部屋に入っていき、すぐに寝る準備をした。健斗もこれ以上何かをする気にもなれずに寝巻へと着替えて布団に入った。こうして二人は、ぐっすりと眠ることが出来たのであった。

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