第2話 同僚と後輩

 健斗の勤め先は上場企業ではあるもののそこまで規模は大きくない。オフィスの大きさも普通程度のため、隣の席にいる人とは問題無く会話ができるくらいの距離感である。自販機で買ったコーヒーを片手に自分の席に向かう。


(いつも買っているコーヒーだけど、家で入れたらもっと安く済むのだろうか……)


 毎朝のように小銭を吸われている事に不満を感じながらも、家にコーヒーメーカーを導入する等の手間を考えると億劫になってしまう。こういう姿勢だと新しい趣味などが始められないのだと健斗自身も理解しているのだが、どうも腰が重く感じてしまう。


 席に着くと、健斗の左には先に出勤していたであろう、頭の後ろで組みながら背もたれに思い切り体重をかけてだらりとしている知り合いがいた。彼は健斗の姿を見て体を起こした。


「お、音無。おはよーっす」

「おはよう佐々木、いつもの事だが気の抜けた返事だな」

「流石に上司にはしないって。俺とお前の仲だからさ!」

「また適当なことを……」


 健斗と近しく話している彼は佐々木聡一ささきそういち。健斗と同期で入社してから、課も一緒なことから接する機会が多い人物だ。やや長めの茶髪で、スーツを少し気崩しているところが襟を正している健斗と対照的な印象を持たせる。それでも気は合っているため、こうして会話をするのが日常となっている。……そしてこの輪にはもう一人含まれている。

 

「まーた先輩方、男同士でイチャイチャしてますねー」

「戸村、だからその言い方は止めろと言ってるだろ……」

「えー? でもこれが一番しっくりくる表現だと思うんですけどー」


 健斗の正面、パソコンの隙間から彼女は覗き込みながら皮肉を言ってきた。彼女は戸村小里とむらこさと。健斗と聡一から見て二個下の後輩にあたる。健斗からは淡い栗色のショートヘアがデスクのモニターの上に乗っかっているように見える。

 

「そうだぞ戸村ー、俺と音無は数々の死地を潜り抜けた戦友だぞ? そんな甘っちょろい関係じゃないんだよ俺たちは!」

「……お前のミスの挽回や残り作業の手伝いをしていた記憶しか無いんだが?」

「それは……ほら、俺は大器晩成型だからさ。期待して待っててくれよ戦友!」

「三年目なんだからそろそろ開花してくれよ……」


 聡一の言う死地とは、大抵というか全て仕事の事だった。聡一の仕事が遅れた時やミスがあった際に、健斗はやれやれと思いながらもプロジェクトに支障が出ないように手伝うことがしばしばある。

 健斗としてはいい加減手伝うのを辞めたいのだが、同い年の成人男性が恥じらい無く泣きついてくる様子が居た堪れなさ過ぎて毎度断れずにいるのだった。


 そんな事を考えていた健斗の事を見抜いたのか、小里は原因である聡一ではなく健斗のほうに矛先を向けた。


「そう言いながらもいつも助けてあげちゃう音無先輩にも非があると思いますよー」

「えぇ……?」

「そうだそうだー、音無が優しすぎるのも悪い!」

「お前はどの立場なんだよ……」


 何故か健斗が責められていた。全く……と音無は自分のパソコンを起動する。まだ始業時間までは余裕があるものの、必要な準備は早く済ませておきたい性格なのである。ちなみに後の二人はまだ起動せずにスマホをいじっている。


「それより……今日の飲み会、正直出るのめんどいんですけど」

「開発部全体の飲みだから上の人も結構来るってのがなー。あんまり羽目外せないのがきついぜー」

「お前らはいつも外しすぎだからな……」

「いやいや、先輩が外さなすぎなんですよー」

「会社の金で食う肉は上手いぜ! だから遠慮なんかもったいねえって!」

「よくオフィスで堂々と言えるなお前……」


 聡一の中ではすでに飲み会が始まっているようだ。しかし実際にはまだその日の仕事が待ち構えている。聡一と小里はその現実に肩を落とした後、聡一が何かを思い出して。


「けど今日の会って確か、あの人が珍しく参加するらしいじゃん。な、音無?」

「あ、あぁ。そそ、そうらしい、な」

「音無先輩、キョドりすぎですよ。ほーんとわかりやすいですねー」

「お前、動揺すると毎回態度に出まくるよなー」

「うるさい」


 健斗はとぼけようとしていたが、本当は飲み会の日程と参加者が決まった段階からずっと意識していた。聡一と小里は彼女の話題を出す度にそわそわしてしまう健斗の様子をとても面白がっている。

 彼らがそんな話をしていると、本社に例のあの人が姿を現した。彼女が来たというだけで、周囲の注目が集まるのである。そしてそれは勿論、健斗も例外ではなかった。

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