1:琉、車いす毎、縛られるーー第二章 入院編(烏賊墨病院)

 凧中総合病院を去る時の私がやるべき必要な手続きはいろいろある。保険請求の為に必要な障害診断書の依頼、目が見えなくなったための障碍者手帳を申請するための診断書の依頼、荷物の引き上げ、病院代の支払いである。


「本人さんの移動は私たちがやりますから、後からお越しくださいね。」

台詞だけは親切っぽい。地域支援相談員、氏中である。


 約束の時間、凧中総合病院の相部屋に氏中相談員はスタッフ2名を連れてやってきた。琉はナースコールを持たせるのに役に立っているクマのぬいぐるみを膝に置いて、ベッドに座って待っていた。おしゃれな介護専門店製のワンマイルワンピース(ただし寝間着である)に身を包んでいる。

「車いす、うちの、持ってきましたんで。これに乗ってください。」

 烏賊墨病院の車いすに載せられ、琉が運ばれていく。なんとなく、昔のアニメ「ベルサイユのユリ」のマリーアントワネットのようである。確か、お輿入れの時、自国の物を全て相手国の品に変えさせられて嫁いでいく描写があった筈だ。

 エレベータで一階に降り、烏賊墨病院手配の軽自動車まで行く。軽自動車の末尾の扉を開け、スロープを利用し、琉を乗せたまま、車いすを収容し、琉を乗せたまま、車いすをぐるぐるに縛ってバシンと扉を閉め、出発した。

 

 嫌な予感がする。が、私に可能なことは、可能な限り早く、凧中総合病院の手続きを終え、烏賊墨病院に行くことだ。遅れること、30分。凧中総合病院から烏賊墨病院には車で40分。駆けつけると、琉はロビーでぐたっとなっていた。

「腰痛い。」

 その後、琉は一週間寝込むことになる。


 改めて記載するが、この時点では、琉の腰の背骨は溶けており、コルセットを利用している。この状態の患者をいい加減に軽乗用車の後部に荷物のように縛り付けて移動させるとは、手配した氏中相談員は、全く書類の「歩けない」とかの申し送りしか見ていないのだろう。そして、このことは、ここに入れられた患者は、物言わぬ動物のように、一律ぞんざいに扱われるという前触れでもあった。


 さて、凧中総合病院では携帯電話を所持させられなかったが、今回は琉が必要だろうと思い、看護師に充電の仕方等を伝え、持たせることが出来た。これは、琉にとっては、結果的に最強の武器になった。琉は塾講師であり、基本的におしゃべりである。電話で思い切りあらゆることについて意思表示ができるのだ。

 琉はこの時、難聴の対処はなにもされていないが、かろうじて左耳は聞こえる。電話も左耳にあてれば、電話の相手は琉が障害を持っているなどと全然思わない。


 烏賊墨病院転院後、一週間たって、琉から電話がかかってきた。

「いや、なに、あの移動。なんで、私、車いす毎、車に縛り付けられないといけないの。車のシートに座り直しさせればいいじゃない。あれで、腰、酷くなったから一週間寝込んじゃったのよ!」


 烏賊墨病院に転院してからも、凧中総合病院の整形外科には定期的に受診が必要なのだが、私は、私が自家用車での烏賊墨病院と凧中総合病院の往復と付き添いをすることにした。

「一週間寝込まされるとは、そちらの車の移動にはずいぶん問題があったようですね。」

そういってもぴんとこない氏中相談員の顔の能面はかなり厚そうだ。



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