3:誰が為の報告会(医者が一番、看護師二番、最下位層は収容患者)

 入院して二週間が経った。氏中相談員が力を入れて頑張る報告会の日だ。彼の人が何に力を入れていたか私は知っている。日程調整である。

 烏賊墨病院に行くと、ロビーに隣接した廊下の吹き抜けに案内された。当時のコロナ旋風時だけかどうかは知らないが、いろいろと吹きすさびそうなところに、大きなテーブルと沢山の椅子がある。

 時間になると、次第にその椅子に人が座り、全部一杯になった。随分とまた人を寄せ集めるものである。15人は居たと思う。そして、本人の琉だけが呼ばれない。


「ここ、ただのリハビリでしょ、こんなに人、打ち合わせにいらんわ。」

 私、夢は思った。


 偉そうにふんぞり返ったお年の大久陀医師がやってきたところで、報告会が始まる。大量の紙資料が配られる。司会は氏中相談員である。

 病状説明。これは凧中総合病院の診断内容のコピペ。新しいことは何も書いていないが、大久陀医師が読み上げるのを周りは恭しく聞いている。


 次に理学療法士、松鯛氏の説明。

「当初、本人さんの腰の痛みがひどくリハビリができませんでしたが、入院一週間を過ぎるころからリハビリに取り掛かることができ、現在、…」

 出だししか、わからん。資料を説明しているのだろうが、みてもわからん。


 資料というのは、紙に図と文字が埋まっていればいいものではない。それが通用するのは、大学生が出ていない授業でも、とにかく単位を欲しい時のレポートぐらいだと思っていたが、医療・介護分野では違うらしい。少なくとも、彼らは患者や家族にプレゼンするためには書いていない。自分たちの業界内か、行政に提出するために、つらつら紙面を埋めているように見える。内部説明会なら、わざわざ私を呼ぶな。本当の報告会なら、患者や家族に判るものに仕上げて出せ。しかも、この場に琉がいないのが不自然だ。


「ああ、最初一週間の腰の痛みは、転院時の車の移動で痛めたようですね。」

 私は、何気に嫌味を言ったが、誰も、嫌味と受け取らない。というか、単に打ち合わせをこなしているだけの人たちなのだ。暖簾に腕押しである。


 次には看護師の資料とやらまで出てきた。そして、その内容のない資料を説明した後、安房看護師は噛みつくように言う。

「髪切っていいですか。」

「誰のですか。」(貴女のならご自由に。)

「本人さんのです。みんなが髪で遊ぶので困るんです。」

「本人、しゃべれますよね。本人の意向を聞いてください。」


 馬鹿じゃないか。ここは監獄か?いつまで入院させる気だ。

 琉は女である。もともとが、ロングにソバージュをかけていた。私は髪型に固執はないが、琉はあるのだ。80近くして現役塾講師、年齢不詳のおしゃれを気取っていた人が、田舎の病院に依頼で来る床屋のカットを好むはずがない。

 また、髪で遊ぶ「みんな」というのは、あんたの同僚か部下だろう。自分の監督不行き届きの言い訳を、「患者様の髪を切る」という方法で解決するとは、ずいぶんとまた内向きな上下関係しか物を見ない奴よなあ。「髪を切る」という費用もまた、あんたが払うわけじゃなくて、こっちにつけるんだろうがよ。


 私は見た目、ただの50女だが、自分の一番好きな職歴は営業付きSEだ。その仕事は、営業に同行して、顧客に専門事項をかみ砕いて伝え、顧客要望をバックヤード部隊に専門用語に変換して伝える。逆に言えば、こういったプレゼンができない、内部要望を顧客(患者)に垂れ流しで見せる連中は大嫌いである。


 2020年、コロナ禍で、医療業界が大変とニュースキャスターは判を押したように言っていた。しかし、私は、その報道に違和感を持った。その業界全体に漠然と見解を持つのは間違っている。そして、案外、本当に大変な人は泣き言いわないで、対応にあたり、安全圏にいる、出来ない人が「コロナでねえ、へへへ」と言い訳の理由にしているのだ。

「誰が」「何を」「何から」守っているのか。

それは自分の仕事と、どう関わりがあるのか。

お役所仕事の

「規則ですから~」

という下っ端は、規則が何故作られるのかを考えたこともないだろう。


 凧中総合病院の宵乃生医師は、コロナ禍でも、その中で取れる最善の対処を自然と選んでいた。烏賊墨病院のこいつ等は、救急などとは程遠い所にいて、上から言われただけの仕事を、自分に都合のいいように、無駄な時間を費やして、やっているだけだ。


 私は「琉が、自宅で生活できるようになる」為に、宵乃生医師の勧めで琉を烏賊墨病院に入れたのだ。下手なプレゼンが聞きたいわけでも、納品物に大量の内容のない紙屑書類が欲しいわけでもない。


 違和感は琉からの電話で日々高まる。

 






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にゃーる・すとーりぃ 若阿夢 @nyaam

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