2:面会はガラス越し(うち全盲なんですけど!)

 時は6月半ば。琉を救急車で運んだ時から丁度二か月。

 家は二階建ての建売住宅であるが、二階はもう物置ときり捨て、一階の壁は半分ぐらい私によって漆喰に塗り替わっていた。目が見えなくなった琉は壁を見ることはできないが、手触りは変わる。なお、壁を塗るという作業を通し、私は住宅の素材に詳しくなってきた。

 住宅の一部に増築したところがあり、昔はそこが奇麗だと思っていたのだが、何のことはない、増築した、つまりその分新しいというだけで、ありふれた壁紙が張られ、使いにくい開き扉のついた収納庫が作られている。

 住宅は何でできているか。木と石膏ボード、セメント、タイル、(襖や障子は)紙。「三匹の子豚」という童話があるのもうなづける、本当はそこらにあるもので作ることができる。ただ、膨大に素材に量が必要となるから、元の素材の単価が安くても、建築となれば高くなる。後は、建築時の安全性。

 増築したのは、琉のなじみの工務店だったが、実はいまいちじゃないかと疑いを持った。まず、デザインがあか抜けない。そして、壁紙を塗り替える際に把握したが、一部で雨漏りする作りになっており、床板が腐りつつある。

 自分の能力以上のことはできないため、時が来たら解決できるように問題点を把握する。ただ、充電池を共用するラインナップの電動ドライバー、電動ノコギリも入手し、自力でできることも増えてきた。

 居室となる床の間のある和室。「床の間」がいらないし、その横の押し入れも使いづらい。変なところに小さな壁があるのだ。WEBで、壁の壊し方を見て、壁を破壊し、庭に捨てた。

 DIYで改造しようと思えばいくらでもできるが、終了時期は必ず、琉の退院時とする必要がある。この時期は転院したての為、退院目途を二か月後とみていた。退院目途の根拠は、…後で根拠にしたのが私の間違いだと判る…氏中相談員が入院前の説明でそういったからである。氏中相談員は30半ばであろうか、えらく自信満々で、当初、私の小学生の時の同級生、門尾君を同僚としてよく知っているというので、つい信用しかけてしまった。

 何度も記載し恐縮だが、私はまだこの余山市に戻って5年であり、自分自身の伝手がなく、判断基準にできるものが少ない。で、門尾君であるが、私は彼が理学療法士になったというのと烏賊墨病院と何か関係があるとは琉から聞いて知っていた。私は門尾君について小学校6年までのことしか知らないが、人というのは案外その頃の性格が原点になっているものである(と私は考えている)。門尾君は優等生ではなかったが、独自の見解を持ち、当時から生物が好きで、私ともそれなりに交流があったと記憶している。その門尾君が烏賊墨病院に勤めているというのなら、悪くはあるまい。


 さて、烏賊墨病院に琉が入院となり、氏中相談員に

「門尾君は居ますか?」

と尋ねると、どうにも要領を得ない。門尾君はとうの昔に辞めたらしい。氏中相談員が門尾君を知っているというのも実は嘘で、適当に話をしていたようである。門尾君が辞めたとなれば、事情は変わる。その「やめた事情」は当方患者としては重要ではないか。門尾君は白黒はっきりつけるたちだ。悪い環境には留まらない。

 話を聞く出だしからしらけた私に、氏中相談員は淡々と入院に関する説明を続ける。

「で、面会なのですが、コロナ対策として、患者さんは中庭で携帯を持ち、ご家族さんは病院の窓からガラス越しに携帯でお話をする形になります。」

 は?馬鹿ですか?あなた。私の母は全盲ですよ。その面会になんの意味があるんでしょうか。

「意味ありませんよね。母に携帯持たせましたから、そのような面会はいりません。」


…烏賊墨病院の馬鹿はさらに続く。





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