12:転院勧告

 5月末。宵乃生医師から日付と時間を指定された呼び出しを受け、病院に出向く。打ち合わせ用の部屋で、宵乃生医師と他に数人がいる。母はリハビリ中だったかで、その場にいないが、それまでが重病人だったので当時それを不思議とは思わなかった。

「経過は順調です。で、ご自宅のほうに戻られますか。」

「って、母は歩けるのでしょうか。」

「いや、車いすですね。」


 私はこの会話の時、その時どうして本人に直接歩けるか確認しなかったかと、非常に悔やむことになる。医者の専門外の分野がからむ台詞は信じてはいけない。この場合、消化器内科の宵乃生医師だが、連絡不行き届きか、専門外だから把握していないのか、彼も母が歩けることを知らなかったのだ。後悔は先に立たないため、今はこのまま話を進めよう。


「家の中で、車いすは無理です。廊下など幅が足りない。」

「そうか、じゃあ、リハビリ頑張ってもらおうか。本人さん、結構パワフルだもんね。余山市北部にある烏賊墨病院はどうですか?」

「いっときますが、芭沫病院みたいなところは嫌ですから。」

「芭沫病院?ああ、本人さんの旦那さん(私の父、吾)の行ったところですね。あれは、癌末期症状の患者の行くところですよ。リハビリ専門の病院になります。」

「リハビリ専門といったら、あ、母は整形外科で、入院歴が最近あった。一年前に大腿骨骨折して2、3か月入院した山神整形外科では駄目なんですか。」


 後悔その二。過去に琉の入院歴のある山神整形外科をもっと強く推すべきだった。後に人の話を聞くと、病院には「系列」というものがある。烏賊墨病院と莫迦邪県立凧中総合病院は同じ系列だ。これを書いている現在、烏賊墨病院のホームページを見ると、そこにいる医師は凧中総合病院退職後そこの所属になっている者ばかり。「天下り」というやつだ。畜生。私もいっぱしの社会人、組織の仕組みぐらい分かっている。しかし、身内の重病経験値が少ないと、そこに頭が回らない。吾が死んだ時の怨嗟ぐらいでは注意力が足りなかったらしい。


「山神整形外科では烏賊墨病院ほどリハビリが充実していないです。しっかりやってくれますから。」

 宵乃生医師がそういうのを、ついうのみにして烏賊墨病院に転院することになった。琉の入院からちょうど二か月。世の通説、総合病院での対処終了目安期間と全くもって一致する。


「あ、ちょうどいい時間だ。本人さんに会っていってください。」

と宵乃生医師がいい、車いすに載せられている琉と廊下で対面する。

 膿を出していた日以降、失明し、両瞼は開くことがない。耳もなんか遠く会話にならない。お互いが会話をして疲れるのだ。話が通じにくいから。


「今度、転院することになったよ。うちに近いんだって。もう少し会えるようになるんじゃないかな。」

 私はそう話しかけたが、宵乃生医師がそこはさえぎる。

「いや、会えるようにはならないと思いますよ。コロナ対策は一緒ですから。」


 後悔その3。烏賊墨病院の「コロナ対策」は一緒どころか、ずいぶんなものだった。後悔が先に立てば、失望しかない第二章への突入を、その時は環境が変わるからと楽観的に考えていた。

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