Failure Mode ~フォールモード~.2


秘匿ひとくの行程で、つかえているの?」


 姉の姿が奥に消えたタイミングで、妹のほうがたずねた。


 そこでセレグレーシュが困惑にから元気げんきを混ぜこんだ微妙な笑みを浮かべながら、カウンター上そのへんに散らかっている三角錐さんかくすいを示して実情を口にする。


「うん……。なにも入れなければ、組めるんだけど、入れるとどういうわけかなん(で)か…。やっぱり失敗する。むりやり指定位置にとどめようとしたら、なんだ(力の方向に反発して、じくが狂ってしまったみたいで…)」


「…《一天十二座いってんじゅうにざ》……。天然磁石改変マグネタイト……黒玉こくぎょく十九個で、自身をかこう防御方陣は組めるんだよね?」


「うん…」


(…次の段階に進んでいるみたいだから、できたんだなって思っていたけど……できていなかったんだ…)


 エアリア妹は、もの思わしげに思案しながら、ちろりちろりとセレグレーシュの反応を盗み見た。


「…心因的しんいんてきなもの……なんじゃないかな?」


 思いもしていなかった指摘に、セレグレーシュが発言主彼女を注視する。


「道具や陣形が変わっても、そうなのでしょう? れなければ成功する。なら、心力の制御セーブが確実じゃなかったとしても、まったく統制できてないわけじゃない。成立させられる条件を満たしているわけだから、その条件下……。〝素材を入れて成立させることに抵抗がある〟ということではないの? これは配置する位置さえ的確につかんでいれば機能する。必要心力・収められる素材・質量・大きさの制限……限界。本則はあっても、それ以外の精緻なケアを必要とする道具じゃないもの…――基本ができないのに、さらにその上の応用が可能なんて、そんなのはありえないし…――ぁ……」


 セレグレーシュが、じっと言葉に耳をかたむけていると、そのまっすぐな視線を意識したのか…。はたと表情を変えたエアリア妹が顔を真っ赤にして身ををすくめた。


「ごめんなさいっ。でき…、たんだよね?」


「というか、いちおういちおーは…(一天十二座いってんじゅうにざなら可点もらったし、その組みあげはもう、条件が変わろうと多少のことでは、できなくなる気がしない……。オレ、いま、なんであやまられたんだろ?)」


「わたし、法印技術には明るくないのに、素人しろうと考えで、勝手な推論ぶつけちゃって……その、前もそこそれつまづいてたみたいだったから疑問感じていて……じゃなくて、えぇと…、その……」


 なにかわからないが目の前の女子がいいように困っているように見えたので、セレグレーシュは、てきとうに思いついた事情を提起することにした。

 読み切れていない場の雰囲気空気わけのわからないひずみに落ちぬ~ゆがまぬ~よう、もたせようとしてのことだ。


「自分でも、なんでって思ってる。でも、素材や空間分析、計算の段階でなにか勘違いしているのかも知れないし、配分、構成……基礎から見直してみる(数値バランスは、その都度つど、パターンや流れ、方向性で変化する……環境にもよるわけで……)」


 この課題には、けっこうな期間をついやしているので、悩みすぎると浮上できなくなる。

 彼が努めて深く考えないようにしながら、素のままの言葉を繰りだしていると、どこから耳をそばたてていたのか、戻ってきたエアリア姉が事態を持てあましている妹を、ちらと視界に収め見てから口を挟んだ意見を投げつけてきた


「でも! レイス君は、そっちが得意なんでしょう?」


 指摘されたセレグレーシュは、発言者に目を向けた後、どう応じるでもなく、そのまなざしをより近い自身の胸の前の低空に泳がせた。

 はっぱかけられているようでもあったが、どうしようにもどうにも煮え切らない気分が消え去らない。


(得意っていうか……実技に比べれば、かなりすんなり進めてる感覚はあるかな……。そこで間違えてる気がしなかったりするのも確かで。でも、どうしてなのかなんでか現実にはできていないし、成立させる間際まぎわすべってる感じがして。カフゥ講師が指摘する言うように、不要な手、くわえてしまっているのかも……)


 彼が太鼓判たいこばん押され、自覚もできているのは、明らかに突出している(らしい)心力の強さと、素材の分析力・空間認識力だけだ。


 自身がつかみとったものを否定するつもりはなくても、上には上がいる。

 だれにだって得意不得意・好き嫌い・適したペースがあるものだし、それと伸びが認められる事柄にも、見えない局面、癖や盲点をいくつも秘めて内包しているもので……。

 どこまでも教示を受ける立場にありながら、目指す効果を現実にできていないというのが現在いまの彼の状況なのだ。


「これは訓練用だもの。式や手順は、心力らさないかぎり、道具から過程と数値配分が読み取れる。そこで間違えていたら、講師だって教え方を迷わない」


 放置されている小さな三角錐さんかくすいを目で示しながらに告げたエアリア姉は、持ってきた平箱ひらばこをメインカウンターに据え置いて、明朗に言葉を繰りだした。


「力そそげばきる定式化された道具は、教えなくても使いこなせるのだし。心力が充実していて、計算も測量も制御も得意とくれば、原因は限られてくる。つまりは、そういうそうゆーことなんじゃないの?」


 導きだした答えに自信があるのだろう。自分の発言に満足して見える。


「ジーちゃんが、法具以外のことで熱心になるなんて滅多にないんだから、その貴重な意見と想いを胸に留め置いてくれないかな?」


「もう、ラパ姉さまっ!」


 エアリア妹が、むっとした顔で姉を抗議して「違うって言ってるのに…(よけい、意識しちゃうじゃない……)」とか、小声でぼやいた。

 ともなく、うつむいたその彼女が、視線を伏せたままセレグレーシュの方へ体の向きを変える。


「忘れてくれていいの。どうか忘れてちょうだい。生意気言いました!」


「生意気って、なんで? 法印士じゃなくても法具士で、キャリアが違う。君らの方が断然くわしいわけだし……」


 なぜか持ちあげるほど、意気消沈してへこんでいく印象のエアリア妹を視界に、セレグレーシュが、あれ? と思っていると、

 そこで姉の方が、先刻カウンターじょうに重ね置いた箱を示した。


空箱あきばこも、このくらいのサイズが収めやすいみたい。ぱっと、目につくところにあったものだから、少し高さが足りないのは許してね?」


 これと提示されているのは、ひと抱えもある白い平箱(十二インチのピザ箱風味)と、一片が二〇センチほどある生成きなり塗りの正方形の小箱だ。


「はい、これはおまけ」


 そこに折りたたまれた瑠璃色の布地が追加された。


 薄手のかなり軟らかそうな素材で、その組成に、ちらちらと主張があまり強くない銀色の点状のひらめきが見てとれる。

 いっけん、ただの布地のようでも、そうであることを包みくらましてもいない――見る者が見れば、そのかぎりではない可能性が感じとれるもの…――法具だ。


「……。もらって、いいの?」


「いーのいーの。くれるものは、もらっておきなさい。あげられないようなものはあげないし、役にたつかもわからないのだしね。心配しなくても贈り物だから、お代はとらない。こんなの、ちょっとした野暮無粋よ。それだけ苦労し(て造っ)たのなら、自分で渡せぇ! って、叫びたくもなってしまうのちゃうんだけどねー」


(…野暮無粋で……自分で渡せって、なんだ?)


 セレグレーシュが相手の発言を把握しきれずに目を丸くしている。

 そんな彼のとなりにあって。姉の指摘あてこすりに〝むっ〟と目を怒らせたエアリア妹が、呼吸を整え、とつとつと意見を語り始めた。


「これは……心力で効果的にきる…(素材もので…)。薄くても充分な幅と長さがあるから、肩に羽織るのも帽子……フード代わりに被るのも、腰に巻き結ぶのにも適した……云わば多目的な衣料品ね。寒さ対策の保温はもちろん、暑い日は冷却・遮断目的にも機能する。日中は、まだ陽射しが強いし、夜は少し肌寒くなってきたしで……。ひざ掛けとか、ハーフ丈の外套ケープコートとしても使えそう…」


「うん。ありがとう」


 くれた相手? と助言をそえてくれた相手。どっちがどっちなのかもわからなくなったが、セレグレーシュがどちらにともなくまとめて礼をべると、こころなしか、妹の方がほっとしたようすでこうべをたれた。

 うなずいているともとれるしぐさだ。

 そして、意識的に落ちつきをはらいながら、彼女自身の考えを追加補足する。


「学力面……必要心力、制御、鑑識力でつまづいて、なかなか構築にいたらない子も少なくないのだし。気にすることないの。苦手があるなら、そこで、じっくりつかかった方が身になる。とっつきが早かっただけに、あせりも一塩でしょうけれど、ゆっくり進めばいいんだよ」


「うん……」


 真に受けてしまっていいものか……

 かなり複雑な心地心境ながら、なぐさめともはげましとも受けとれる発言に応じたところ、その相手(エアリア妹)にちらりと。こっそり反応をうかがい探るような上目使いのまなざしを注がれたセレグレーシュである。

 あっちもこっちも、なんなのだろうと疑問をいだいていると横合いから声がかけられた。


「ところで……レイス君は、来月末日まつじついてる?」


 エアリア~妹~に向けられていた彼の視線が、そう語りかけてきた姉の方に移動する。


けてくれると嬉しいなぁ。わたしたち、今年で大還だいか…――…」


 あっけらかんと話す姉の言葉に、ぎょっと表情を変えた妹が、いきなりカウンターに飛び乗り、乗り越えんばかりの勢いで上体をかたむけた。

 そうして伸ばされた腕が姉の肩をがっしり捕らえる。どうじに、その逆の右の手が捕まえた対象の口もとを逆手におおった。

 妹に跳びつかれて口をふさがれたエアリア姉がくぐもった声を発する。


「れぅ…ぅう……」


「なんでもない! なんでもないの」


 あせりながら、代わって誤魔化そうといいわけたエアリア妹が、乗りあげたカウンターの向こう側に足をおろして移動してゆく。


 けっこう幅のあるテーブルではあったが、対面受け渡しも可能な範疇レベルなので、さして大きな障害にはならない――そうおうの運動能と手足の長さがあればの話だが。


 その動作の中に妹が姉の耳元に「なんでそれ、言っちゃうの」とささやいているのがセレグレーシュの耳にも届いていた。


「隠すことじゃないでしょう」


「隠したいの!」


「隠したって、いいことないと思うけど? 人づてに伝わることだってあるんだから、もう知ってるかも知れないし。そんなこと言ってたら、呼びたい人、誘えないよ?」


 不興をあらわにして、むくれている妹を左に。

 エアリア姉は特にこたえたようすもなく、にっこり笑顔になってセレグレーシュの方へ向き直った。


「とにかく、ちょっとしたお祝いするのだけど、レイス君も来ない? わたしはお祝いされる側だけど、お祝いする側でもあるし――」


 煮え切らない顔表情で口をわずかにひらいたり、ふくれたりしている妹に、ちらと視線を投げたエアリア姉は、その計画を口にするのが楽しくてしょうがないというように宣言した。


「後で招待状送るね? 談話室ひとつ貸きっチャーターして、ぱぁっと盛り上がる予定なの! 身ひとつ、友達の連れ込み、ちょっと顔出すだけの食い逃げ犯も、祝う心があれば歓迎OKよ。いろいろ、おいしいもの用意するし、知らないあたりを紹介しあって、楽しくやりましょう!」



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