実 相.4


「オレとスミレは、スミレの母さんが強くて掟破りアレだったから……。とにかく、いろいろあって知ったんだけどさ……。

 情がからむとめんどーだからだろうな。子供作るか作らないかまで……。作る時は、相手まで勝手に決められる。

 つなぐための作業だから、いちいち知る必要はない。オレたちが知ってはいけないこと。

 必要ない知識で…――亜人は亜人、人は人。里に存在する《亜人》はみんな、やつらに作られた《里の守り》で……共有の財産。

 口に出して言わなくても、生きた道具……家畜で…。

 里を守るのが存在する意味で、そのために生まれたんだから、それが使命だって。

 里人を大事にして、守れって。

 (里守ダーナとしてとうとばれるのは、強さと実直さで――)それが生きている理由だっていうんだ。

 (それが出来ないなら、壊た者ぽんこつで……老いて役に立たない家禽かきん以下だって言われて……)

 でも《ひじり》じゃ、……亜人の方が悠々生きているっていうし……。

 《ひじり》の《亜人》には、きっと、親も子もいて……。

 そのために作られたからだなんて……そんなの納得できなくて……。

 〝なんで〟が消えなくて。どこが違うんだって……。

 それでシナを困らせたけど、やっぱり言われるほど悪いことしてるとは思えなくてさ…」


(…〝シナ〟……)


 何度か耳にしてる名だ。

 セレグレーシュは、ならんで歩く白い少年を伏せ目加減に、ちらと視た。


「とにかくっ! オレが産まれたのはそういうそうゆう里で……《ひじり》の情勢も良くなかったから、里のやつらは自分たちを守る《半魔デミ》…《亜人》《闇人》でも……いいなりになる強いやつをひたすら欲しがってた」


「(…ひじりの情勢……)さっきから出てくる《ひじり》というのは、町か里? 国?」


「ん…。《ひじり》って呼ばれる特別扱いされてる連中。

 そいつらを信望し信じている里にもそれぞれ名前があって、いくつか聞いたと思うんだけど、《聖城市ひじりじょうし》以外(は)オレ、知らない……おぼえても(い)られないし(教わらなかった)。

 オレら、そっちの方面のこと、全部ひっくるめて《ひじり》って。ただ、そう呼んでた。

 《ひじり》の向こうの《南の里の集まり》でも、(ひじりの認識は)そんな感じだったかも。

 いちおう、代表みたいなのがいる。《ひじりの王》…《聖王ひじりおう》って呼ばれてて……。人間らしいんだけど、なんか特別で――先祖に変わったのがいたみたいで、ふつうでもないって、一族ごと大事にされてて……。

 悪いこと起きた時、その代表……《王》が人柱になるとか、それにも、よくわからない条件があるとか言って…――役目から逃れるための言いわけっぽいけど…。

 とにかく、そういうそうゆうの…。

 おかしな感じに信じられてる特別な一族やつが中にいて《ひじり》って言われて、ありがたがれて、大事にされてやしなわれてる地域ところ

 でも、もう、ずいぶん前から、一族の中に産まれた《半魔デミ》に仕切られてて、反抗するところも出たりしてるっていうから、形でしかないのかも。

 いま、どうなっているのかわからない…。

 オレ、はじめはなから、そっちのことは、よく知らないんだ。

 それでもあがめて、ひとつの血族にしがみついてる感じで……。こっちでいうなら、やっぱ国…。里が複数(たくさん)集まった王の国……連合れんごーみたいなものかも」


「ふぅん……(破魔系霊能者みたいなものを中心に構成された集団とか…?)」


 セレグレーシュがさして本気になることもなく、聞いた情報を理解しようとつとめていると、そこで、話の内容ががらりと変化した。


「おまえ、〝石と石が出会うと、力ある者が現れる〟って話、聞いたことないか?」


(――力ある者が現れる…って。それって、もしかして……)


 それと聞いたセレグレーシュが、あてずっぽうな思いつきを胸に相手に注意をむけた。

 自身の解釈と、耳にした言葉の意味の両方を危ぶみながらも、聞く姿勢を立てなおす。


「どんな石でもいいわけじゃなくて、中にいろんな色や光が見えたりする……ふだんは透明に見えるのに向こう側が透けて見えないやつと、《闇人つぶし》とか《白魔石びゃくませき》とか《白石しろいし》とかいわれる透ける感じの白っぽい石。

 (白い方も)やっぱり、向こうが透けて見えるわけじゃないんだけど……闇人とか亜人を狂わせたり、力(を)うばったりするっていうあやしい石だ」


 嫌な思い出でもあるのか、アレンは不快そうに表情をゆがめた。


「(オレの)里には…《クロウカシス》には、《御珠みたまさま》が……。

 むかしから奉られている透明な石があったんだ。

 《御珠みたまさま》って呼ばれてて、精霊か神様かよくわかんないけど、そういうそうゆうのが宿ってるんだっていう石。

 オレたち《混ざり者》に反応して、色見せたり、見せなかったりする気まぐれなやつで、《宮の人リンデン》がそれをまつって管理してた。

 シナの話じゃ《宮の人リンデン》の役目は、鬼子……亜人を飼育飼う…育てることじゃなく、もとはそれだったんじゃないかって。

 むかしは、もっと(たくさん)あったんだけど、《ひじり》に盗まれたとか、いわれて(い)て…――そういえば、おまえ。なんとなくだけど、《御珠みたまさま》に似てるな」


「みたまさま…?」


「だから、里でまつられてた石」


(石に似てるのか?)


 見知らぬ無機物――生活機能(主に炭素)を持たない自然物に見えても、そうではないことがあったりするものだが……そういったものと似てると評価されても受けとめようがない。

 指摘される理由……意味もわからなかったので、セレグレーシュはなんとも複雑で言いあらわしようのない心地にひたされた。

 微妙な顔をして、進む方角に視線をすいっと泳がせる。


「あ! いや…だから! なんとなくだ、なんとなく……」


(なんとなくと言われてもな)


 自分の発想……または失言が、きまり悪かったのか、はじと思ったのか――アレンは、白い顔を照れたように赤く染めながら話を先にすすめた。


「とにかく! 里に《白魔石びゃくませき》……白い方の石はなかったんだけど、それを見つけてきたやつがいてさ…。

 本物かどうかもわからなかったんだけど、オレたちにためして……。すっごく嫌な石…――(身体の中内臓られるような……浸食される感じで、ぞわぞわするやつ)。

 それで、石を会わせてみようってことになったんだ」


 徐々じょじょに真剣さを増していたその表情には明瞭な嫌悪が見てとれた。

 すでに、今しがたさきほどの高揚も失せて、白い眉間に深いしわがきざまれている。


「シナは反対したんだ。

 それこそ《禁じ手》だって。危険なことで、なにが出るか、なにが起きるかもわからない。

 ずっと南の、あるかもわからないわかんない里では……――行ってみたら、あったけど…とにかく。それっぽい事故があって、鬼婆が現れて、人を食ったって話もあったんだ。

 後で聞いたら、その場にいた人が消滅す消えるか、失踪しっそーするか、いなくなっただけで。食べたわけじゃないみたい……。

 現実、どうなのか知らないけど、食べてないって。本人(だって子)が言ってた。

 それに別に、里を守ってるわけでもなかった。って、いうゆーか、どっちかというと……本人は闇人で、それなりに強いらしいのに庇護さ守られてた……。

 それぞれに守備する武術集団、集まりがあって、自分の意思、考えで血族……家族と里のみんなを守って(い)て、助けあって、あまり上も下もそんなにない感じの集まりで…(威張いばってみせても、仲間内の……冗談にもなる気安いレベルで…。あーいうゆうの、すごい、いいよな)」


 隠す理由もなければ、思いをそのままに話しているのだろう。

 語るアレンの表情には、そのおり、そのおりの感情に応じた変化があった。


「事故が起きた場所も、もっと集村の中心~なか~に近い里で、《ひひら》じゃなかったって。

 とにかく、そんなそうゆう事もある危ないこころみで……。

 それなのに戸主アンパイアたちは守護してくれる者欲しさに、それ(を)強行した。

 〝鬼婆はいやされて、その里の守りになったっていうじゃないか〟って。

 《ひひら》は遠いのに、その話が事実かも、存在するのかさえわからなかったのに、誰がいやすんだって話だけど……。

 なにが出るか、起きるかわからないから、自分たちは里で待つことにして、森の奧……《日隠ひがくれ山》のさわでやれって、シナたちに命令したんだ!」


 その黒目がちな瞳が、縁側の右手にひろがる庭を伏せ目がちに映している。とても、口惜しそうに。

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