実 相.3


「それで、話って?」


「そう切りだされると、あれだけど」


「あれ(って、どれ)?」


「なんか、話しにくい」


(走ろうかな……)


 ふたり並んでゆく中。いっときは根気負けして妥協したセレグレーシュの歩みが、しだいに速度を増してゆく。


「んーと……あ。ちゃんと話すから、走るの禁止!」


 わずかに遅れたアレンが訴えながら、セレグレーシュに追いついてきた。


「オレ、さっき、暇だったから、いろいろ考えてたんだ。それで……って、おい! それ、半分、走ってるだろ」


 セレグレーシュの腕を再度捕まえ引きよせたアレンが、その動きに、ぐっと抑制をかける。


「もっと、ゆっくり! 気ぃ散って、考え(あれもこれもってなって)まとまらないあべこべになる


(ゆっくりしてられないんだけど……。もう遅れるの確実だし。うるさいし、やっぱり腹くくるしかないか)


 未練も不満もあったが、セレグレーシュは、そこでまた抵抗するのをあきらめた。


「おまえだって、ちゃんと聞かないだろう?」


「重い。走らない。ちゃんと歩くから、放せ(捕まえるだけならまだしも、腕を背中に固める必要ないだろう……進み動きにくい…って、こいつ、それが目的か!?)」


 言葉を交わす中に肩をとられ、腕を背中に抑えつけるかたちに固定された上で、またぁりと後ろへ重心をかけられた。

 承服しょうふくしがたい心境におちいったセレグレーシュだが、それでも、に関しては譲歩じょうほする。

 解放されるだろう戻りはひとりなので、自由になれるはずだ。

 あくまでも、予定予測。見込みに過ぎないが、そうなるはずだと……。


 速度が落ちると自然におさえがゆるみ、彼の腕と肩はふりはらうまでもなく解放された。


 建物のあいだに渡されている廊下をひとつ横切り横断し、それと繋がる建物の裏手の稜線をたどった後、ふたたび、新築感かもす板張りの渡り廊下へる段差に足をかける。


 そこまで来た時。

 「あー」だの「んー」だの、『(面倒だけど、いろいろ違うから……正攻法でいくなら)やっぱ、少しは予備知識がいるよなー』とか、『どこから話そうどっからいこうと思ったんだっけ……』などと。

 迷いの一端いったん端々はしばしを思いつくままに吐き出すばかりだったアレンが、ようやく説明らしいことを口にしはじめた。


 先のアレンの独り言は、この土地ここの言語でも、セレグレーシュが育った土地の言語でもない。


「なんて言うか……オレさ――うん…。こっちは向こうに比べれば、解放的だなって、思ったんだ。オレがで、っていうのも。オレが生まれた里がおかしかったのもあるんだろうけど……」

 

 とつとつと言葉を迷いながら。いま、相手その人に伝えたい思いを形にしてゆく。


「オレの里は、おまえのところ……《ルス・カ》より、ずっとずっと東で、たぶん北の方。《地境ちざかい》より向こう。海の向こうで、《ひじり》より北の、ろくでもない里だ」


(……そうか。遠くから来たっていうのは、わかった。

 《ひじり》とかいうのが、なにか知らないけど、《地境ちざかい》のさらに先。東で、海の向こうっていうからには、海峡えてきたってことだな。

 けどそれって、いま、話さなきゃならないことなのか?)


 身の上話や感想なら、時間のある時にして欲しいと、セレグレーシュは眉をひそめ、前方にまなざしをはせた。


「ここも見方、変えれば、似たようなことしてるっぽいけど、あんなじゃないし……。自分の意思でソレ選択して、認められてるんだから、いい……っていうか、かまわないっていうかさ……。圧力とか権力とかいろいろあって、みんながみんなってわけじゃないんだろうけど、それでもオレが生まれた里よりはマシだ。

 オレがいた里は……たちの悪い《半魔デミ》……あぁ、こっちじゃ《亜人》だよな。とにかく性悪な《亜人》におびやかされてゆがんだ《ひじり》よりも愚かで……。

 相手にもされてないのに、《ひじり》に属化されることを恐れて……。

 敵視してるくせに頼って依存いぞんしながら、こそこそ続いてきた里でさ。

 作った《亜人》に里の人間、守らせるんだ」


 なかば上の空で聞いていたセレグレーシュだったが、奇妙に思える表現があったので、となりに目をむける。


?」


「うん。むかしは適当テキトーな女を《ひじり》あたりに連れて行って、《鬼子おにご》……あ、だからオレが産まれたところでは、向こう(闇)側のやつや《半魔デミ》…。

 ――《闇人》とか、こっちでいう《亜人》の血が人に混じると《鬼子おにご》とか《半魔デミ》って呼ぶんだ。

 だからって、《亜人》っていわないわけでもなくて……。

 里の外では、こっちと同じ呼び方することもあるんだけど、オレの里は、半魔・鬼子そっちがふつうで……。

 こっちにもおなじような言いまわし、あれこれ、あるよな?

 《稜威祇イツギ》とか《野人ヤジン》とか。

 (むこうでは)ちょっと目立ったり、高尚こうしょーだったり勇敢ゆうかんだったりすると《半神デミゴッドともいうとかさ……。

 けっこう、意味(が)だぶついて、まぎらわしいけど。ともかく!」


 と。そこで事情の説明にひと段落つけたアレンは、さらに話をおし進めた。


「《ひじり》で探せば、そういったのが、そこそこいるから、そのあたりに行って、適当な女に……《亜人》の子をはらませていたんだ……。

 (なんかスミレは、人の子を売り買いもしてるっていうゆーようなこと、言ってたけど……)

 ――でも、《ひじり》が物騒になって、行くのが危険になったとかで、《里守ダーナ》が……守備をかためる《亜人》が不足した。

 …《半魔デミ》…《亜人》を手に入れる確実な方法は《ひじり》に行くことだったから…。

 それでオレが居た頃には、オレとスミレだけになった」


「そのへんにいるなら、やとえばいいのに……(〝だーな〟って、なんだ? 〝守備をかためる亜人〟とかいうののことか?)」


 ぽつりとセレグレーシュの口からこぼれたのは、率直な感想。思いつき。

 複数疑問をかかえるなかに、表面表層に出してみた意見だ。


 亜人はもちろん、闇人や魔物のたぐいも凶暴なものばかりではない。

 穏和な個体。安定を欠いていようと話が通じるものが存在する。

 むろん、力の差がいちじるしいつき合いに利害がからめば、関係があやうくもなる。

 慎重に対応しなければならないわけだが……。


「よそ者を入れる選択ことはなかった。

 血は入れても、よそ者は入れない。辺鄙へんぴな里で豊かでもなかったし……あつかいが邪道アレで……。

 小さい頃からしつけて、支配して、自分たちの思うように働くモノにしたかったんだろう。

 《ひじり》にとり込まれること、里で問題おこされることを怖がってた。そういったゆーきっかけになりそうなヤツを(内部に)入れたくなかったんだと思う。

 なにもわからないうちから反抗しないようにしつけておだてて育てれば、食べ物・着るもの程度……必要のついでですむ。

 不作になって、少しくらい御飯が減っても、辛抱しんぼうして文句もいわない…――そんな強くておとなしい家畜が欲しかったのさ」


 やるせなげに視点をおとしたアレンは、口惜くちおしそうに下唇をかんだ。


(それがあたりまえ…普通だなんて言われても、なっとくいかない……なっとくがいくわけがない。オレたちにだって、心が……感情があるから。魂胆、知っちゃうと……。いいように使われてるってわかってしまうと……)


 一度目蓋まぶたを硬く閉じ、暗い表情で話を進める。


「オレたちは…――《宮の人リンデン》たちに育てられて、里や里の人間を守ることが役目だって……生きてゆく方法だって教え込まれて育つんだ」


 さらに聞きなれない単語を耳にしたセレグレーシュの注意が、再度、連れの少年の側に投げられる。


(りんでん?)


「里は、り所、住処すみかで大事だけど……。

 おかしいんだ。

 オレたちだけ、外のこと(を)教えてもらえなかった……全然だ。

 オレたちは特別で……首輪チョーカーつけられて…(はずそうと思えば外せるやつだけど、首輪それがひと目でそれだってわかる《里守ダーナ》の。名札や腕章、勲章くんしょうみたいなもので……)。

 狩りや漁をするのも禁止。畑耕すのも手伝うのも禁止。料理するのも禁止。そのへんで見つけた木の実や山菜を採ってくるのも食べるのも禁止……。

 直接里人と話すのも…(タブーで……)。

 言いたいことは《宮の人リンデン》を通すもので…――それも《宮の人リンデン》たちの判断で向こうに伝わらなかったり、なかったことにされる――。

 ちょっとでも気に入らないこと言うと《里守ダーナ》らしくない……《里守ダーナ》のルール破った……いやしい……思いあがってる。教育が……。

 しつけがなってないって……。

 直接オレたちじゃなく《宮の人リンデン》が苦情いわれるんだ。まじ、腹立つやつらで……。

 ……オレたちは、いざという時に備えて、カラダきたえて、ワザみがいて、里の周り見てまわって、里のやつらがくれるもの食べて、やしなわれて……。そういうもの・存在だって決めつけられて…。

 相手が《獣》でも《亜人》でも《妖威》でも《闇人》でも…——害敵が出たら戦って……。追い払って、里を守ってさえいればいいんだって…。

 そのうえで〝作ってやった〟〝優先的に食わせて養ってやっている〟〝大事に育ててやってるから、自分たちを守るのは当然で、存在もしていられるんだ〟。

 だから……強くなれ。なるのが義務だってっ!

 小さい頃は、オレもそういうそうゆーものだと思ってた。

 (力があるから、強いんだから、強いものが戦うのが……前に出るのがとうぜんで、弱いなりにがんばって生きているみんなを守らなきゃって……。それで認めて一目おいてくれるやつもいたし……)

 ――だまされてたけど、父さんも死んじゃったし……。

 スミレの父さんなんて禁を破って《里守ダーナ》に手を出した罰だって……見せしめに酷いやり方で殺されたんだって。

 好きになってさかって子供つくっただけで……。

 …おなじ里の人間だったのに粛清しゅくせいされたんだ。

 《里守ダーナ》は……個人ひとりのものじゃないんだって……(そう言うんだ)。

 《里守オレ》たちと関わることが、そんなに悪いことなのかって。

 どうしてオレたちだけ、こんなん(なん)だろうって。

 《半魔デミ》……《亜人》と人間って、そんなに違うのかって……。人間は……《戸主アンパイア》は、そんなにえらいのかって……」


「待った…」


 そこでセレグレーシュは、いささか強引に口をはさんだ。


 理解できない単語が増えて、連呼されことで、わけがわからなくなりかけていたが、それ以上に、いま必要とも思えない相手の話の暴走を止めたい意思が強く働いていた。


 それでも聞きにまわっている立場だったので――。

 まずは、より大きくあった後の欲求は抑えこみ、先にあった疑問の部分を口にする。

 受動的な姿勢をくずすのは、不可視な部分~不明~の少なくない情報の羅列に、ただ流されているのが辛抱できなくなったからだ。

 このまま〝わからない〟を放置していると、ますますわけがわからなくなる。


「《りんでん》とか、《だーな》って、なんだ?

 《だーな》は、おまえたちのことで、子飼いの《亜人》……《でみ》をしてる気がするけど、《りんでん》に育てられるって……。

 《りんでん》は……木か音か、電波かなにかに象徴されるヒトかなにか(なのか)? 《あんぱいあ》って……?」


「うん。《里守ダーナ》《半魔デミ》は、たぶん、それで合ってる。

 飼われてる《亜人》(のこと)…で、オレたちのこと。

 《里を守る亜人》を育てる人間担当がいて、それが《宮の人リンデン》。

 シナはその内のひとりだった…」


 言葉にすることで自分が置かれていた過去の状況に浮かされてか――ただされて答えるアレンの表情は、ほの暗く冷めて見えるなかにも、どこかうつろだった。


「(それ)で、《アンパイア》は……。

 里の中で三人、特別な奴がいて、なんて言えばいいかな? こっちで言う《王》…《集団の長》みたいなもの……でもないか…《判事…?》。

 (とにかく)――《男》と《女》と…。《くら》…食料とか蓄財を管理するやつら、それぞれをまとめる頭みたいなやつがいて……。

 なにか問題起きた時、どうするか判断するやつ。

 小さい里だから、みんな、血がつながってるようなものなんだけど、経験があって、発言力の強い、みんなに選ばれた人間がいて……。

 《代表》…《審判》みたいな、みんなの話聞いて、いろいろ決めていくヤツのこと……。

 いちおう《宮の人リンデン》の代表もいるんだ。

 むかしは《宮の人リンデン》のは《ぬし》……《宮のアンパイア》っていわれてたみたいだけど、いまは、ほとんどそう呼ばなく言わなくなって、《男》と《女》と《蔵》の三人より立場が弱い。

 (男と女と蔵は)選ばれた者だからって、威張いばってるんだ」


「ん……。そうか(なんとなく、わかったような……わからないような)」


「…で、オレたち…《里守ダーナ》は、やつらの決定で、誰が親かも知らずに……教えられずに育つんだ」


 相づちは打っても、依然、不可解そうな顔をしている聞き手をよそに、アレンは話を進めた。




 ※ 親をこれと知らされていないはずのアレンが、父親やなんやらを認識しているゆえんは、この後に(さほど意外な経過でもありませんし、長くなるので、ここでぶったぎってしまいました)。

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