実 相.3
「それで、話って?」
「そう切りだされると、あれだけど」
「あれ(って、どれ)?」
「なんか、話しにくい」
(走ろうかな……)
ふたり並んでゆく中。いっときは根気負けして妥協したセレグレーシュの歩みが、しだいに速度を増してゆく。
「んーと……あ。ちゃんと話すから、走るの禁止!」
わずかに遅れたアレンが訴えながら、セレグレーシュに追いついてきた。
「オレ、さっき、暇だったから、いろいろ考えてたんだ。それで……って、おい! それ、半分、走ってるだろ」
セレグレーシュの腕を再度捕まえ引きよせたアレンが、その動きに、ぐっと抑制をかける。
「もっと、ゆっくり! 気ぃ散って、考え(あれもこれもってなって)
(ゆっくりしてられないんだけど……。もう遅れるの確実だし。うるさいし、やっぱり腹くくるしかないか)
未練も不満もあったが、セレグレーシュは、そこでまた抵抗するのをあきらめた。
「おまえだって、ちゃんと聞かないだろう?」
「重い。走らない。ちゃんと歩くから、放せ(捕まえるだけならまだしも、腕を背中に固める必要ないだろう……
言葉を交わす中に肩をとられ、腕を背中に抑えつけるかたちに固定された上で、またぁりと後ろへ重心をかけられた。
解放されるだろう戻りはひとりなので、自由になれるはずだ。
あくまでも、予定予測。見込みに過ぎないが、そうなるはずだと……。
速度が落ちると自然に
建物のあいだに渡されている廊下をひとつ
そこまで来た時。
「あー」だの「んー」だの、『(面倒だけど、いろいろ違うから……正攻法でいくなら)やっぱ、少しは予備知識がいるよなー』とか、『
迷いの
先のアレンの独り言は、
「なんて言うか……オレさ――うん…。こっちは向こうに比べれば、解放的だなって、思ったんだ。オレがよそ者で、混ざりものっていうのも。オレが生まれた里がおかしかったのもあるんだろうけど……」
とつとつと言葉を迷いながら。いま、
「オレの里は、おまえのところ……《ルス・カ》より、ずっとずっと東で、たぶん北の方。《
(……そうか。遠くから来たっていうのは、わかった。
《ひじり》とかいうのが、なにか知らないけど、《
けどそれって、いま、話さなきゃならないことなのか?)
身の上話や感想なら、時間のある時にして欲しいと、セレグレーシュは眉をひそめ、前方にまなざしをはせた。
「ここも見方、変えれば、似たようなことしてるっぽいけど、あんなじゃないし……。自分の意思でソレ選択して、認められてるんだから、いい……っていうか、かまわないっていうかさ……。圧力とか権力とかいろいろあって、みんながみんなってわけじゃないんだろうけど、それでもオレが生まれた里よりはマシだ。
オレがいた里は……
相手にもされてないのに、《
敵視してるくせに頼って
作った《亜人》に里の人間、守らせるんだ」
なかば上の空で聞いていたセレグレーシュだったが、奇妙に思える表現があったので、となりに目をむける。
「亜人を作る?」
「うん。むかしは
――《闇人》とか、こっちでいう《亜人》の血が人に混じると《
だからって、《亜人》っていわないわけでもなくて……。
里の外では、こっちと同じ呼び方することもあるんだけど、オレの里は、
こっちにもおなじような言いまわし、あれこれ、あるよな?
《
(むこうでは)ちょっと目立ったり、
けっこう、意味(が)だぶついて、まぎらわしいけど。ともかく!」
と。そこで事情の説明にひと段落つけた
「《
(なんかスミレは、人の子を売り買いもしてるって
――でも、《
…《
それでオレが居た頃には、オレとスミレだけになった」
「そのへんにいるなら、
ぽつりとセレグレーシュの口からこぼれたのは、率直な感想。思いつき。
複数疑問を
亜人はもちろん、闇人や魔物の
穏和な個体。安定を欠いていようと話が通じるものが存在する。
むろん、力の差が
慎重に対応しなければならないわけだが……。
「よそ者を入れる
血は入れても、よそ者は入れない。
小さい頃から
《
なにもわからないうちから反抗しないように
不作になって、少しくらい御飯が減っても、
やるせなげに視点をおとしたアレンは、
(それがあたりまえ…普通だなんて言われても、なっとくいかない……なっとくがいくわけがない。オレたちにだって、心が……感情があるから。魂胆、知っちゃうと……。いいように使われてるってわかってしまうと……)
一度
「オレたちは…――《
さらに聞きなれない単語を耳にしたセレグレーシュの注意が、再度、連れの少年の側に投げられる。
(りんでん?)
「里は、
おかしいんだ。
オレたちだけ、外のこと(を)教えてもらえなかった……全然だ。
オレたちは特別で……
狩りや漁をするのも禁止。畑耕すのも手伝うのも禁止。料理するのも禁止。そのへんで見つけた木の実や山菜を採ってくるのも食べるのも禁止……。
直接里人と話すのも…(タブーで……)。
言いたいことは《
ちょっとでも気に入らないこと言うと《
直接オレたちじゃなく《
……オレたちは、いざという時に備えて、
相手が《獣》でも《亜人》でも《妖威》でも《闇人》でも…——害敵が出たら戦って……。追い払って、里を守ってさえいればいいんだって…。
そのうえで〝作ってやった〟〝優先的に食わせて養ってやっている〟〝大事に育ててやってるから、自分たちを守るのは当然で、存在もしていられるんだ〟。
だから……強くなれ。なるのが義務だってっ!
小さい頃は、オレも
(力があるから、強いんだから、強いものが戦うのが……前に出るのがとうぜんで、弱いなりにがんばって生きているみんなを守らなきゃって……。それで
――
スミレの父さんなんて禁を破って《
好きになって
…おなじ里の人間だったのに
《
《
どうしてオレたちだけ、こんなん(なん)だろうって。
《
「待った…」
そこでセレグレーシュは、いささか強引に口を
理解できない単語が増えて、連呼されことで、わけがわからなくなりかけていたが、それ以上に、いま必要とも思えない相手の話の暴走を止めたい意思が強く働いていた。
それでも聞きにまわっている立場だったので――。
まずは、より大きくあった後の欲求は抑えこみ、先にあった疑問の部分を口にする。
受動的な姿勢をくずすのは、
このまま〝わからない〟を放置していると、ますますわけがわからなくなる。
「《りんでん》とか、《だーな》って、なんだ?
《だーな》は、おまえたちのことで、子飼いの《亜人》……《でみ》を
《りんでん》は……木か音か、電波かなにかに象徴される
「うん。《
飼われてる《亜人》(のこと)…で、オレたちのこと。
《里を守る亜人》を育てる
シナはその内のひとりだった…」
言葉にすることで自分が置かれていた過去の状況に浮かされてか――
「(それ)で、《アンパイア》は……。
里の中で三人、特別な奴がいて、なんて言えばいいかな? こっちで言う《王》…《集団の長》みたいなもの……でもないか…《判事…?》。
(とにかく)――《男》と《女》と…。《
なにか問題起きた時、どうするか判断するやつ。
小さい里だから、みんな、血がつながってるようなものなんだけど、経験があって、発言力の強い、みんなに選ばれた人間がいて……。
《代表》…《審判》みたいな、みんなの話聞いて、いろいろ決めていくヤツのこと……。
いちおう《
むかしは《
(男と女と蔵は)選ばれた者だからって、
「ん……。そうか(なんとなく、わかったような……わからないような)」
「…で、オレたち…《
相づちは打っても、依然、不可解そうな顔をしている聞き手をよそに、アレンは話を進めた。
※ 親をこれと知らされていないはずのアレンが、父親やなんやらを認識しているゆえんは、この後に(さほど意外な経過でもありませんし、長くなるので、ここでぶったぎってしまいました)。
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