実 相.2


 どかどかどか、ばたばた、めきっ……バキッ――…。


 遅れたり、近づいたり。

 震動をともなう騒音が後から追いすがってくる。


 《家》の床や壁、欄干らんかんは耐久力が高く、見た目以上に柔軟で、音や震動をかなりまで吸収緩和かんわするはずなのだが…――

 速度をゆるめ、ふりかえると、その対象はいっきに間合いをつめて、セレグレーシュのすぐ後ろにならび立った。


「おまえ、床、ぶちぬく気か?」


「おまえがいきなり走りだすからだろっ」


 スタートが遅れた上に、身長差を考慮こうりょしても、けっこうな駿足しゅんそくにして、推進力すいしんりょくである。


 それでも、〝方向を見定めている者〟と〝いない者〟という前提条件が生みだすみぞは、いっぽうの動きが、かなりザツなこともあって意外に大きいようだった。


「加減して、普通に走れ」


「って、いわれても無理だ。この靴でかいし、走りにくいんだ。オレ重いから、どうしたって…――」


「できるだろ?」


「できねぇって!」


(この廊下——ちょっとやそっとじゃ、穴あかないだろーから、べつにいいか……)


 背後から跳びかかられたときは、さほど騒がしく~では~なかった気がするので不思議に思いながら……。

 向きを変えて、走りだす。

 しかしセレグレーシュは、一〇歩も行かぬうちに、その考えをあらためた。


(いや、よくない…)


 少し足をゆるめれば、あっというに追いついてくる白い少年をふり返り視野にとらえる。


 けっこう、わたわたして勢いにまかせた無駄な動作が多いのに、目標が動きを止めた時には方向が明確になるのか、迅速さが増す。

 背中に乗られたとき感じたとおりで、亜人としても運動性能にひいでた個体のようだ。


 そこまで来るのにセレグレーシュを追いぬかないのも、ひとえに、そうしようという意思がないからだろう。


 それは、それとしても。


 行く先々で視線が集中するのは、うしろから来るその少年の足音や擬音ぎおん(――欄干らんかんにとりついたり、壁に激突しないまでも腕ではじいたりする音——)が、やたら騒々そうぞうしく、〝それか〟と見いだせば、その正体が思いのほか若く小柄なうえ、やたら白いからだ。


 この様子では、これまで認めずにきた〝青い髪の彼イコール亜人認識〟が強まりそうだ。


 彼自身の色彩特徴が変わっている事実だけなら、もう、この家に住むようになって二年以上なるので、新手あらてでもなくば瞬間的に過ぎるのに、そうではないのだ。


 その場立ちにふり返る者がいるのは、動物が厳しい生存競争のなかに身に着けたつちかった好奇心や防衛本能を要素もとにする確認衝動のあらわれ――反射的な要求による反応なので、そこそこ人がいる場所では避けられない。

 責められやしない一種の現象で、ふせぎきれるものではなかったが。

 とにもかくにもとかく騒がしいので、わざわざ見えるところまで出てきて、見送るかまえをとる者が単数とは言わず存在する。


 たどってきた動線やあらぬ周辺界隈に、わらわら集まりだしては、いつまでもたむろう姿、野次馬が少なくないのだ。


「なぁ、待てってば。オレ、おまえに話……」


「やっぱり加減しろ。(足音+周囲の視線が)うるさい」


「だからそれ、無理だって! 歩いていこーぜ。そしたら少しは音も…」


「急がないと遅れるから(きっと急いでも遅刻する)。静かに走れ」


 ふり向きざまに要求をつきつけ、視線を右に投げたセレグレーシュが、その方向にのぞめる庭へおりてゆく。


「あ……おいっ」


 とまどいがちな呼びかけがあり、後からくる騒々しい足音が数歩で途絶えた。


 対象の足が、きざはしのあたりで止まっている。

 その事実に気づいたセレグレーシュが、左を軸足に、くるりと七〇度ほど向きをかえた。


 相手を視界に見ながら、その場立ちに問う。


「行かないのか?」


「いいのか? 庭おりて…」


「なにが? 問題ないよ? 中央なかのもあわせて(庭は)七つ、やっつ(…じゃないな、かすめるのも合わせれば)十一……いや、十三カ所だな。つっきる」


「べつにオレはいいけど、庭おりたりあがったりすると怒られるだろ」


「泥蹴散けちらしたりしなければ、平気だよ」


「上履き、屋内おくない専用とかじゃないのか? オレは怒られたぞ」


土足厳禁~土禁~おかしたか、外部そとから来たからだろ」


 そこでアレンは、セレグレーシュの靴と足もとと地面、それに自分がいる渡り廊下の床と自身がいている靴を順に見おろした。


「この靴だと汚れないのか?」


「上履きみたいなものだけど、靴じゃなくて……。

 講習施設がある区域とか通路とか…、全部じゃないけど、人が多くなる場所は、だいたい傷や汚れがつきにくい処理されてるんだ。

 まったく汚れないわけじゃないから、庭いじりしたり、畑とか……森に入ったり、外部そとに出かける時は、靴(を)変えたりするけど…。庭も石畳(を)行く分には平気だし、少しくらい雨(が)降っても、そのへんの芝生、踏むくらいなら許容のうちだ」


 物理的に見えなくてもこの家の建物は、通路全体に余分な汚れや湿気をはじき散らす〝しかけ〟がほどこされているのだ。

 管理する人達が天気や汚れ方に合わせて精度を維持しいて、不足を見れば掃除ついでに手直しもする。


「でも(ほとんど、靴底(接触面)限定で……)。

 実技講習~授業~さわることがあるから、部屋の中まではされてない…(講師によっては、室内実技で土足禁止指定する人もいて……土禁になる理由はそれぞれだ。ふだん(は)平気でも、条件がそろえば、禁止になる場合もあるし、既存の法印と相性が悪いという理由から、ほどこされていない場所も少なくない)…。

 一度に散らせる量、容量限界はあるから、靴の汚れがひどいと注意されることはあるな…(場所によって除去力ていどが異なるし、どしゃぶりの時なんかは、たいていみんな遠慮して、それぞれに対処する…――場合によっては、現行犯あつかいで掃除させられたりするし……)」


 この家には、準じる次元に所持品を隠蔽いんぺい所持する技能を持たないもの・未習得なものも、かなりいる。

 それは主に履き物の紛失ふんしつやとり違え、置き場、手間取りをふくめた、もろもろの脱着トラブルを最小限にとどめる目的でとられるようになった措置。規範きはんなのだ。


 むかしは、三和土たたきや土間をのぞいた屋内が総じて土禁だったとも聞く。


「なんだ(よくわからないけど、それでか……)」


 じっとセレグレーシュの言うことに集中していたアレンが、半信半疑ながらも、了解したと気をゆるめた。


「みんな靴、履いてるしさ(裸足はだしのやつもいたけど……)。

 厳禁ってわけじゃなさそうなのに、〝オレだけなんで?〟って思ったけど。そんなに汚れてなかった(と思う)のにな……」


 セレグレーシュが先へ進みたがって、そわそわしているのをよそに、ゆったりした、よゆうの姿勢で愚痴ぐちをこぼす。


「(おまえさがして)あちこち走りまわってたら、得体の知れない技(を)使うやつがいてさ。

 (……転ばされた。不意うちとはいえ、このオレを転がすなんて驚きだよな。つまみ出されるのかと身構えたけど、違って、「これなら、いいですよ」って……)靴、履き替えさせられたんだ」


 欄干に腕をあずけ、悠々とかまえて、その場所から動こうとする気配がない。


「あの靴、歩きやすくて気に入ってたんだ。前の街で買い換えたばかりだったのに。後で返してくれるって言われたけど信用できないから持ち歩いてたら、どこかどっかで片方無くした」


 そこで、浮き足だちに相手の語りに耳を傾けていたセレグレーシュの焦燥が一次的にとぎれた。


「持ってないみたいだけど?」


「ん」


 指摘されたアレンが、過去の行状を想起する。


(そういえば、こいつ見つけて捕まえた時、残りの片方、あのあたりに落としてきた気がする…)


 正確には、目標を見つけるとどうじ、自分が思う動きのさまたげになったので、その場に、とり落とすままに放置してきたのだったが。


 いま、向き合っている相手にたずねれば、おおよその逸失ポイント場所がわれるのかもしれなかったが、ずっと、たどった過程……道程より追跡対象に気をとられていたアレンには、それがどこだったのか、わからなくなっていた。


「片方あったってしかたないし。べつにいいよ。放浪してると、靴つぶすのなんてすぐだ」


「汚れ物やひろい物なら、誰かが持ってるんじゃなければ、集まる場所決まってるから、何カ所かあたれば見つかると思う(そのうち探しにくるだろうって見過ごされて、どこまでも放置される可能性もあるけど)」


「んー。時間あったら! (べつにもう、いーんだけどな。捜してたこいつもん、みつかったし。サイズ合わないけど、履き物がないわけでもない。それどころでもないから、するとしても後で)」


「とにかく、靴に打ち消しライン引かれたシグナルがないところなら平気だよ。

 駄目なところには、靴箱(場所によっては脱着スペース~玄関~)もある。

 宿舎の(各自の)部屋とか家屋かおくは、標示(が)なくても、だいたい禁止だ。 

 (――はじめのうちは、うっかりしてると間違えるから、けっこう、まぎらわしかったな……)」


 なにげに過去を思いかえしながら、セレグレーシュは、現状いまを意識して行動をうながした。


「とにかく行くよ? それとも自力で行くか? 場所、教えるから…」


「いや、案内して」


「オレじゃなくても…――そのへんで事情、話せば教えてくれる。そうしない?」


「しない! 誰かに押しつけようとしても、オレ、おまえの方についてくから!

 てんぷー着かなくても、おまえ(を)追いかける」


「なら、急ごう」


 これは、そういうそうゆうヤツだ――こうと決めたら、こだわりをくつがえすにる状況になるか、そうおうの条件・利点を見いださないかぎり譲らないと……。

 そんなふうに決めつけ見越したセレグレーシュは、もう、じたばたせずに達観することにした。


 苛立っても精神がすり減るだけなので、そうそうに割りきって済ませてしまおうと考えたのだ。


 きびすをかえす。


「おっ……待てって! だから…なんで走……」


 セレグレーシュが脇目もふらずに走りだしたので、アレンが欄干らんかんを跳び越えて、疾走する彼に追いすがってきた。


 初動の反動で、あっちへこっちへと、すっぽぬけた靴を拾いあげ、素速く履き直してから、だったが…。


「なあ! 話しながらいこーぜ。オレ、おまえに話しておきたいことあるんだ。スミレがいると、いろいろうるさいから」


 要求するなかに速度をあげ、進み続けようとする標的の腕を捕らえて、ぐっと、相手の推進力に抑制をかける。


「重いから放せ。話なら走りながら聞く」


「走りながらだと、おちついて話せないだろっ。この速さだと、オレには無理! 靴、でかいし舌噛みそーだし、頭まわらない!

 走るだけなら、この靴これでも、もっと速く走れる(途中で裸足になりそうだ)けど……なぁ、歩いていこうぜ。走らないと着かない距離でもないんだろう?」


「そうだけど……」


(送りとどけてから走ればいいか。こんなことしてたら、ますます遅くなる……)

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