第4話.実 相 ~じっそう~
実 相.1
講習が終わると、授業を担当していた女講師の足が生徒の方へ向いた。
彼女が目指す白い個体は、前から二列目の机の教壇正面
「来談者のレン君、で……まちがいないと思うのだけど……」
(らいだん?)
顔をあげた白い少年が不審そうに視線を返すなか、用件が告げられる。
「《
日頃から、ゆっくり話す女性なので、のんびりした言葉なりではあったが、それは提案というよりは、一方的な行動提起。
相違なければ行きなさいという通告だった。
「ごゆうじん? (オレを待ってるって、誰が?)」
「おまえの連れじゃないか?」
そこで状況を理解した白い少年が、うつむきがちに思案する。
「(てんぷー…?)――それって、どこ? …あぁ、いいや。おまえ、連れていって」
矛先を向けられた
そうして見ると、相手の少年の黒に複数の色彩を混ぜこんだような
示された対象がアレンひとりだったからだろう。
しかし、《天風の間》と呼ばれる建物は、次の講義が行われる場所と、ほぼ対角といってもいいような位置にある。
《家》と
講義もふくめ、合間合間に置かれている休み時間は、移動距離や教え手のスケジュール、授業の方向性や下準備など、
学ぶ者の調整の仕方やこれと提起されたカリキュラムによっても違ってくるが…――この時のセレグレーシュの手持ちは十五分ていど。
直線的に進めるわけでもない。
はぐれたり、邪魔が入るような事があったりして手間どれば、
いずれにせよ、そんな方面に足を伸ばしたりなどしたら、参加を予定している授業に間に合わなくなりそうなのだ。
「オレ、次の講義が……」
「案内してあげなさいな。いずれ、あなたもいろいろ聞かれそうだから、手間も
(でしょうって……。そんな悠長なこと言われても)
「ほんと、いい迷惑よねー」
いつもどこか眠たげで、おっとりとかまえて見える女性なのだが、話す速さは、そのまま退屈そうでも、言葉数がいつになく多い――
セレグレーシュとは深く関わる機会も少ない講師と受講生という関係なので、そう感じるのは、たんに言葉をかわす場面が限られていたからなのかも知れないが。
ともすれば
どう差し引いて見ても、目つきが険悪だった。
上に見積もっても二十過ぎ……二二か二三歳くらいの外見様相でも、じっさいは、三十路も遠くない二八のきれいな人で、いまは、すわりがちなその碧色の瞳に、ふつふつとした怒りが
いずれにせよ、機嫌が悪そうだ。
目と鼻の先にありながら授業に身が入らなかったのは確かだが、そんなのは彼個人の事情である。
一生徒のそんな態度に
なんだろうと、セレグレーシュが成りゆきを
「今日はこれで上がりの予定だったのに、アドに講義の
そういえば、あなただったよねー? あのお嬢さま
〝アド〟というのは、とある男性講師の通名だ。
その講師に頼まれてその
問われれば、否定まではできなかったので、思わず、うなずきそうになりながら微妙なまなざしを向ける。
彼の審査……監査についた
それと指摘した女性講師と同色系の髪(いま目の前にいるその講師よりは、いくぶん明るい色調で、一本一本が細くやわらかそうな金髪)の持ち主で、いくつかの青系の色相を虹彩に
ほかには、思いあたらない。
その
それを通過しなければ、学べない知識・技能が存在するそうなのに。
「あの女、手がかかるったらない……。守りが薄いと言ったって、ファーネスもいないのに、どうして、あの店にしたんだろう? ハナは一般人だから、手におえるわけがないのに……」
〝ファーネス〟や〝ハナ〟は、その女性の知人か友人だろうことが推測される――セレグレーシュにとって未知の存在なので、そのへんは聞き流すとしても。
志願しながらひとりの生徒(セレグレーシュ)の試験をだいなしにした例の女
「プルーのこと?」
「…。彼らのことは、人称代名詞で話しなさいねー……。けっこう、はじめに教えられたでしょうぅ?
霊音
覚えていてもおもてには出さないこと。
それが彼らの名なら、霊威を
明確に
のんびり苦言を
「…リーデン・シュルトでは、〝ドゥオディーウィギンティー〟とか名乗ってる……。
なにをこだわっているのか、省略すると怒るのよ。
〝ドゥティー〟…でも〝ウィギー〟でもぅー——〝ディー〟でも〝ティーちゃん〟でもさぁ……。どうでもいいと思わない?
よほど
ふってわいた仕事もその気疲れの一因なのだろうが、どちらかというと、セレグレーシュも知っている女の
教え子に禁じておきながら、仮名なりとも、ここには居ない
はじめのうちは大変だろうなという予想なら、彼にもつけられるが……。
(……本人は〝順調〟とか言ってたけど……ぁあ、でもあれは、行く前の話か。そういえば、あれから会ってないな。
「――…おまえ、
ぼんやり思案してると、前列にいた二つほど年上の門下生に問いかけられた。
肩をかすめる長さのざんばらな黒褐色の髪に、茶目っけのある茶色の目……。
いま、とり組んでいる実技講習で見かける顔で、たしか《ロジェ》とか呼ばれている男子だ。
セレグレーシュは、《家》に来たばかりのころ。そのくらいの年齢を中心にたずねて歩いたことがある――後に家に入った人間でも、確認できなかった顔でもないので、初対面でこそなかったが……。
それ以降は、ほとんど言葉を交わす機会もなく。当時は、それなりの数をあたったので、いま彼の頭に思い出せたのは、講習中、耳に入ってくることがある〝ロジェ〟というその通名だけだった。
「うん…」
《家》では、学力もふくめて、個人の試験の諸事情など、目撃者か当事者……事情を知る者がばらまかないかぎり広まらない。
とっている講義から進み具合を
品行方正(身のこなしというよりは、気風や性根重視)を指針とする組織なので、問題行動に発展することはそうあることではないが、必ずしも
トラブルが、まったく起きないわけではない。
「おかげで、試験が流れた……」
この場は
すると、その男子は、これ見よがしな——。
「ふぅん。ただの
さして深みのない
さらっと
セレグレーシュとしては、あまり触れられたくない部分だったので、それを指摘した相手にいい印象を持てなかった。
「おまえ、
そこで
机に両手をついて、立ちあがっていたので、まだすわっているセレグレーシュを見おろすかたちになる。
「
「なんか、わかるな、それ」
「なんかって、なにが?」
「おまえのそばって居やすいって
なにやら、うめきながら、考えを
「触ってみるまでそうでもなかったんだけど、たぶん、それとわかって近いと、ほっとする。
気がゆるむっていうか、なじむっていうか、安心する? 話しやすいっていうかな。なんだろ?
強いとか、頼りになるとか
(解放された感じって
解答もなかばに、より近い右の肩のあたりをぱほぱほと。確認するように
受けとめる側のセレグレーシュとしては、そっと溜息をついて、いまの
「行く。走るよ?」
行動を告げるともなく、多くもない荷物――筆記用具の
「あ? わ、待てよっ」
アレンが、あわててその後に続いた。
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