来訪者 ~クライエント~.3


「――さほどなく担当する者が来る。くつろいでいてくれ」


 客人を無事、《天風てんぷう》と名のつく談話室に収容したところで安堵の吐息をひとつ。


(――霊石、か…。違うものを言っている可能性もあるが、となるとな……。彼のふところにあったものも気になる……)


 知りたい欲求をふりきって歩みはじめた——その彼を見いだし、背後(死角)から声をかける者があった。


「ルイス。ごくろうだったな」


 瞬時に彼の表情がこわばった。


 これまで生きてきたなかに派生した呼称のひとつ――いまとなっては彼をそんなふうに呼ぶ人間はひとりしかいなかったし、その声だ。


(――早い反応だな。いまの段階では、この人が口をはさむほどの案件ではないのに……。可能性として半々だと思ってはいたが、やはり出てきたか。

 迂遠うえんにも、目をつけているあの子がらみだ。

 責任感と好奇……二対八くらいの割合か。

 相変わらず暇なんてないはずなのに、暇そうな人だ……)


 瞬時にそこまで思案をめぐらせた彼の口から、倦怠けんたいを感じさせる吐息がこぼれた。


 意識しつつもえて無視し——足を進めようとした彼の左肩に、追いついてきた相手の手がぽんと乗る。


「客人の用件は、もう済んだのか?」


 さして力がこめられていなくとも、その行動には、そうしてかけられた手をふり払うくらいの強引さ・覚悟でもなくば、すぐには行かせないという意志が露骨にあらわれていた。


「父さん…」


 彼の肩をとらえているのは、五〇半ば過ぎほどのごま塩頭の男。


 この館の先導師陣のまとめ役で《家長いえおさ》《総師そうし》とも呼ばれるフォルレンスだ。


 女顔を言われることもある息子のほうは母親似で、ちょっと見ただけでは、背格好以外、あまり似たところのない親子だったが、青い虹彩をたたえる瞳の印象に類似性をうかがうことができる。


 双方とも、かたち・虹彩の色合いだけではなく、そのさとそうな両眼に、物わかりが良さそうでいて枠にははまりきらない挑戦的な光を宿しているのだ。


「《霊石れいせきがらみのようなので、おまかせします」


「きちんと耳をかたむけたにしては、早い退出だ」


「ぼくは、行きがけに依頼人を案内しただけです。先導陣導師の領分のようなので、手堅く退散しようとしていたところです」


「用件がそうなら、そう判断する時点で知っているも同然だ。

 知らないよりは知ったほうがいいこともある。

 我々のほかにも、それを知る法印使い使い手や仕事人、破魔士、悪党は存在するのだからな。ようは知る者の品性と度量の問題だろう」


「こんなことをしてたら、いつか破滅する……(事実、この案件のていどがどうあろうと、霊石がらみとあらばその可能性が見えれば、ぼくの立場で、深入りしていい内容じゃないだろう)」


「大きくなりすぎた組織は、性に合わなくてな。せっかく登りつめたのだから足掻あがいてはやるが……みんな、そう頑なな固い頭でもない」


「おしつけられたの間違いでは?」


「うん。そこでだ。ここは見込まれたと思って提携しつるまないか?

 どうせ少なからず知っているのだろう? 思いがけず聞いてしまえ。

 さして危険のない、些細ささいな案件かも知れない」


「ぼくは、そうは思いませんでしたよ。あやうきには近寄らず、専門の方面にまかせるべきだ」


 さらりと言ってのけはしたが、事実、未練がないわけではなかったので、それだけに…――おきて破りをうながす父を映す息子の目が冷たく、攻撃的だった。


 《法の家~家~》には、知るところまでは看過されても関わることは避けるべきとされる要項――へたに首をつっこんだり探りを入れたりすると身内だろうと目をつけられる部類の事象がいくつか存在する。


 今回の訪問者が持ちこんだ事情は、そのへんに抵触ていしょくする可能性がある。そのレベルとそうと判断したならこれは、一介の講師の立場で深入りしていい事柄ではない。


 としては、理解しているつもりではあっても、そういった従来の立場による権限、規制に不満がないわけではないのだ。


「思いのほか、早いお越しで気が楽になりました。講義があるので、ぼくは失礼します」


「おまえの授業には、まだあるだろう」


「準備があるので」


「そうか。ぬるま湯につかるのもいいが、それで満足しているとは意外だな。むかしは知識欲のかたまりのようだったのに……無念のあまり、けて出るようになりそうで残念だ」


「その趣旨しゅしの指摘は、非常にむかつく!」


 真意しんいがどうあれ。それまで、のらりくらりと穏便おんびんに対処していた息子の表情が、するど苛烈かれつなものに変化した。


「これは、あなたの立場を思っての選択でもある。少しでも子や教え子が可愛いと思うなら、わきまえてもらいたい」


 いっぽうのフォルレンスは飄々ひょうひょうと。それでいながら、どこか真剣さをうかがわせる視線をひとり息子にそそいだ。


「ペリの中には例外的に長く生きる者もいるが、早ければ三〇半ばにく者もある。

 おまえの母親ブラウダエは三九で逝った。おまえはもう三五だな。

 おまえにはおまえの生き方、考えがあるのだろうが、そのせいを少しでも有意義なものにしたいと思うのも、わずかなりとも関わりたい……時を共有したいと思うのも、親心だぞ」


 あえて既存の事実を口にして、相手の振る舞いの所以ゆえんあばきたてる。

 それは、昨今、妻子、身内にかぎらず、周囲の人間との接し方を微調整しはじめた息子へのたしなめだった。


 自分がいなくなっても深い悲しみを抱かないようにという、これまで関わってきたものへの思いやりからくるものなのか。

 彼自身が覚悟を決め、人や物にかぎらず残してゆくもの……現実・事柄問題への未練を断つためなのか。

 両方かもしれず、どちらも等分にふくんでいる可能性が高いのだったが……


 彼。フォルレンスの息子は、間近にせまっているかもしれない……確定もしていない自身の死に備え、まわりとの関りを希薄にすることを図っているのだ。


「間接的でもかまわないものが直接的になるのは、先が不透明ならばこそなのかも知れないが、長い可能性を秘めていようと、いつ果てるかわからないのが世というものだろう。

 達観による結論・やさしさ・思いやりも、持論にこだわり過ぎれば、周囲へのあなどり……嫌味、裏切りになるものだ」


 とがめをそれと受けとめた息子の方は、渋いおももちで視線を床に落とした。


「あいかわらず、口がへらない…」


「不明はあっても、危険がさしせまる要項でもなし――背中を向けるのは、手にあまると気づいてからでも遅くない。いざとなれば、上に押しつければいいのさ。

 さいわいこの談話室の壁はあついし、処分されるほどのことは、そう起きるものではない――起こそうとしないかぎりはな。

 このみはしても、さほど安全志向でもないだろう。この機をまんまと逃して、もやもやするのはおまえだな」


「ほんとうに、ずるいひとだ」


「おまえもな。それもおまえの個性なのだろうが、人間、産まれてきたからには、見送る者に悲しまれしまれてなんぼだ。距離ができればできていたで、つらいものだろう。

 これまでの積み重ねも、存外ばかにはできないものだ」


(――った後のことなど知らないし、知りたいとも思わない――そう返したいところだが……。このふところが深くも、ずる賢いこの頭が耄碌もうろくするのを見なくてすみそうなのは、幸運なのかな……)


 息子の腹の内でくり出されたのは、負けん気の強さから出た負け惜しみだったが、浅くはないまどいとうれいを多分にふくんでいた。


「ブラエはかしこい女だったから、私のこの狡猾こうかつさとしたたかさと若さにれたのだろう。

 本人もそう言ってた。四年の差は大きいからな。あれには、それで散々いびられた。

 へたに年若としわかを自慢すると、それはそれで恐ろしくてな……。

 むかしは若かったから、破滅しないていどにこれを維持管理するのにも苦労したものだ。

 いまもまあ、それなりだから……。

 頼りになるブラウダエ~彼女~のサポート……おせっかいやつたなさがなつかしく、しく……いとしくもなる。

 時には、それが抑止にもな」


 その場にたたずみ、一時的に動作をとめていた息子の肩をぽんと叩いたフォルレンスが、それとなくあごをいっぽうへ指し向けるしぐさで、行くか去るのかの選択をせまる。


「比較的早くく血族だが、その実力もさることながら、じっさいに重ねた年齢より若く見えるというのはうらやましい特徴だな。ゆずりあえるものなら、ぜひとも分け合いたいものだ……」


 その口から出たのは、本気とも冗談ともつかない事情事実へのあてこすり。軽口だ。


 こころなしか沈んで見える息子を映したフォルレンスのその青い双眸には、しめやかな中にも、幾許いくばくかの寂寥せきりょうがほの見えていた。


(……曾祖父の代ではずれた私のなかに眠る《天藍てんらん》の血が、わずかなりともこの子の命を支えてくれればよいのだがな……)





【 以下/予備情報になります(気にならない方は読み飛ばしてね) 】


〇 フォルレンスは厚いようにも思える発言をしておりますが、各施設の耐久性および防音性は、使う者のはからいしだいになります。

 極端に薄いものでもないけれど、法印使いがその設備を活かそうとしなければ効果本領を発揮することはありません。

 個人の持ち家などは、そういった仕掛けのあるなしが個別仕様に。

 仕掛けそのものがなくても、法印使いに対応できる法具を持たせれば補強が叶うのは言わずもがなです(ここで主張してしまっておりますが……)。


〇  《ペリ》血統の外見に経年を無視するような停滞傾向が現れはじめるのは、成人前後からになります。程度にも個人差がある。


 あと、〝ルイス〟と呼ばれている彼の正名は、近々出てまいります。


 この世界、固定化された名字(家名や氏族名および異名や名跡)を背負っている者のほうが少数です(存在しないわけではありません。カフゥ講師や今回、【2】のうちに《真名》が明かされるとしている誰かさんなどは持っております)。

 たずさえていなくても、ありがちなところで、地名や職業や所属する組織名・親族の名などを持ってきて、〝どこどこの誰々〟みたいな言いまわしをすることはあります。

 そのへんの事情は、とある師範のパートナーのあり方にからめて、【神鎮め3】あたりで触れる予定です。


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