来談者 ~クライエント~.2


「――…。近いところはまっているようだね」


 明るい茶色の髪に青い瞳。

 いっけんには、三〇未満のさっそうとした好男子。

 ぎりぎり平均のはしにひっかかっていそうなせ型に、中背のその法印師は、手のひらの上に展開する半透過性の模型めいた造形を見ながらに告げた。


「(それ)なら、《天風てんぷう》を使わせてもらうか…」


 彼の手の上に浮かんでいるのは、小型簡略化された敷地の立体透視図だ。

 いまは一部が拡大表示されているので、組織の全貌は見えていない。


 とくにこれと判別がつく所作もないなかに確認と予約が済まされると、その現象は、彼の手のひらに乗っている円盤上の中心軸に集束するようにして、ふっつとき消えた。


 彼の対面には、ならんで立つ若い男女の姿がある。


「てんぷう?」


 不明を問いたげな女性の声を前方に聞いたその法印師が、役目を終えた円盤をふところに収めながらに応じる。


「うん。談話室だ。応接間……客室と言ったほうがいいかもしれない。二四あるから、便宜上べんぎじょう、名がある。

 《光風こうふう》《恵風けいふう》《花風はなかぜ》《風花かざばな》……。それだけでもないが、主に好感をもてる種類の風。または音の形容になる。

 訪問者・依頼人の話に耳をかたむける場所と言おうかな。正式なものは別途べっと、配備されているから、どちらかというと臨時滞在が確定した依頼人一行の宿泊拠点としてもうけられて、えたものだ。

 要所をのぞけば、遊ばせていることも少なくないから、多目的に使われていてね……。

 会合や接見、個人相談、小数規模の講習の場としても、よく転用される」


 説明をきりあげるとその法印師は、やっと立っているような白髪の青年に目をむけた。

 ともなく歩みより、その腕にやんわりと補助の手をそえる。


「少し歩くから椅子を使ってくれ。この先は、さほど段差にわずらわされることなく進めるよ」


「うん。ありがたい…」


 白髪の青年は、頬をゆるめ、とっさの発声によってかすれた喉で応じた。

 少し姿勢を変えるのも難儀そうに、背後にある大小三つの車輪のついた可動性の椅子に腰をおろす。


 いま補助にまわった法印師の頭を胸の位置に見るほどの背丈があり、それにつり合うていどの肩幅もある――色白で、どこかしら不健康そうではあってもそれは骨格・姿勢のしっかりしたスタイルのいい若者で、傍目には成人そこそこに見えた。


 平均的な体軀たいくの法印師の助勢を受けるその青年の胸もとで、香炉風の細工物がゆれている。


「わたしが!」


 右肩に栗色の髪を編みおろした女性が、さっと動いて、椅子を押す位置に移動する。


 こちらは二十歳はたちから、ひとつふたつ数えるくらいの若い女性で、純粋な人間なのか否か、表面的には、これという混ざりものらしい特徴は見つけられなかった。


 その彼女が車椅子を押しだしながら、先行して歩きはじめた男性法印師にうったえる。


「もうひとりいるの。門につく前に、どこかへどっか行っちゃったのだけど……」》


「聞いているよ(受付でも話されたのだから訴えられたならば騒ぎそれと結びつけることは容易だ)。うちの受講生を捜して、聞きまわってる白い少年だろう」


「そのジュコーセって、もしかして男の子で、淡い、青みたいな緑みたいな変わった色の髪だったりは……?」


「うん」


(やっぱり…。レンが飛びだしていくなんて、それしかないもんね)


 ふと。客人の悟り顔を右後ろに見た講師が、それとなくさぐりをいれる。


「知りあいなのかい?」


「知りあいってわけじゃないのだけど……、ん~——…言いがかりというか……。

 でも、前に会った子とも限らない(な……)。

 とにかく、そういうそうゆう特徴見たり聞いたりすると、後先考えずに飛びだしていっちゃうの。ふりまわされて、ついていったら、青は青でも、黒に近い青だったり……頭染めたオジサンだったりで、すっごく迷惑してる」


「そう言うな」


 嫌そうに顔をしかめている連れの手と腕と胸の前にあって。

 サポートされている車椅子の青年が、ようよう聞きとれる高さの声で苦笑しながらたしなめた。

 そこで表情をあらためた背後の女性は、ちらと。安全性を危ぶむように案内役の男を見る。

 相手の性質を疑っていることを隠そうともしていない。


「わたしは――パンセ。通名よ。呼ぶときは、そう呼んでくれる? (それ)で、本名は…。――ヴァイオラ」


 闇人のようなさわりはなくても、実名を明かすことには抵抗があるようで、言葉を連ねる彼女の表情に不満げなかげが見てとれた。


 いられたことではなく、こちらの地域性をかんがみてなした自主的な行動だ。

 あえて明かす必要もないのだが、そうしたほうが先方の警戒がゆるみ、好意的に受けいれられると判断妥協しての結果だろう。

 この組織の受付で一度暴露ばくろしてきているので、気障きざわりだろうと、いまさら拘泥こうでいすることでもない。

 迷いをふっきるように、顔を小さくふった彼女が、さらに言いはなつ。


「彼はシナ。本名が…、ティラよ」


ティラそれは先人の名だ。わたしに、本名そのようなものはない。里では、みな、木の名で呼ばれていた。もちいたとしても総じて通名だ」


「そんなことはないわ。立派な名前よ。それを言うなら、わたしだって花の呼称だもの。よくあることだわ。そうでしょう?」


「そうだね…(シナもティラも樹木からきた名なら、同じようなものだと思うが……)」


 矛先を向けられた法印師がこともなげに受け流すと、彼女は我が意を得たりとばかり上機嫌に微笑んだ。


「迷子になっているのが、アレン――まぁ、普段は、レンって呼んでいるけど、白いから、呼び名は色々ね。

 〝ミルク〟とか〝雪の子〟とか、〝白磁子はくじし〟とか〝雪豹ゆきひょう〟、〝け物石〟……〝鷹の目〟とか〝鉄人〟とか〝小さな巨人〟とも……。

 あー見えて、きたえていたし。重くて油断ならなくて、弱くもないから要注意よ」


 口にしてしまうことで、のるか反るのか。わからなくとも……。

 自分たちが無力ではないことを前面におしだし、警告脅しとして、さらに言葉を連ねてゆく。


「こちらの用件は聞きました?」


大筋おおすじは。目を通したよ」


「……このとおり。彼、身体がままならないのよ。ずっと眠っていたことも、少ししか食べられなくなったこともあるだろうけど、ひどく疲れやすい。

 なにかのさわりとか、病気なら、発見と治療するのが目的ね。

 向こうでは言わなかったけど、彼がこうなってしまった原因は……《霊石会わせ》って知ってます?」


「……。〝会わせ〟というからには、石と石を出会わせるのかい?」


「まぁ、そんな感じよ。わたしはその場にはいなかったから、はっきりしたことも言えないのだけど、わたしが生まれた里には…――」


「その話は長くなるのかい?」


 意図して言葉を差しはさんだ法印師は、ちらと彼女らをふり返り見た。


 すずしげにも見えるその視線は、すぐに前方へもどされたが、彼は後から来る者に応じる隙をあたえなかった。


「ぼくは、いくつか講義をかかえているから、すぐにも退出することになる」


 表面はおだやかな微笑をよそおっていても、印象としては耳を貸す気がないことを知らしめている。


みいった内容なら談話室でするといいよ。二度三度と、おなじ内容を違うひとに説明するのは君もごめんだろう?」



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