第3話. 来談者 ~クライエント~
来談者 ~クライエント~.1
――オレは、レン。おまえ、セ……
――レイスだ。
――……。そう名乗ってるみたいだな。べつに減るもんじゃないから教えるけど、本名は、アレンだ。
おまえは?
――…。セレグレーシュ……。
――ふぅん…。……
「なに説明してんのかわからない。あの暗号みたいなの、ここの文字……言葉なのか?」
「可変域とか記号……算式」
「妙な
「ここから始めても理解できないものだよ。気が散るから、口、閉じててくれないかな」
とーぜんと言わんばかり、
白磁のような肌をした象牙色の髪の少年――《アレン》という子供は、講堂までついてきてセレグレーシュのとなりに居すわった。
理解しえない指導に集中できるはずもなく、真面目に講義を受けているセレグレーシュに気のままの質問を投げてくる。
「つま
「そっちの用事すませてきたら?」
「逃がさないって言ったろ? おまえ連れて行かないと始まらないんだ」
「そんなのは思いこみだ。誰かがいなければ始まらないなんていうのは条件が限られる。接点がない以上、そうあることじゃない」
「とにかく、シナに会ってもらう」
そう耳にしたところで、はたと真顔になったセレグレーシュが、となりにいる少年へ目を向け、その風体をまじまじと正視する。
頭(髪)と顔(肌)の色相にわずかな差違が見てとれる白っぽい組み合わせ。
病的な白さとは異なる陶器の人形めいた……それでいて、表皮の
どこかで見たことがあるような気はしていたが、それがいつで何処だったのかを明確に思い出したのだ。
いつか見た白い少年も、彼を誰かに会わせようと必死になっていた。
人とも闇人とも思えず、混ざり子とするにしても、生きていること自体が不思議でいびつな現実に思えた……そんな——まず、自然にはありえないような個体を
感覚的には、かなり昔のような気もするのだが、いまそこにいる
「ここまで来たんだ。絶対、会ってもらう!」
要求する
セレグレーシュはいま、そんな対象のようすなど意に介さなかった。
その後の
それがとなりにいる〝こいつ〟だと気づき、確信したことで、考えるより先にかつての
「……ルス・カのことは口にするな。いい思い出(が)ないんだ」
相手の事情や事実関係を把握できているわけではない。自身の不遇も
いまとなっては、そこまで強硬に反撥する理由などないのだったが、条件反射的に
「やっぱり、おまえ…」
「違うから。難癖つけるなら、そのシナとかいう奴には会わない。期待もするな」
「わかった。でも、シナには会ってよ? 連れて来てるからさ……」
(まだ、生きて……? いや、あれはあり得ない。
呼び名がおなじか、オレの記憶違い……――きっと、もしかしたら誰かまた…。こんどは違う病人とかかわっているのかも。
善意の厚いヤツなのかな……?)
そうして記憶を探れば、かなり前のことのようでもある。
確実とまでは言いきれない対象の呼称もさることながら、言いまわしから以前、見かけたものと同一の
東から流れてきたらしいので、相手のちょっとした言葉の誤用かニュアンスの伝えまちがいだろうと。
微妙なひっかかりはおぼえても、セレグレーシュは、深く考えようとしなかった。
そこで、ふと脳裏をかすめた疑問を口にする。
「…あの、
「
白い少年は、こだわるようすもなく、さばさばと応じた。
「人間嫌いで、女嫌いみたいなんだけど、オレたちだけじゃ大変だろうって…、ついてきてくれたんだ。
前も思ったけど、意外とおせっかい。心配性なのかも!
でも、もう平気だなって。おまえ生きてるの
気のまま(の奴)だけど、
いなくなったすぐ下の弟と金色の毛の
みんな母親違いで、継母みたいなのが何人かいて、大家族なんだ。
真名でも通名でもないみたいなんだけど、《
白い少年、アレンは、そこでひと呼吸おくと、どこか
「《
息できなくて……そしたら、
おまえが生きてるかも知れないこと、教えてくれたのも
ちらと横目にセレグレーシュをとらえた彼は、一度、双眸を閉じて
「焼け跡に死体がなかったって。
前方に向けられていた白い少年の視点がもどされ、自身の手もとの机を映した。
「どこ行ったのかも、死んだのかも助かったのかもわからなかったから、あきらめたんだけど、こっち来たら、おまえ見つけて……。ここでも、いると思ってなかったけど、いたから、オレ…」
そこまで言ったところで、アレンは、はたと顔を上げた。
「スミレは、どこ行ったんだ?」
衝撃を受けたようすで、セレグレーシュのほうに向きなおる。
「スミレとシナ…」
「どこって、いっしょに来たんだろう?」
「おまえ見つけるまでは、そう! いっしょだった。北にあるっていう……ここの…
その子の連れも家のどこかで「レンはどこ」を言っていそうだが、いまここで騒ごうと何が変わるとは思えない。
しょせんは他人事である。
いちいち認識を共有する気になれなかったセレグレーシュは、自身の疑問を優先した。
「ここには、なんの用で?」
「うん……。シナを
(北にあるっていう道までまわってなんかいられなかったから、森の抜け道、教えてもらって……。見つけられなくて迷って、結局、助けられたけど。ここ来るんなら、はじめから案内してくれればいいのにさ……)
それより車輪のついた椅子に乗った人、見なかった?
シナなんだけど。やかましい女といっしょの」
「
そのままに答えて、となりを見る。
すると、黒目がちなその少年の瞳が、まっすぐに彼、セレグレーシュを映していた。
べつに泣きそうになってはいないが、それなりに必死なのは伝わってきた。
そこでセレグレーシュは、もうひと声そえた。
「いっしょに
「うん。オレもそう思う……」
もっともな指摘をうけて
のんきにも独自の感想、意見を展開しはじめる。
「ここ広いもんな。
《家》(と)いうより《
ただ、のっかってるのかと思ったら、ばかでっかい広場が変に低いところにあったりするし。
なんか、そのへんの
(タカリ……)
おそらくは、純粋に中央の繁栄にあやかり
その方向性——真意を見当づけることなど容易だったが、ニュアンスとしては、単語の前に〝ゆすり〟という
そこに物騒な発想を呼び起こされたセレグレーシュは、なかば
(…言いたいことは、わかる気もする。悪い意味は
講義が進むなか。
声を
席が途切れた壁際の扉のかたわらには、特にこれという表情もなく、二者のようすを静観している人物があった。
毛先に躍動的な流れのある金茶色の髪。
十二、三歳くらいに見える、整った
とくに身を潜めるようすもなく悠々とした動作で最寄りの扉を開閉していったのに、そこには物音ひとつ
「
アレンが
怪しい音がして、振動が伝わってくる。
「あ……、悪い」
それまでは見た目以上の重さなど感じさせない印象ですわっていたのに、ふいに
「おまえ、ほんとに重いの?」
「うん……重いよ。
人がすわる椅子とかは、だいたい
…でも、重いっていっても人の範囲だと思うんだ。
腐葉土でもぬかるみでも、オレだけ
でも、衝突するものによっては、オレだって無傷じゃなくて……。
ベッド
あれって、すごい
「…少し、だまってて」
教壇の左に
授業についていくのが危うくなった頭をフル回転させて、それまでの要点をお
(……なんで、こうなるんだ?
部分的に望む水質とか空域に
じゃぁ、あとから重ねて処理するこの波状数値はなんの
――摩擦対応……変動の感じからして、持続的な液体の流れっぽいけど……なにかオレ、聞き逃したか?
うー……とり
▽▽ 注 釈 ▽▽
セレグがいま、どういった技の構想にとり組んでいるのかは【神鎮めの3】にて。なんとなく見えてきます。
(きっと雰囲気がわかる・憶測がつけられるていどには……。わたしに小難しい内容は、書こうと思っても書けないので、のらりくらりとまいります。【3】も前後編構成の間章あつかいだっだりします💦)
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