第3話. 来談者 ~クライエント~

来談者 ~クライエント~.1


 ――オレは、レン。おまえ、セ……


 ――レイスだ。


 ――……。そう名乗ってるみたいだな。べつに減るもんじゃないから教えるけど、本名は、アレンだ。

   おまえは?


 ――…。セレグレーシュ……。


 ――ふぅん…。……




「なに説明してんのかわからない。あの暗号みたいなの、ここの文字……言葉なのか?」


「可変域とか記号……算式」


「妙な図形だな……。護符の作り方でも説明してるのか? 天気とか水の深さ、底がどんなかなんて、なにか関係あるの?」


「ここから始めても理解できないものだよ。気が散るから、口、閉じててくれないかな」


 とーぜんと言わんばかり、

 白磁のような肌をした象牙色の髪の少年――《アレン》という子供は、講堂までついてきてセレグレーシュのとなりに居すわった。


 理解しえない指導に集中できるはずもなく、真面目に講義を受けているセレグレーシュに気のままの質問を投げてくる。


「つまないし、オレ、急いでるんだ。こんなことしてらない」


「そっちの用事すませてきたら?」


「逃がさないって言ったろ? おまえ連れて行かないと始まらないんだ」


「そんなのは思いこみだ。誰かがいなければ始まらないなんていうのは条件が限られる。接点がない以上、そうあることじゃない」


「とにかく、シナに会ってもらう」


 そう耳にしたところで、はたと真顔になったセレグレーシュが、となりにいる少年へ目を向け、その風体をまじまじと正視する。


 頭(髪)と顔(肌)の色相にわずかな差違が見てとれる白っぽい組み合わせ。


 病的な白さとは異なる陶器の人形めいた……それでいて、表皮の柔軟やわらかさと強い生命力が感じられるモノクローム色調。


 どこかで見たことがあるような気はしていたが、それがいつで何処だったのかを明確に思い出したのだ。


 いつか見た白い少年も、彼を誰かに会わせようと必死になっていた。


 人とも闇人とも思えず、混ざり子とするにしても、生きていること自体が不思議でいびつな現実に思えた……そんな——まず、自然にはありえないような個体を見てそれと示して…――。


 感覚的には、かなり昔のような気もするのだが、いまそこにいる相手と出会ったのは、ほんの三年ほど前だ。


「ここまで来たんだ。絶対、会ってもらう!」


 要求するは、心理的に〝ここで会ったが百年目〟という心づもりのようだ。

 セレグレーシュはいま、そんな対象のようすなど意に介さなかった。


 その後の不穏ふおんな騒動と、気づけば姿を見せなくなっていた友人のことにまぎらされて、すっかり印象が薄くなっていたが、商人夫婦の露店の店先に立って、きわどい言いがかりを突きつけてきた白い子供。


 それがとなりにいる〝こいつ〟だと気づき、確信したことで、考えるより先にかつての意識反応が呼び起こされる。


「……ルス・カのことは口にするな。いい思い出(が)ないんだ」


 相手の事情や事実関係を把握できているわけではない。自身の不遇もふくめ、どれもこれも過去のことだ。

 いまとなっては、そこまで強硬に反撥する理由などないのだったが、条件反射的にしめしてしまった姿勢、態度である。


「やっぱり、おまえ…」


「違うから。難癖つけるなら、そのシナとかいう奴には会わない。期待もするな」


「わかった。でも、シナには会ってよ? 連れて来てるからさ……」


(まだ、生きて……? いや、あれはあり得ない。

 呼び名がおなじか、オレの記憶違い……――きっと、もしかしたら誰かまた…。こんどは違う病人とかかわっているのかも。

 善意の厚いヤツなのかな……?)


 そうして記憶を探れば、かなり前のことのようでもある。

 確実とまでは言いきれない対象の呼称もさることながら、言いまわしから以前、見かけたものと同一の人物個体を示されているように思えもしたので、なんとも言えない心地にもなったが……。


 東から流れてきたらしいので、相手のちょっとした言葉の誤用かニュアンスの伝えまちがいだろうと。

 微妙なひっかかりはおぼえても、セレグレーシュは、深く考えようとしなかった。


 そこで、ふと脳裏をかすめた疑問を口にする。


「…あの、はがね……銀色の髪の男も来てるのか?」


銀笹ぎんざさなら、帰ったよ」


 白い少年は、こだわるようすもなく、さばさばと応じた。


「人間嫌いで、女嫌いみたいなんだけど、オレたちだけじゃ大変だろうって…、ついてきてくれたんだ。

 前も思ったけど、意外とおせっかい。心配性なのかも!

 でも、もう平気だなって。おまえ生きてるの確認し見つけて、シナも目ぇ覚まして……そしたら、家に帰っていった。

 気のまま(の奴)だけど、弟妹きょうだい思いなんだ。

 いなくなったすぐ下の弟と金色の毛のえたでっかい肉塊にく? とかいうの…それも弟妹きょうだいとか言って捜していたけど、そっちの情報は全然なくて……。でも、いまいる弟と妹も心配だからって。

 みんな母親違いで、継母みたいなのが何人かいて、大家族なんだ。

 真名でも通名でもないみたいなんだけど、《白笹しろざさ》とか《銀鈴波ぎんすずなみ》とか。みんな、チャボみたいな名前で(平気でそのままに呼び合ってて)……」


 白い少年、アレンは、そこでひと呼吸おくと、どこかまりのなかった表情をあらため、神妙なおももちでさらに言葉をなした。


「《地境ちざかい》近くまで、オレとスミレでなんとかやってきたんだけど……オレ……。海でしずんで、あぶなくなって…。

 息できなくて……そしたら、真黒しんくろ銀笹ぎんざさが助けてくれたんだ。

 おまえが生きてるかも知れないこと、教えてくれたのも銀笹ぎんざさだ」


 ちらと横目にセレグレーシュをとらえた彼は、一度、双眸を閉じてひらいた黒目がちな瞳で、前方の中空…――どこともつかぬ先の視界を見すえながら、至極しごく重々しく告げた。


「焼け跡に死体がなかったって。すすけた鎖が、ちぎられて残ってたって。ルス・カの子だから、墓場鳥ルスキニアが連れて行ったんだろうって……そう里のやつが言いわけしてたって…」


 前方に向けられていた白い少年の視点がもどされ、自身の手もとの机を映した。


「どこ行ったのかも、死んだのかも助かったのかもわからなかったから、あきらめたんだけど、こっち来たら、おまえ見つけて……。ここでも、いると思ってなかったけど、いたから、オレ…」


 そこまで言ったところで、アレンは、はたと顔を上げた。


「スミレは、どこ行ったんだ?」


 衝撃を受けたようすで、セレグレーシュのほうに向きなおる。


「スミレとシナ…」


「どこって、いっしょに来たんだろう?」


「おまえ見つけるまでは、そう! いっしょだった。北にあるっていう……ここの…もぅだか玄関ゲンカ目指してて——でも、家の方におまえ見かけて、それそんで……。でも、見失って……。うわっぁ、またやった…っ!」


 その子の連れも家のどこかで「レンはどこ」を言っていそうだが、いまここで騒ごうと何が変わるとは思えない。

 しょせんは他人事である。

 いちいち認識を共有する気になれなかったセレグレーシュは、自身の疑問を優先した。


「ここには、なんの用で?」


「うん……。シナをてもらおうと思って。〝カロヤン〟だか〝カバ〟だか言うオジサンに勧め教えられたんだ。

 (北にあるっていう道までまわってなんかいられなかったから、森の抜け道、教えてもらって……。見つけられなくて迷って、結局、助けられたけど。ここ来るんなら、はじめから案内してくれればいいのにさ……)

 それより車輪のついた椅子に乗った人、見なかった?

 シナなんだけど。やかましい女といっしょの」


いや


 そのままに答えて、となりを見る。

 すると、黒目がちなその少年の瞳が、まっすぐに彼、セレグレーシュを映していた。


 べつに泣きそうになってはいないが、それなりに必死なのは伝わってきた。

 そこでセレグレーシュは、もうひと声そえた。


「いっしょにここに来たんなら、どこか、そのへんにいるだろ」


「うん。オレもそう思う……」


 もっともな指摘をうけて納得したふっきれたのか、アレンは、晴れ晴れしたようすで天井をあおぎ見た。

 のんきにも独自の感想、意見を展開しはじめる。


「ここ広いもんな。

 《家》(と)いうより《市街》《集落》《里山》、まわりにたかりがない長閑のどかな《ミヤコ》っていうのか……。

 ただ、のっかってるのかと思ったら、ばかでっかい広場が変に低いところにあったりするし。

 なんか、そのへんの地下土の下にも人、(住んで)いそうだよな…」


(タカリ……)


 おそらくは、純粋に中央の繁栄にあやかりむらがる周辺区域……もしくは人や生きもののたぐいを言っているのだろう。

 その方向性——真意を見当づけることなど容易だったが、ニュアンスとしては、単語の前に〝ゆすり〟という表現修飾をつけてもおかしくない言いまわしでもある。

 そこに物騒な発想を呼び起こされたセレグレーシュは、なかばほうけながらも瞬間的に尻込みしたひるんだ


(…言いたいことは、わかる気もする。悪い意味はないのだろうなないんだろーな。けど、《ここ》の配置が環状配置だからめいて、言葉選びが微妙……なんだかなぁ


 講義が進むなか。

 声をだいにしないまでも、ひそやかとまではいえないやりとりを交わす彼らのはるか後方。


 席が途切れた壁際の扉のかたわらには、特にこれという表情もなく、二者のようすを静観している人物があった。


 毛先に躍動的な流れのある金茶色の髪。

 十二、三歳くらいに見える、整ったおもざしの少年だ。


 ゆったりした動作でおもむろにきびすを返したその彼が、誰にさとられることもなく、講堂の外へと姿を消す。


 とくに身を潜めるようすもなく悠々とした動作で最寄りの扉を開閉していったのに、そこには物音ひとつたなかった。


雑草まみれぼうぼうでもなくて、しょっちゅう手入れしていそうな感じだから、暇とよゆうのよゆーある趣味人やつ……庭と住家にこだわりが強いやつらのなわばり。《共同住宅街》って感じだ」


 アレンがくつろいだようすで頬杖をつき、両足をぶんとふり浮かすと、机と座席が微妙にゆれた。


 くだけぬまでも彼がいるそのあたりと、六、七人が共用できる仕様の机と長椅子——それにそれぞれの接合部やささえとなっている箇所かしょから、ぺき、めき、ぎし、めりりっと。

 怪しい音がして、振動が伝わってくる。


「あ……、悪い」


 それまでは見た目以上の重さなど感じさせない印象ですわっていたのに、ふいにきしみだした椅子と机。

 頑丈がんじょうな造りなので、いま壊れることもないだろうが…――


「おまえ、ほんとに重いの?」


「うん……重いよ。

 人がすわる椅子とかは、だいたい大丈夫平気なんだけど、なんでか時々、あぶなくなるんだ。壊しちまうことも、たまには……。

 …でも、重いっていっても人の範囲だと思うんだ。

 腐葉土でもぬかるみでも、オレだけまったりはしないし。ぶつかると相手の方がふっとんでいったり、ケガしたり、やわい壁、くずれたりして、やばいんだけど、とくべつ頭が固いとか骨が丈夫ってわけじゃないと思うから……あ、だからって、弱いわけじゃない。オレ、そこそこ強いんだぜ?

 きたえてたからな。身構みがまえると、けっこうなんでも平気だったりする。は、誰もオレのこと持ち上げられないんだ。

 でも、衝突するものによっては、オレだって無傷じゃなくて……。

 ベッドつぶして、ころげて、薬指骨折したこともある。

 あれって、すごいつらいよな! いまも左の指のここ、うまく曲がらなくて……なんとか、曲げられないこともないんだけど、これが限か…」


「…少し、だまってて」


 教壇の左にあらたに展開された複数の縮図――透過性の3D構図をさほど遠くないところに見ながら、セレグレーシュは隣人の発言をさえぎった。


 授業についていくのが危うくなった頭をフル回転させて、それまでの要点をお復習さらいしはじめる。


(……なんで、こうなるんだ?

 部分的に望む水質とか空域に矯正きょうせいしてしまうって手段もありそうだけど、いまは、そういうそうゆう組みあげしようっていうんじゃない。……天候と大気の状態の影響はあらかた、こっちの式に含まれている——段階的に整理されて、解決されるよな。

 じゃぁ、あとから重ねて処理するこの波状数値はなんの推移すいいだ?

 ――摩擦対応……変動の感じからして、持続的な液体の流れっぽいけど……なにかオレ、聞き逃したか?

 うー……とりこぼしたみたいだ……) 




 ▽▽ 注 釈 ▽▽

 セレグがいま、どういった技の構想にとり組んでいるのかは【神鎮めの3】にて。なんとなく見えてきます。

(きっと雰囲気がわかる・憶測がつけられるていどには……。わたしに小難しい内容は、書こうと思っても書けないので、のらりくらりとまいります。【3】も前後編構成の間章あつかいだっだりします💦)

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