実 相.5


「《鬼子》…。《里守ダーナ》の確保、聖石の維持管理~世話~は、おまえたちの仕事、役目だろうって。どこまでも勝手なこと言って…。

 それで悪いこと起きたら、その後始末、きっと、オレたちに押しつける気で……。里じゃ、《戸主アンパイア》どもの決定が絶対で。

 それでもシナは駄目だって、危険だって言ったんだけど……められなかった。

 《戸主アンパイア》のところのごくつぶし……息子が英雄気取りで、自分がやるとか言いだした。

 (それ)で…。した結果が……」


 瞬間、呼吸を止め……、

 ひとつ。深く息を吸いこんだアレンは、その呼気を吐ききるかきらないかという間際。起きた現実をとつとつと言葉にした。


「なにも出なかったんだけど……。シナが倒れて目を覚まさなくなった。

 あと、アッシュとホミカ……ふたり死んだ。ひとり倒れて、すぐ起きたんだけど、そっちは記憶跳んで、自分を他の人間やつだと思いこんだりして、おかしくなってた」


 苦しそうにも見えた感情がひそめられ、その視線が、セレグレーシュに向けられる。


「シナのこと、覚えてる?」


「あの……寝てたやつ?」


「うん。いくつに見える?」

 

「いくつって…。……」


「事故の前は、ふつうの人間。

 たしか六十くらいで、黒い髪より、白い方が多くて、シワもあって…。年くってて、目だって青かったのに事故であーなった(虹彩の色、変わってるのは起きるまで、わからなかったけど…)。

 もう、たぶん八……九年? くらい前になるけど、その時は、一度、髪の毛なんかが、全部抜けたんだ(残らなかったから〝抜けた〟というより、〝消えた〟感じだったけど……)。

 それはすぐ…。何日かしたら生えてきたんだけど真っ白で……伸びる速さ(が)、ばらばらだった。

 ひげ、すね毛なんかは生えなくて、つるつるに……シワがほとんどなくなって。が白くても若くなって(体が)変に小さく縮んだから見違みちがえたけど――オレ、その場に居たから……。

 誰も信じなかったけど、シナがそうなるところ、この目で見てるんだ。

 なんか、その時はまだ、そんな太ってなかったのに、だんだん胸から腹がれて、太い木みたいに丸くなって……。そのくせ、腕とかは痩せて(やたら)軽くて……。

 なにかの病気か毒か、腹に妙なもの、寄生したんじゃないかって思って……。

 でなきゃ、なにかと入れ代わっちゃったのかもって…。

 起きなくて(確かめられなくて……)でも。シナが着てた服で……

 (色、変わって……茶色っぽくなってたけど、シナの赤と白の刺青スミ模様がでこにあって。シナの首飾りもしてて……いまは、その刺青も消えたけど……。首飾りも、こっち渡ってから質にしたから、もう手もとにはない)

 どうしていいかわからなくて、オレ、スミレ捜したんだ。

 それで、スミレみつけて……。スミレは前から言ってたんだけど、里を出ることにした。

 シナのことほっとけないから…。

 化けものになったのかもしれなかったんだけど、やっぱり、それでもシナだったから、だから、一度、戻った。そしたら、やつら、どうしてたと思う?」


 疑問を投げておきながら、アレンは聞かれた側が反応する間もおかずに続けた。


「眠っているシナ(を)放置したまま、目ぇ覚ますの待ってた。

 介抱するわけでもなく、遠巻きに……。

 しもりはじめる頃でさ。みぞれまじりの雪もってたのに……。

 オレはけっこう、寒さに強いけど、みんな、雪降る前から厚着して寒がるだろう? 

 シナもそうだから寒かったに違いないのに。熱もあったのに……。

 あいつら、地面に寝かせたままヒモでつないで(逃げられないよう、足も縛って)見張りつけて、こそこそ様子見にきたりしてて……。

 目ぇ、覚ましたら《里守ダーナの教え》とか吹きこむつもりだったに違いないんだ。だからオレ、頭きて……」


 くやしさから感極まってか、泣き出しそうにも見えたが、語ろうとがんばる彼が、涙をみせることはなかった。


「それで、とにかく――シナ連れて、三人で里を出た。

 シナは眠ったままだし、オレもスミレも子供だったから、大変だったけど……。海岸ぞいに南に抜けて……。

 でっかい河があって、スミレたちふたりとはぐれて、よく、わぁってなったけど……(その頃のシナは、浮きみたいに水に浮いたけど、さすがにオレは使えなくて……。ためしたけど……オレ、泳げないから重いから……。沈んでシナまで溺れさせてまきぞえにしてしまいそうになって。だから、オレはオレで川底渡ることになってがんばって……)

 ともかく、死ぬかと思ったけど、なんとかわたって……。

 《ひじり》の向こう…。鬼婆なおしたっていう《ひひらのセレス》に、シナのこと、診てもらおうと思ったんだ……(でも、セレスは、とっくのむかしに出ていっちゃってて…。遠くで死んだって…。……)」


 目的を達成できなかった落胆を胸に。アレンはうかがいがちに、セレグレーシュの反応を見た。


「おまえ、ほんとうにセレスじゃないのか?」


「違う。オレは、トンボと……キファの子だ」


「だから、ルス・カのトンボが連れてった子だろ?」


「連れていった?」


「うん。自分が育てるって。〝セレス〟って呼ばれ方、名前におぼえないか?」


 セレグレーシュとしては、ないと思っていたが、それが正名でなく、呼び名……通り名なら、自分の名の音と重なりそうな響きでもある。

 そうと指摘されると、おぼえがあるような気もしてきて……。


(でも、オレは、〝セレグ〟って……。そう呼ぶのは父さんと母さん……。それとヴェルダだけで……。たいていは〝青いの〟とか〝こぞう〟〝おまえ〟〝トンボのところの(子供)〟だったけど……)


 物心つく前のことを語られたのでは、強く否定もできない。

 そこでセレグレーシュは、否定したい思いそのままの意見を口にした。


「〝トンボ〟なんて呼び名……めずらしくない…。向こうに行けば、きっと、それっぽいのが里にひとりやふたりは――」


「だからぁ、ルス・カのトンボ! いまのじゃなく、むかしのルス・カだ。

 いまのルス・カには、トンボって呼ばれるやつもいなかった。で、その色だ。間違いない!」


(たしかに里で〝トンボ〟って呼ばれてたのは、父さんだけだったけど……)


 くすぶり続ける疑念と不満……不快はそれとしても。おかしな言いまわしがあったので、さらにそのあたりを追求する。


「むかし…――いまのルス・カって…?」


「前のは、銀笹ぎんざさが焼きはらったって」


「焼きはらった?」


「うん。オレが《地境ちざかい》着いた時、半年くらい前って言ってたから、いまから四年……んー…? 五年くらい前か?

 そのあたりにあったもうひとつの集落ごと……どっちも、気に入らなかったんだって」


(気に入らなかったって…。そんなことで、火を放つのか? ディラは……。ラーイは、どうしたんだろう…)


 彼が育った里、《ルス・カ》には、守勢にまわってくれる亜人の存在があるとされていたあった

 ふだん、どこにいるのかもわからない人だが、ルス・カの呼称の由来にもなった亜人で、ルス・カの者に危害を加えられたりすると、ごく稀にだが姿を現し、味方になってくれたことがあったのだという。

 そればかりが忌まれた理由ではないが、ルス・カの里人は、その存在ゆえに最寄りの里の人間にはれれもの的な目で見られ、忌諱きいされたのだ。


 その存在が、そんなふうに干渉したのは、遠いむかし。百年あまりも前のことで……。

 その頃には、生存することも危ぶまれていたが、それでも存在はしていた。


 セレグレーシュは、彼に会ったことがあるのだ。

 その彼が立ち寄るが、セレグレーシュの家だったから……。

 頻繁にというわけではないが、かまってもらった。


 うろおぼえながらも数えられそうな回数で、いつも短い時間だったように思うが、里人に危険視され避けられていた彼の心には、その人と接した時の印象が、得難いものとして色濃くのこされている。



 ――…。なら、わたしとあそぶか…? 毎日はあそんでやれないが、話し相手くらいにはなってやる…。…



 セレグレーシュは、その存在がその存在~それ~としてある響きも、仮に備えていた呼び名も知っている。


 混ざり子なだけに、真名には成り得ない不充分なものだったけれども。


 うとまれ、恐れられた子供への同情だったのかも知れないが、その人自身が彼に教えてくれたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る