実 相.6


「…――生き残りが《地境ちざかい》とかいわれるあたりに流れてきて(い)た。

 でも、いくらかは残って、墓掘ったりして、続けて(い)て…。

 それがオレが見てきた《ルス・カ》。いまので。トンボがどうなったのかは知らない。

 里が焼かれた時、死んだのかも(しれない)な……。

 トンボの本名も《ショー》って人里の万屋よろずやの、ぬしだかだかいう医者みたいなのから聞いたんだけど……忘れた。

 たしか、ミルク…じゃないや、ミウなんとかって……。

 トンボ玉とかガラスの棒……花の模様のことらしいんだけど、オレ、よく知らないし……」


(…違う…。間違えてる……)


 提示された情報のなかにみつけられたのは、……。

 あまり思い出したくない事情もふくんでいるが、セレグレーシュが母と共に里を出るきっかけになったのは、父親の死だ。

 彼がその集落にいられなくなったのは、かばってくれる父がいなくなったから……。

 彼のあり方に向けられる疑惑と嫌悪を退しりぞけ、緩和してくれていた存在がいなくなったからだ。

 少なくとも、その頃……。ルス・カは無事だった。


 けれども。

 アレンの情報提起には、確定的に思えるいくつかの符合も存在していた。


 父の友人が《地境ちざかい》にいる事実ことを知っていたから、彼は――…

 ヴェルダに西へ行かないかと提案される前。

 どうすれば、たどりつけるかもわからないなかにも、どうにかして、そこに……。

 《地境》にあるという最果さいはての里、《ショー》に行くことを考えたのだ。


 それよりなにより。

 決定的に思えたのは、忘却という前提のもと。示された音のなかに推測できた合致がっち


 〝トンボ〟という通名の上に、

 ガラスの棒……そこから生まれる花模様……

 輪切りにされ、アクセサリーにされたり、ガラスの器に埋めこまれたりする千の花ミルフィオリ……

 誰もが知っているわけではない……おなじ里の人間にも世代の違いから知らぬ者が存在した父の正式名。


(……トンボ——…ミルフィオリ……)



 ――どこもおかしくない。おまえは人間だ。なんでって、俺の子だからな。



 信じていた父の言葉……。

 あれは、嘘だったのだろうかと…——つらぬきとおしたかったセレグレーシュの思いがぐらつきだす。


「――…オレ、(父さんの……)トンボの(ミルフィオリの)子じゃ……ないのかな?」


 セレグレーシュがこぼすと、すかさずアレンがその疑問に食らいついてきた。


「《ニ》って里あたりでひろわれたんだ。カゲロウって男が言ってた。

 トンボがひろってきた赤い眼した赤ん坊。トンボが《ルス・カ》に連れて帰ったんだって。

 んー……なんていったっけ? トンボの親類…じゃなくて……〝……トンボの(女の)オジサン〟かなにかってヤツといっしょに戻ったって」


「おじさん…?」


「うん。たしか…〝くわ〟だか、なんだかって……」


(……オレ…。もう、ほとんどおぼえてないけど…。ずっと小さい頃、どこか森の中みたいなところを旅したような……通った居たような記憶がある……気がする。

 森林はいつもそのへんにあったから、わからなくなる。そんな気になってしまっている勘違いしているだけかもしれないけど……。…………。

 父さんに〝オジサン〟がいたなんていうのは、聞いたことがない。でも……もしかして、母さんのほう?

 母さんの母方の叔父さん……〝ベリュー〟の正名は、たしか〝クアマリン〟で……。あの人も《地境ちざかい》に行ったことがあるって聞いたことがある。

 オレ自身はわからないけど、父さんも母さんも行ったことがあるって。

 里が焼かれたのが、四、五年前? 五年くらい前なら……。

 もしかしたら……。

 オレが巻かれた火~あれ~が、銀笹あの男が放った炎だとしたら、母さんは、オレのこと嫌って捨てたんじゃないのかもしれない……。

 どうして縛られたのかはわからないけど……。そうだったら、いいんだけど…――

 いや、そうじゃないよくはないな。経緯がどうだったとしても災難で…。誰かに騙されたのだとしても……身動き、封じられたわけで…。…………。

 だけど……こんなのって……)


 相手が言ったことを否定したいのに、彼が知る事情と妙な感じにかみ合う部分がところどころに散らばっていたので、セレグレーシュの気分がほのかな期待……たしかともいえない願望をひらめかせながらも暗くゆがみ、沈んでゆく。


「ん。そっか。オレ、セレスの本当の名前までは知らないけど、セレスが死んだ場所でひろった子が、セレスの名に反応するし、なにか知らないけど、似てて、の色もそれだから、同じ名前にしたとか、呼ぶことにしたとかって、な。

 ちょっとそのへんにはない変わった名前で……。音も似た感じだし、おまえのことだろう?」


 親身になって受けとめてみせながらも、アレンは苦境から解放されたような晴れやかな笑みを浮かべた。


「なぁ、気にするなよ。ショックかも知れないけど、おまえはきっと、セレスの子供だ。

 セレスは闇人何人も……妖威みたいなのも連れて、したわれてて、鬼婆なおしたすごいやつだったんだからさ。

 《ショー》でも、《ニ》でも、すごいことしたって…」


 落ち込んでいると思ったのだろう。

 じっさい、かなりふさいでいたが…――。


 しかし。アレンがくれたそのなぐさめは、かなりはき違えたものだったので、セレグレーシュとしては反感しかおぼえなかった。

 ご都合まかせにアレン自身の主張が正しいと独自に決めつけ、答えをだしているのが明らかで、かなり嬉しそうでもあったのだ。


「なぁ…」


 さすがにまずいと思ったのか、セレグレーシュの反応を見たアレンが気遣いがちに声をかけた。

 結果、えた一瞥いちべつにさらされ、拒絶をしめすように顔をそむけられた。


 そこで自身が口にした言葉の軽薄さに気づいたアレンが不承不承、口を閉じる。

 どうにかして交渉相手である彼を浮上させたくとも、いまはなにを言っても効果がなさそうだった。


(なんか怒ってるな。失敗した……)


(…オレは……。オレはセレスなんて、知らない…――)

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