実 相.7


 ——……


 ――へんな色ぉ…。鸚哥いんこみたい。でもぉ…、…わたしはきらいじゃない。すぅっきだよ……。変にかわいーしぃ…。

 あんたのことじゃぁなーいよー。いーろだよ。アタマの色だけねー…。

 ほんとは、こんな、ぼやっとした色じゃなくぅ、晴れたお空みたいに、ぱっとしたがいいんだけどー……


 ――サチ! サチ、めなさい。どうしてあなたはそうなの…! おいでっ。

 あの子には、近づいちゃいけません。話しかけちゃだめって、いつも…――あなた、たべられちゃうよっ!


 ――…トンボは、あー言うが、どう見たって混ざり子だろう。トンボに亜人の血は入っていない。


 ――どうあつかった~した~ものかなぁ……。ルスキニアが目をかけているらしいじゃないか……。


 ――それ、ほんとにルスキニアなのか? ずっと出てきてなかったのに、いまさら……。

   かたりじゃないのか?


 ――いや。あの家(その亜人の実家筋)には、たまに出入りするようだぞ……。

   本物とも限らないが、トンボは会ったことあるらしいな。

   事実、あれがトンボの子なら兄弟分の……親友の子孫だ。わからないでもない。

   もし、ルスキニアの実の子とか孫とかだったりしたら、無碍ムゲにもできないだろう……


 ――んなの…。洒落シャレにならねぇぞ。あんな血ナマグサイばけもの!

   あれは、ぜったい、どこかどっかで人、殺して……そうでなけりゃ、まだ血が流れるシンセンな死体でも持ってきて、食ってやがるに違いねぇんだ…。


 ――ばかか……。いい加減なこと言ってんじゃねぇよ。食ってるところなんて、見た奴、いねぇだろ。


 ——血まみれだったのは見たことあるぞ見たぞ


 ——食っていたのか?


 ——いや……それは…………。


 ——ふんっ(確証もなく、決めつけてんじゃねぇーよ)!

   ……しっかし、どこから持ってくるんだろうな、あんなもの……。




(ばけもの…。くう…たべるって、ひとを? おれ、そんなことしてない!

 あれは……。あれは、ちがう…。あれは……。こっちに来たいっていう子がいるから……。なにも考えなくなっている子も居たがる出たがらない子もいるけど……出たいっていう子もいて……。……だから……。

 でも……。こっち出しちゃったところは、死んじゃう…。

 足の先とか指とかそれだけじゃ生きられないから、むこうとはなれて、べつのものに変わっちゃう……。

 中途半端に出してちゃんとしなくて、〝ごめん〟しなきゃいけないけど……。

 たべてない……。

 あれくらいなら、むこうの子は、きっと……――。

 だって…おれ、つまんなくて…。

 …なかよくしたいのに…。……なかよくなりたいのに、みんなは、おれのことがキライで……。

 ラーと父さんだけで…。……おれ…。…おれ……)




 ――…まただよ。また誰のかもわからない腕が落ちてたんだと。おれはおりゃぁ、思わず、自分の右腕がちゃんとあるか確かめちまったね。


 ――…おそろしい子だな……




 ――ほんと、気持ち悪い……。最悪だわ。家から血の臭いが消えない…。

   こんなはずじゃなかった。どうしてこうなっちゃったんだろう。変な子は出てくるし……出て行ってくれてよかったわ…。

   おまえがふつうじゃないから……。

   おまえがおかしいから、あの人が子供を作ろうとしない。

   変に勘ぐって、難しく考えて……めちゃうのよ……。こんなの、おかしいわ。

   夫婦なのに……その筈なのに…。うまくいくと思っていたのに……。

   どんなに言葉をつくしても、あの人には届かない……。

   どうして、こんなに大事にするの? どう考えたって異常なのに……。

   おかしいのに……。

   それでも、ウソつくような人じゃなかったのに、おまえがあの人をたぶらかしているの…? 

   あぁ…でも、わたしがこんなこと言ったなんて、おとうさんには内緒よ? 

   あなただって、おとうさんとおかあさんは、仲よくしていて欲しいでしょう? いい子は大好きよ……




 幼かった彼の耳に聞こえてきた数々の言葉と、その頃の思い。

 母の口からこぼれだした非難と不満といましめの甘言。


(……母さんの子じゃないのかもって、思ったことはあったけど…。オレ、人間じゃなかったのかな…?

 この髪だし……。人間だという……この考えがしっくりくるのは、そう思いたいからなのかも知れない…。

 でも…じゃぁ、オレは誰の子なんだ?)


 不透明な現実を持てあましていると…、




 ――ばかな子! 

   そんなのはどうでもいいじゃない。おまえはおまえでしょう――




 そんな啖呵たんかをきって捨てそうな誰か…。

 枯れ木のように老いているようでありながら、若々しくも感じられるかしこそうな女の面影が脳裏を過ぎった。


 ずっと、忘れていた気がする……とてもなつかしい誰か……


 セレグレーシュにとって、とても大切な存在だった気がしたのだが、その奇妙な感覚は、直後にかけられた声にうち消された。


〔――レイス〕


 その響き。

 それも大切な人物を彷彿ほうふつとさせる音だ。


 けれどもそれは闇人の言語でなされたし、それに……。

 その人は、セレグレーシュのこと~自分~をそんなふうには呼ばない。

 

 だから……きっと…。

 その彼ではないのだろう。


 そんな現実を覚悟したセレグレーシュが、うつむきがちになっていた顔をあげ、声がした方に目をむける。


 予測した通りで…――。

 そこに確認できたのは、やや痩せ型の均整のとれた外観。十二、三くらいに見える背格好の少年だった。


 渡り廊下の少し先の方にいて、欄干らんかん右肘みぎひじをかけ、その腕にこころもち重心をあずけるようにして立っている。


 部分部分の毛先に躍動的やくどうてきな癖のある金茶色の髪。

 日焼けとえんがなさそうな端整なおもてに輝くその利発そうな琥珀色の虹彩が、彼らふたりの視線を受けとめたところで、にわかに細められた。


 そこにあるかなしかの微笑がただよう。


〔通りすぎたよ〕


 指摘されたセレグレーシュが、あたりを意識する見まわすと、事実その通りだった。


 六歩ほど後ろ。

 右手に伸びている岐路えだみちに入れば、目指している部屋の裏部屋(控室ひかえともいう)の扉がある。

 その前は素通りして進み、角をひとつ右へれれば、《天風てんぷうの間》の正面に出られる。


 この類の建物にもうけられている裏部屋は、内部で主となる区画に通じている。

 それは必要な時にしか解放されないので、普段は通りぬけることなどでき~使え~ないが……

 彼らが、いま示されたものよりひとつ前の分岐で曲がっていれば、その分より、少ない歩数で目的地にたどり着けていたのだ。


 拘泥こうでいするほどの距離・労力でもないが、少しばかりまわり道をしたことになる。

 ここで気づかなければ、一度あるいた行程を逆に辿たどることにもなっただろう。


「ごめん、うっかりしてた。そっちだ」


 アレンに告げたセレグレーシュが、ひとことくれた稜威祇いつぎの少年をまっすぐに見すえる。


〔教えてくれて、ありがとう〕


〔どういたしまして〕


 不思議と感覚になじむ、気負いのないきりかえしだった。

 ふってわいた近似感にも似たインスピレーションにセレグレーシュが複雑な感情をかかえこんでいると、そこにアレンが声をかけた。


「なぁ」


「うん?」


 ふたり。方向を変えようとして、身を転じるまぎわのやりとりだ。

 セレグレーシュが目を向けると、真白なおもてにまたたく鈍色にびいろの双眸は、彼や進行方向ではなく、後ろになった稜威祇いつぎの少年のいる方面に向けられていた。


「いや、違うか……」


「なにが?」


「うん。なんでもない」


 そう答えたとき。アレンは、もう前を向いていて、その対象を見てはいなかった。

 心残りでもあるのか、〝なんでもない〟と言いながら後ろ髪ひかれている印象でもあったが……。

 ひそめがちな調子で、こそっと。再度疑問を口にする。


「なぁ、いまのって。知りあいか?」


「顔、知ってるていど」


「…ふぅ~ん……」




 ▽▽ ……以下は、過剰かもしれない余談(うう……記しちゃっていいのかな…気に障られる方は見ないでね💦💦 )▽▽



 これのふたつ前のエピソードからこちらにかけて。

 セレグレーシュの口から出た、〝ラー〟〝ラーイ〟〝ディラ〟〝ルスキニア〟……それにくわえて〝墓場鳥〟ともいいますが、それらはすべて、同じひとりの人物を示しています。

 セレグレーシュ(現在の彼)の初めての(大人の)友達です(ほとんど遊んでもらっていませんが)。


 ルスキニアは、小鳥さんの一名学名ですね(引用いたしました)。

 辺鄙で不充分ななかにも中継地点的な位置にあった人里〝シン・ジュ〟——(名称を出していませんでしたが、セレグレーシュが焼かれそうになった集落)――から分離して成立した〝ルス・カ〟の呼称の由来となった亜人人物です。

 ただただ、墓標に関係する流れてひっぱってきた通名になります。よくもちいられますが、小夜啼鳥サヨナキドリ夜鳴鶯ヨナキウグイス/ナイチンゲールともいいますね。

 そう呼ばれる彼の〝真名にいたらぬ正名〟と〝人としてつけられた名〟は、ここでは伏せておきます——セレグレーシュの呼び方に、その片鱗をのぞかせてはおります……/といっても、その片方(前者/真名にいたらぬ正名の方)にすぎませんが…。


 あれやこれやと、登場人物をとまどわせたり勘違いさせたりしております。

 出火の経緯など日時を変えて、ふた通りあったりするので、登場人物の解釈をそのままに受けとると間違えてしまいます(そのあたりに赴いた時には明かすつもりでありますが……要するに、主人公の解釈・事実情報の混同は、そうあって欲しい・そうであったならいいなという希望でしかありません/主人公に対する母(仮)の反応からして不穏なのです)。

 アレンの口述も彼個人の見聞でしかないので、いろいろ、まぎらわしいかも知れません……💦

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