第5話.枯れかけた木に花は咲くか

枯れかけた木に花は咲くか.1


(……。完全に遅刻だな…)


 肩をおとしながら、目の前の扉を一文字に横切るのオレンジ色のライン——専有中のドアランプシグナル――が点されている談話室。

 《天風てんぷう》のノッカーを鳴らす。


 カッ……コツ…


 さほど強くは打たなかったので比較的低く、かすれを帯びていたけれども、金属音ともおと(※)ともつかない澄んだ音がした。


「はい……。使用中見ての通りだが…。ここに用かい?」


 扉の向こう。奥まったあたりいるのだろう……。

 対応した男の声には、いくらか距離が感じられた。


門下生門下のレイスです。ルツ講師に言われて、外部から来た少年を案内しました」


 セレグレーシュが告げてから、六、七秒程度の間のあと。

 観音開きの扉の片側が、彼らの方こちらへ押しひらかれる。


「どうぞ、入って」


 彼らを出迎えたのは、中背の男性講師だ。

 その頭のてっぺんが、伸び盛りのセレグレーシュよりわずかに低い位置にある。


 〝アド〟ことロイスアドラー。

 本名は別にあり、アロウィースという。


 秘密にしているようでもないのだが、どういった経緯によるものか、その講師の場合は、先にあげた通名響きの方が本名のごとくまかり通っていた。


 ほかにも〝アドル〟〝ロイス〟〝ロイ〟など。

 愛称が複数いくつか存在しているようだが、門下生には、主にアドさんとか、アド講師と呼ばれている。

 この組織の代表である《家長いえおさ》は、そのを表す音として主流でもない特定の呼び方をするらしい。


「ごくろうだったね」


 入室をうながすように解放示さされた室内への動線。

 一〇歩ほども先に、見慣れない車輪のついた椅子の背が見えた。


 そのかたわらにある五人は座れそうなソファの片端には、こちらをふり返って見ている若い女性の姿がある。


「オレはこれで……」


 セレグレーシュが、わきまえ顔で一歩退くと、それと察したアレンが彼の左腕をつかみ、現場へ押し出そうとした。


「おまえも!」


「講義があるんだ。後にしろ」


「いやだ!」


 さとされようとその白い少年は、聞く耳をもつ気がないようだった。

 睨みをかせて、決然と主張する。


「こっちが先だ! これ以上てない。先に診てもらう!」


「どうしろって言うんだよ。オレは医者でもなんでもないんだ。後でちゃんとつき合うから」


「おまえ、あれだけ(オレが )話したのに……(薄情な奴だな)。いまそこで苦しんでる人間がいるのに、そんなこと言うのかっ?」


「…て?」


 これって、そういうゆうのなのだろうかと、セレグレーシュが事態を持てあますと、とびら口にいて、彼らのやりとりを見ていた講師があっさり請け負った。


「かまわないから、君も寄っていきなさい」


 予定外としていた行動を(講師目上に)示唆された。

 虚をつかれ、わずかに把握が遅れたが――

 そこで移動中にだらだらかたられたアレンの身の上ばなしが、自分こっちの同情をひくための作戦だったのかも知れない事態に気づいたセレグレーシュである。


 事実であれば、明かすのに抵抗をおぼえそうな不遇ない立ちまでかたる必要はないのだ。


 単に話したかっただけ……。話す以上は共感をたかったのかも知れず……。

 理解されようと話しているうちにまらなくなっただけなのかも知れないのだったが——…なにやら恣意的しいてきな目的を伴っているが臭うし〝暇だったからどうだ〟とか言うのを耳にした気もするので…――


 経過はどうあれ、協力することに消極的なセレグレーシュをどうすれば引きこめるか、あれこれ模索もさくした結果のようである。


 同情されて喜ぶ気質には見えないが(むしろ、嫌がりそう)〝あれだけ話したのに〟という発言は、そんな憶測を呼びこんだ。


 単純に関心を買おうとする勢いから、無計画に暴走したのかも知れないが、なりゆきとして、受けた方こっちは、知りたくない部分まで掘り起こされることとなった。

 逆効果だったわけだが……。

 セレグレーシュとしては、相手にしないで走ればよかったとまでは思わないまでも。それと推測できたことで、かたわらにいる白い少年の姑息こそくなたちまわりに不満をくすぶらせ、こうぜずにはいられない。

 特に抵抗もなく同等タメぐちをきいているが、まだ、さして親しいわけではないのだ。


 いずれにせよ、どれもこれも、いま耳にしたばかりの聞きかじりの情報だ。

 すべてがいつわりとまでは思わないが、どこまで真実しんじつなのかもわからないし、それもこれも……。

 いま、受け手であるセレグレーシュがおぼえた高確率の憶測にすぎないのはわかりきっていた。


 彼としては、おちついて不自然おかしなところがないか、再分析さいぶんせきしたい場面だったが……。

 いまはなにより。

 ここで生じたもろもろの迷いや腹立ちにかこつけて逃げだそう、仕切り直しリトライにもっていこうというのではなく……――(まったくそういった心理がはたらかないこともでもなかったが…)――もとより。

 セレグレーシュには、それらを払拭ふっしょくしりぞける《講義》という予定があったのだ。


 セレグレーシュは、となりで目を光らせているアレンのことは考えないようにして、講師の方へ向き直った。


「実技のほうで……。いまははずしたくないんです」


 しかし。

 そこでにした講師の反応は、予測したものよりはるかにめていた。


「必修であれば、今日はずしても後日受けられるだろう」


 教える立場のものなら、彼の熱意を尊重してくれるかも知れないと期待したのに、返ってきたのは、どこまでも他人事。

 事務処理めいた第三者的意見だ。


「…。昨日駄目だめでも、今日つかめることがあるも知れないので……」


 セレグレーシュが肩をおとしながら、なけなしの反論をりだすと、その講師は、特に親身になることもなく、ただ、意外そうな顔をした。


(…構築に入ってからは、出足が遅いスロースターターだと聞いてはいたが……)


 わずかに目を細めて、目の前の教え子を見すえる。


「先へ進めず、足踏あしぶみでもしてるのかい?」


「はい…」


 指摘されたことでセレグレーシュは、一年以上(一年半ほど)前からとり組んでいるのに確立できずにいる課題を強く意識した。


 亜人の子供に突き倒され、つきまとわれるわ、過去の知りたくもない事情をいじられるわ、はずしたくない授業には遅れるわ、こんなところで足止めをくらうわで、まさにんだりったりである。


 セレグレーシュが暗くうかない心持ちで認めると、ロイスアドラーことアロウィースは、思案がちに伏せた視線を彼にもどした。


 思慮深しりょぶかそうな青い双眸が、まっすぐにセレグレーシュ教え子をとらえる。


「思うに……。君の場合。行きづまったからといって、闇雲に立ち向かう行為はロスになるんじゃないかな? 選択肢せんたくしがそれしかないというなら、それをするしかないが、そうではないんだ。効率が悪い」


 そうと聞いたセレグレーシュが、ふと、顔をあげた。


(効率……。選択肢って…――そんなのあるのか?)


「いまならっている分野は後まわしにして、ことなる方面からめてみるべきなのかも知れない。ぼくのほうから話を通しておこう」


 講師の提案ていあんで、瞬間的に肩の荷がりたような錯覚さっかくをおぼえたセレグレーシュだったが、素直に快諾かいだくも出来ずに言いよどむ。


「…。でも……」


 先へ進める予感がまったくといっていいほど無かったのも事実だが、基本の中でも、封魔法印を築く上でのかなめとなる部分なのだ。


 何であろうとなんであれ。そんなところに閉じこめてしまうつもりはつゆほどもないが、法印を学ぶ者として、けて通れる技術とも思えない。

 いま提起ていきされている課題は、その時々の環境に対応するものだ。

 座学面で受ける感触として。他の構成とからみそうな部分がかなり予想される。


「この道をおさめる上で、習得しゅうとくすべき領域・技能は少なくない。

 必要とあれば、執心しゅうしんしてひもくのも一つの方法だが、一つのわざ手技しゅぎにこだわるのではなく、その時、選べる範囲でやすいあたりからめるやりかたもある。

 人にあたえられた時間は無限ではないからね。むしろ、そうするべきだと思うよ?

 異なる方面から学んでみるといい。を押さえることで視野が広がり、見えてくることもあるものだ」


「それで、いいんでしょうか?」


「いいと思うよ。特に支障ししょうがあるようには思えない」


「前の段階でためされるわざができなくても?」


「前段階?」


「はい。秘匿構成ひとく〝一(いち)〟の初手…《四面囲しめんがこい》から、なんですが……」


 さすがに、そことは思わなかったのか、わずかにがあった。


「…しかし——〝りょう〟とされているのだから、そこで試される手法は確実にこなせたのだろう?」


「最終でためされる技は――(確立させた)。何度も試されました。でも、全部はせなくて……(ひと通り、組めないこともないんだけど、それは物体モノを入れようとしなければで…。……)」


せないな(基礎中の基礎……土台なだけに、裁定はきびしいはずだが……それ以前の問題だ。こなせなければ、その先を習得することなど不可能だろう…)」


 そうと受け止めた講師が、所感しょかんを口にする。


「君の実技を見たことはないが、鑑識・理学・算術・空間認識の進みを見るかぎり、可能となる選択肢は少なくないはずだ。

 心力に不足は感じられないし、法印構造が組まれた法具はやすくあつかうとも聞く……(初期訓練手ほどきする必要もないと、さわりの段階で免除めんじょされたとも——)。

 そのわざを成すうえで、支障がない程度にはコントロールできているということだ。なら、感覚やくせ思惟しいさわりかもしれない。

 気になるようなら、その課題は自主学習として独自に研鑽けんさんするといい。初めの段階……秘匿ひとく防御系の《いち》で求められる要素なら、さほど危険でもないだろう。

 心力の高さが気になるから、失敗した時の撤収てっしゅう作業の手間てままえ、屋内(実習室)でおこなうことをすすめるが……」


 雲をかむような心境でいるセレグレーシュに対し、問題を精査し結論をみちびきだす講師の言葉にはよどみがなかった。


 そこに、アレンが口をはさむ。


「いつまでここで話してんだよ。なか、行こうぜ」




 ▽▽ 場 外 ▽▽


【※ 《おと》/歌舞伎や相撲などで使われる「拍子木ひょうしぎ」を 「」というそうで、「おと」というのは歌舞伎の表現・その方面の言葉だそうです/むかしなつかし紙芝居などでも用いられる澄んだ音。――音そのものは、裁判官が打ち鳴らす木槌ギャベルに類似するかも知れません。……現実社会こっちと無関係な世界の物語としては、NGかもわかりませんが、こだわってしまいました💦 (登場人物に語らせたわけでも、思わせたわけでもないので、セーフだと……個人的には思っています)】

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