枯れかけた木に花は咲くか.2


「授業はもう始まっているね。せっかくだから、いまはこの子につき合って、執着ををとりのぞいてあげてみてはどうだろうか? あちらは、あまり選択肢もなさそうだ」


 講師のさとしに賛同し、かたわらでこくこくうなずいていたアレンが、〝選択肢がない〟という見通しには、ぎくりと表情を硬くした。


「オレ、なにもできませんよ?」


 セレグレーシュが自己保身から予告するとアレンは、より高い可能性として目をつけているセレグレーシュとなりの彼と睨みすえた。


「彼は、君になにができると(いう考えなんだい)?」


なおせるかも知れないと思ってるみたいで…。だけどオレは――…」


「まともにもしないで言えるいうことじゃないだろっ! 《 》は、鬼婆おにばば穏和おんわな闇人に変えたんだ! 治せるかもしれないっ」


 げきして食いついてきたアレンを横目に。

 セレグレーシュは、できるだけ冷静さをたもとうとしながら、目の前の年長者……大人おとなに、自分が理解し、納得できた範囲の事実をうったえた。


「オレのことじゃないです。でも、彼はオレのこと、そのセレスって人の子供か何かだと思い込んでて……」


「なるほど」


 思案がちにうなずいたアロウィースが、ふたりを一時いちどきにまとめ見た。


かりに——彼がその者の子……子孫・血族だったとしても、稜威祇いつぎ・亜人の能力は、独自性が強く、そのまま遺伝することのほうめずらしいようだよ?

 《人神ヒトガミ》を主張するアディラーダの《先祖返せんぞがえり》も、どこまで過去の特徴を反映しているのか確かめようがないしね。

 まぁ、彼らは――闇人はもとより、稜威祇いつぎとの関係を否定しているが……。

 (アディラーダ彼らの)部分部分に、あるルートの混成が確認もされている。肩書き……せいかぶりも見られることだし。《ことわり》…《天藍てんらん》の例をかんがみれば、さほどかけ離れているようには思えない」


「でも……。ぜんぜん似ないわけじゃぁないだろう? 子供・子孫とか兄弟で、顔とか色が似てたら、それだけ可能性はある。できないとも限らない!」


「うん。素養が同じでも、あらわかたが異なるという場合もあるからね。遺伝には見えない才能が、そうである例も少なからずありそうだ。

 日頃の用い方用法、活用の方向性が違っても工夫くふう次第しだいでは、可能かもしれないね。

 ところでは、そのセレスという子によく似ているのかい?」


 疑問を投げ返されたアレンが、にわかに狼狽うろたえた。


「あ…。オレ、顔は知らないし。でも、《ルス・カのセレス》なら……もしかするかもって…」


「ルス・カ…の、セレスかい…。《ひひらの》じゃなかったかな?」


「だから、ルス・カのは、きっと、《ひひらのセレス》の子供かなにかなんだ。

 頭……髪の色が、ほとんどそのままで……似てて、赤っぽい目で。セレスが死んだ騒ぎで、ルス・カのトンボが連れてきたって……。

 もう立ち歩きできたっていうから、赤ん坊とは言わないのかも知れないけど……とにかく!

 知らない子だったら、十七、八のガキが〝自分で育てる〟なんて無茶むちゃ言わないだろう?

 気に入って同情したとしても、猫や犬のじゃないんだ……まして、この髪で…。

 トンボは《闇人》でも《半魔デミ》でもない。人間なんだ。なのに、なんか知らないけど、こだわったんだって……。

 もしかしたら《ひひらのセレス》に頼まれたのかも知れないからな!

 トンボは《セレス》に恩があったって…。だから関係があるかも!

 できるかも知れないんだ」


 必死にうったえる年若としわかな少年を視界に、アロウィースは、目を細くして微笑んだ。


「まぁ、とにかく中へ入りなさい」


 慈愛じあいめいてもいるが、腹の底で何を考えているのかわからない印象だ。――無私の条件反射か興味本位か、親切心か思いやりか……。

 いずれにせよ、いささか薄っぺらな客人対応のようでもある表情で、ふたりを室内へといざなう。


 ひとりは渋々。

 もうひとりは、これと目をつけた少年が動くのをしっかり視界にとらえ、意識しながら少しの躊躇ためらいもなく。

 あけはなたれている談話室へ踏みだす。


「それで……。君は《ひひらのセレス》には、相談しなかったのかい?」


「頼みたくても頼めないよ。《ひひら》のは、もう居なかった。死んでいたんだ。聞いた話だけど、シナがこんなふうになるより前のことらしくて……。

 頼みようがない。

 《ひひら》にセレスの子だってウワサされるそら色の髪の子供こどもがいたけど、違うって……(ほんとに、そうなのかもわからないけど、ぼんやりして、にこにこして、あてにできそうになかったし。子供ガキっていったって、あれは、頭、りないんじゃないかな……)」


 アレンは、これと思う事実を想起するなかに、聞き手の理解をうながした。


「《ひひらのセレス》が死んだのは、が赤ん坊……ひとつかそこいらの時のことなんだ。わかるだろ?」


「《ひひら》というのは、土地の名か……なにかの社号、暗号、くらいうじ職業かな?」


「里! (の呼称呼び名)。《ひじり》より、ずっと南。化けものがむっていう川の向こうに……。全部は知らないけど、大きいのとか小さいのが…。

 たしか《んめ》とか《ねむ》とか《しゅろ》とか。二〇くらいあるって言ってたかな……。

 (正確な)数までおぼえてないけど(二桁ふたけたすう…)、とにかく、そこいらの里が結託して暮らしてて、《ひひら》は、その内側の中心あたりにある……みんなの戦闘訓練場所みたいな《ねむ》から見て、北東のはしになるんだって。

 葉がトゲトゲのヒイラギがいっぱいあった!」


「それは、どんな存在で構成された里なんだい?」


「どうって…」


「多難な土地に人里を築くには、それなりの背景、力が必要とされるだろう。君のような亜人の集落かい?」


「あぁ、そういう~その~意味」


 講師が言わんとしていることを理解したアレンが、思案がちに疑問に答える。


「……。オレの里と似たようなレベル(安穏あんのんとして……気温が高くあたたかくて、らしは、ずっと豊かそうだったけど)…。

 多少は(妖威の類そういったのが)けど、(こっちで)《地境ちざかい》って言われてるあたりと、そんなにちがわないのかも。

 あいだにある土地が障害ネックなだけで……。

 《ひひら》には、……亜人も闇人もいて…。いくらかは混じってた。

 それっぽいのもいたけど、でも、ほとんど人間だって。

 闇人とか亜人が形成つくっている里もあるのかも知れないけど、オレは聞いたことな――あ……。こっちに渡ってからは、どこかにあるって聞いたな…」


 アレンの受け答えは、やはり、策謀さくぼうるのとはえんどおく、思いあたったことをそのままかたっている印象だった。


「でも、やっぱ……。たぶん、《地境ちざかい》っていうあたりと、そんなに変わらない。闇人は出てきても居つかないのか、隠れてるのか……あまり見かけないし…っていうゆーか、どれだけ存在す~い~るのかもわからない…。

 そのへんにいてもかくされたらそれだってわからないやつらものだろ(う)。亜人は……、人里ひとざとに住みつきがちなのかも……。

 馴染めなかったり、性質に問題あるやつ、妖威みたいなやつは別で…。必ず人の街に居つく~そう~とも限らないけど、半魔デミ……亜人は、親か先祖のどれかが人間だからな。

 あんたの言うようにひらかれてない土地は、そういったそーゆー〝はみ出した亜人〟、〝幽鬼ゆうき〟とか〝変なけもの〟がいて危険だしさ……。

 てなんて、わからないし。大地が途切れればかならず海があって、全部、海で繋がってるとかいうやつもいる」


「うん。そうも言えると思うよ。すべては流動的で、独自の性質を備えている。

 深い海にも底やさかいがあるように、人の目に見えるものがすべてではないからね」


 のろのろと足を進める最中なか

 セレグレーシュは、浮かない表情でふたりのやり取りに耳をかたむけていた。

 なんとなしに歩を刻んでいる彼のその特徴的な瞳が、ソファのはしして彼らを待ち受ける姿勢でいる二十歳はたち過ぎくらいの女性をうつす。

 いで、彼女のかたわらにならべてめられている大小車輪つきの椅子いすに腰かけていた人物をとらえたところで静止した。


(…え? 生きてる……。なんで?)

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