第6話.そこはかとなく氷解

そこはかとなく氷解.1


〔どこにするのかは、まかせる〕


〔…わかった〕


 選択をゆだねられたセレグレーシュが望む条件は、無関係な者に会話を聞かれる可能性が低くて、彼自身がおちつけること。

 それだけだ。


 納得のいく拠点きょてんを求めて、建物がまばらに林立りんりつする敷地を物色ぶっしょくして歩く。


 緩急かんきゅう、速度の変化はあっても足を休めることなく流れ歩いた青白い髪の少年が、このあたりと見さだめたのは、やはり、この家の中枢ちゅうすう


 ほぼ、平面にならされて存在する庭園だ。


 たてに〝く〟の字状にならぶ配置で、輪郭りんかくのはしをかさねながら存在する三つの敷地——(中央の円庭のかたわら。西のはしにひとつ。利用用途が特定される最小規模の円形庭園~もの~が配置されているので、正確には四つになるが)。

 そのうち、北に位置する円庭えんていの西側付近ふきんから足を踏み入れる。


 《法の家》にあって。《千魔せんまふうじの丘》を苦手とするセレグレーシュが心からくつろげるのは、自分があたえられている部屋でも郊外こうがい点在てんざいする《空白の円》の上層表面じょうそうひょうめんでもない。

 やはり、例の構成がほどこされていないその区域(空間)になる。


 てくてくと。下りかげんの丸石の小径こみちをたどり、そこから外れて、果樹なども育つ、まばらな木立こだち合間あいまにまぎれこむ。


 この組織は、物資を外から取り寄せることもするが、かなりまで自給自足もしているので、作物をやしな耕地こうちや作業小屋が風景にとけ込みながら気づけばそこにあるというような規模で存在する。


 中央庭園も例外ではなく、季節に応じ景観けいかんを崩さない範囲の配分がはかられていたので、朝といわず夜といわず、土地の管理を目的にき来する人間の姿が見かけられるのだが——。


 それでも南北にわたり、けっこうな面積を備え、初期の自然もそれなりに残されている(自然庭園風味の)その御園みそのにあれば、人気のない場所はいくらでもちらばっているのだ。


 納得のいく場所を選ぶ過程にあって。

 欠損部の多い不充分な情報を脳内でしきりに再検索さいけんさくしていたセレグレーシュは、そうして呼びだされる可能性のひとつひとつ。状況予測を分析、検討けんとうしては、頭の中でかき混ぜシェイクしていた。


 対決する地点にむける強いこだわりもあったが、それよりも…――

 彼の足が定まらない最大の原因は、彼自身の考えがまとまらない現実にあったのかもしれない。


 セレグレーシュがこの組織を目指すきっかけをもたらした友人——ヴェルダは、彼より二つか三つ年長の十六歳から十七……十八歳。


 それは基準があやふやななかにも、〝対象が人間ひとである〟という前提条件のもとに導きだせる推量すいりょう。憶測によるもの。


 人間のありかたって表現するなら、いま、後からくる少年は、十二から十三ほどの年格好としかっこうで……。

 出会ってからこのかた、ずっと成長が停滞ていたいしているように思える稜威祇いつぎ……闇人。


 ごく最近、耳にするようになったその声がヴェルダのものとそっくりだったので、一度はそうなのではないかと――…

 〝その彼〟なのではないかと、疑ったことのある力ある存在。


 探りを入れてみたのに、〝否〟とも〝そう〟とも答えてくれなかった人だ。


 事実。その個体が事情答えを知っているのか、いないのか。

 本人なのか、そうでないのか……。

 以来、事実関係を問いただしたことはない。


 現実がどうあろうと、ヴェルダという存在に対する気兼きがねね……配慮はいりょ……遠慮が先に立って。


 これと根ざす相手に対するこだわりが強いだけに、しつこく刺激するのもはばかられ。うたがわしい人物が、闇人である事実もあいまって。

 気になりはしても、もしかしたらと思えば、そのひとを困らせたくもなかったので…――セレグレーシュは、このところずっと。

 その問題から目をそむけ。そこに見えていようと見えていないふりを決めこみ、意識して距離をおいていた。

 消極的になって、うやむやに流していたのだ。


 ――けれども。


 ヴェルダが所持しょじしていた物を、そのがアレンたちに渡したのなら、その現実は、どのような経過けいかのもとに成りたったのか――?


 あれやこれやと。

 さほどなくもたらされるであろう可能性を黙想もくそうするうちに、セレグレーシュは、当初想定していたよりはるかに長い距離を消化してしまっていた。


 いっぽうの稜威祇いつぎの少年は、なにを考えているのかわからない妙に冷めた表情をして、ついてきている。

 苦情を言われないからといって、いつまでも決定を先延さきのばしにしてもいられない――いい加減、場所を(覚悟かくごを)定めなければならないだろう。


 そうして明かされるであろう実態……解答がどんなものであろうと。


 内苑に足を踏み入れてから、さほどなく。

 相手がしびれをきらしはしないかと、あせりをおぼえはじめていたセレグレーシュは、すいっとあたりに視線をめぐらせて、敷地の部分部分に残されたままになっている森林に目をつけた。


 家の周辺一帯が《千魔封せんまふうじ》の影響で草原化してしまっているいま。それは身近に存在する森として、ありかたを貴重視きちょうしされ、無闇な採集さいしゅう伐採ばっさい狩猟しゅりょうが禁じられている区域だ。


 迷い込んでも、さして苦もなく抜けだせる範囲規模もり

 ぐるりと遠隔的に人の行動圏にかこわれ、孤立こりつしたことで、植生はにゅうや生態系がかなり変化してしまっていたが……。

 そのようにして内部庭園のうちに残されている二つは、斜面しゃめん蔓延はびこ伸張しんちょうするなか、ひどい状態にならない程度には放置されることで、そこそこの密度と面積をそなえている。


 禁止されている行為こういはあっても、出入りするだけなら自由で、過ぎる干渉をしなければ、責を問われることもない。


 ときには森林下における法印構成の授業や自主訓練目的の人間が入りこむこともあったが、平素は《法の家》における人類の過疎地かそちである。


 そだった里も森の中にあり、さびれかけた隘路あいろを頼りに南東の樹林地帯をくぐり抜けてきたセレグレーシュにとってその一帯は、感覚的に縁遠えんどおい環境でもなく…――その一つを片側に見た彼は、なんとなしに、その内部そちらへと足をむけた。


 生命力旺盛おうせい草木くさきを押しやりながら、一〇歩ほど分けったところで、体長二メートル足らずの無害な蛇(食せば美味で、毒もない)を見かけた。

 それをきっかけに足をとめたセレグレーシュが、意をけっして、体の向きを変える。


 相手も足をとめ……対峙たいじすることでしょうじたわずかな沈黙の後、先に口火くちびを切ったのは、稜威祇いつぎの少年のほうだった。


〔…――こたえられることであれば答えよう。だが、なんでもおうじるとは思うな〕


 切り出しを迷いながらも口をひらこうとしていた——そんなとき、拒絶めいた前置きを投げられたセレグレーシュは、逆上を胸にくすぶらせつつ、強く言い返した。


〔……いいよ。でも、こっちにもゆずれないことはある。

 は、ヴェルダを知っているだろう?

 知らないというなら、オレが納得できる説明をしろ〕


 すると彼より(外見が)年若としわかに見えるその闇人は、さして不快でもなさそうに微笑わらった。


〔普段は剛直ごうちょくなのに、やはり、このようなこんな場面では遠慮えんりょするね。これと根差ねざす考えがあっても、ことなる局面、余地を残しておくそれは、君なりの思慮しりょ——じょうのかけかたなのだろうけど……〕


じょう…――なさけって……、なんだよ〕


 不安を増長ぞうちょうする言いまわしに、セレグレーシュの忍耐にんたいくずれかける。

 そう解釈かいしゃくされるような、悪い知らせ……良くない答えなのだろうか? と。


〔そんなんじゃない! オレは…(ただ)……。決めつけたくないだけだ。

 そんなごまかし…――言葉で、はぐらかされてやる気なんて無いから!〕


 これまで剛気ごうきを言われたことなどなかったし、自分がこだわっている事柄に事実をあてこすり、軽くけなされたようにも思えた。


 相手がどんなつもりなのであれ、自分が相手にどう見えているのであれ。

 こと、これに関してはゆずる気のないセレグレーシュである。

 心をふるいたたせ、相手を正視せいしする。

 すると彼をうつす、その対象のみが深くなった。


〔だろうね。だけど……。おなじ性質のものが、複数あるとは思わないのか?〕


 返された指摘に、はっとしないこともなかったが、セレグレーシュの考えはすぐにさだまった。


 あれは同じものだし、滅多めったにあるものでもない――


 それは過去も今も、じっくり見たことがないもの。

 手にとってみる機会もなかったもので…――興味をおぼえようと、ヴェルダに対する遠慮があったから……。


 うっかり口にしてしまうことがなかったとまでは言わないが、セレグレーシュにとって、つねに重要だったのは、ヴェルダがそこにいるという事実で。

 命とたとえられることもあったその石が相手のデリケートな部分であることをさっし、直感的にけていたものだったから……。


 だから、何故なぜそういえるのかを説明しろと言われても困るのだが、少なくとも彼には、そんなふうに……


 ——今日、目にした香炉風こうろふう細工さいくと、その中にかいま見えていた存在感……

 あの石は、かつて友人の胸の前…――みぞおちや大腿だいたいの横にられていたもので。かたわらに見かけたものと一致いっちするのだと。


 そう感じられたのだ。


 だからつまりは、きっと、同一どういつなのだと。


 けていたが、そうしていただけに、それとなく意識していたものであったから……間違いないと。


 そんな如実にょじつな実感。

 決してくつがえることのない確信が、セレグレーシュの中にはあったのだ。


 ゆずらない思いそのままに。多色たしょくひそむ赤ワイン色の虹彩こうさいの瞳をこらしていると、視界に置いていた相手のおもてから、余裕よゆうめいたみが消えた。


 紫色の色相しきそうを見せていた双眸が、金茶色の睫毛まつげかばわれたまぶたの下にかくされる。


〔……あまり気は進まないが、ここに来てかくすほどのことでもない。

 白状はくじょうしよう。君の推量すいりょうは、あたっていると思うよ。

 われは、いくつか名を持っているが、〝アシュヴェルダ〟が本質ほんしつだ……〕

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