枯れかけた木に花は咲くか.5


因習いんしゅうとらわれながらにあらがい、なやみ……。

 せかせか動いていた頃よりも、いまは、あたりまえの事象じしょうが、とても美しく、こころ楽しく感じられるんだ。

 環境が変わったのもあるのだろうが……。

 ――前より柔軟に……よけいな迷いものがとれて、おだやかになった部分がある気がする。

 この子たちのおかげもあるのだろう……」


 つと、それとなしに流された彼の視線を受けとめたヴァイオラが、にっこり、微笑みでこたえる。

 あっちを見、こっちを見していたアレンは、そのとき、稜威祇いつぎの少年のほうへ目を向けていたので、自分にそそがれた視点の動きだけによる目視もくし間差かんさひろいそこねた。


「解放された心地なのに、できることが少ないのはくやしいし、立って歩くだけではなく、むかしのように走ってみたいとも思うが…。

 時にはそれも、どうでもよく感じられたりしてな……(体は存在し、変貌し、不自由ですらあるのに、生まれ変われたような……個という枠から開放された気さえして……)。

 どんなに無様ぶざまだろうと、まわりに人がいないわけではない。

 そこに魅せられる部分があれば、学びたいと思う。

 いたらない部分を見れば解き、ほぐせたらとも……。

 まされた見知けんちには見習みならわせられ、あこがれる……。

 他人ひとの未熟さや経験の浅さが、愛おしく、なつかしく、ほほえましくもあり……。

 若さやおさなさ。あまさや迷い……そこにある純粋さ、まっすぐさに、忘れかけていた根本・本質というものを教えさとされることもあるものだ。

 ――世の中は、知りたいこと、知らないこと、知りたくないこと…。思うようにならないことであふれているが……。

 こうして面倒めんどうをかけながら……面倒をみられなくなっても、見苦しくともしぶとく――自分にできることをさが模索もさくしながら生きぬくことで、現実を見落としてまどい、なやんでしまいがちな周囲の人達に、もたらす影響もあるだろう…。

 …ないかも知れないが……。

 それが自分で望んだほどのものにならなかったとしても……その程度のめぐり合わせというだけのことだ。

 くやしくもあるが、それならそうでかまわない。

 ただ、生きている限りは、そうなれるよう生きたい。

 この世界の一部として、そうりたいと……。

 かない……かなうのならば、と――そう(思うんだ)……」


 稜威祇いつぎの少年は、こころもちうつむいていた。

 そうするなかに、しっかり、車椅子の青年の告白独白に耳をかたむけてもいた。

 なにを考えているのか――伏せられがちなその瞳は、無感動なあめ色の光をたたえている。


「身勝手な自己満足……なのだろうな。

 わたしは、そんなに強くもないから、ひとりになってつらくなれば、投げだしてしまうのかもしれない。だが……。

 わたしは……あのような形で終わらなかっただけでも充分満足なんだ。

 …ただ、いま……こうして、目覚めていられるうちはな……」


 青年のいわんとすることは、それですべてだったのか…。

 不明ななかにも五、六秒ほど沈黙が続くと、しびれをきらしたセレグレーシュが、もう待てないとばかりに歩を踏みだした。


 いつかしら、腕をはなしていたアレンが、その場立ちにそんな彼の動きを目で追いかける。


 セレグレーシュの足は、これと見定めた稜威祇いつぎの少年の二歩半ほど手前で止まった。


〔用は済んだか?〕


 特異な発色をみせる双眸に、けっしてるがない堅固けんごな決意をたたえながら、毅然きぜんただす。


〔聞きたいことがある〕


「おいっ」


 現場の流れに自分の用件が後まわしにされそうな、ともすれば忘れられていそうな不穏をみたアレンが声をあげた。

 セレグレーシュに追いすがり、再度、その右腕をとる。


「待て。約束だ。シナを診て! ちゃんとだ」


 つかまれた腕をふりはらわぬまでも、右後背みぎこうはいに来たアレンを映したセレグレーシュの瞳は、こころなしか冷めていた。


「オレは治せるなんて、言ってないし、約束もしていない。なにかしようにも、その石が邪魔をする…。

 けど、彼の生体を…(意識を…)そのを(ささえ)、つなぎとめているのは、その石だと思うから……

 (どうにか維持いじされているけど、過不足があるなか、その均衡きんこう…彼という意識……となる精神をたも保養ほようする流れのなかに間隔かんかくが……空疎くうそひろがっている…。たぶん、もう…そんなには…――)」


 言葉もなかばに。つきはなし距離をもうけようとするようでもあったその表情に、あきらめともうれいともつかない心情が見えかくれする。


「《家》に相談しろよ。

 もしかしたら、石の効果をおぎなえる法具ほうぐか、のこってるものをまとめ維持いじできる手段しゅだん、方法があるかも知れない……。

 (残っている部分の大半は、つながりが希薄きはくでも、反発はんぱつの強いものではないから……)」


 たよられても、どうにもならないし、もなかった。

 たとえ、薄情さを指摘され、そしられようとも、できないものはできないのだ。

 そんなことよりセレグレーシュには、なにがなんでもあかかしたい事柄ことがら優先ゆうせんしたい用事、重大事項が目の前にあったので、いま正面にいる稜威祇いつぎの少年…――追窮ついきゅうすべき対象。〝アシュ〟を強く意識した。

 果敢かかんに向きなおる。


どういうどうゆうことか、説明してもらう!〕


 相手が逃げようと思えば逃げられてしまうことが明らかでも、彼としては、どうしても、それを……。

 この機会を逃がしたくなかったのだ。


だんまり……決めこむ気じゃないだろうな?〕


〔いいよ。場所を変えよう〕


 存外ぞんがい、すんなり受けいれた稜威祇いつぎの少年が、きびすを返したので、セレグレーシュが遅れまいと、その背中を追いかける。


 ふたりが屋外へり、目の前の扉が閉じられると、その場に残されたアレンは、すぐさま足を返した。


 親しい二者の前を足早あしばやに通りすぎ、ソファに背を向けて立つともなく、ここの住人であるアロウィースの姿を視界にとらえる。


 ずっと立ったまま、事の成り行きをうかがっていたその講師は、いまも対面のソファとテーブルの間にたたずんでいた。


「あいつ、誰?」


「あいつとは?」


「あの後から来た目の色、変わりそうなやつ」


稜威祇いつぎのことを聞くのかい?」


「あー…(そう)だな」


 そこで、どすんと。アレンがソファに腰を沈めたので、ソファのはしすわっていたヴァイオラがまゆを寄せ、自分の左隣ひだりどなり陣取じんどった白い少年を白眼視はくがんしした。


 震動はあっても、それなりに加減はしたようで、はじめの時のようにソファの骨組みがきしむことはなかった。


「オレ、《稜威祇いつぎ》って呼ばれるヤツと《闇人》の違いがイマイチわからないんだけど…――ざってるのはまだしも、闇人なんて……。

 闇から来た個体ヤツなんて、そう居るもんじゃないだろう? (ここはどうか知らないけど…)」


「うん。まぁ…。そうだろうね」


 不明を口にするアレンを視界に――遅れて対面のソファに腰を落ちつけたアロウィースが苦笑じりに、これと応じる。


曖昧あいまいなものだよ?

 味方か敵か、善良かどうかなんて、立場が変われば違ってくる。

 その人が事実、古くからわれるその方面の闇から来た者なのかどうかなど、確かめられるものではじゃぁない。

 血が混ざっていることが明らかでも……これという能力を持たなくても、それと位置付いちづけされる者もある。

 不安定で危険な存在だろうと協力的でさえあれば、稜威祇いつぎわくに収めてしまうしね」


 そこで、すでにここにはいない存在を警戒けいかいするような目をしたアレンが、はなはだ気にかけていた疑問を投げかけた。


「あいつ……強いの?」


「さぁ、どうだろう。君達はどう思う?」


「来たとき物音ひとつ、しなかった(気がする)…――さわらぬ神に、の典型てんけいね」


 アロウィースがとうじた反問はんもんを、ひろって感想を述べたのはヴァイオラだ。

 その上で、ばっさりとっててる。


「ほ(う)っとくにかぎる! れないのが一番よ」


 〝いまこの場で警戒しようと憶測しようと意味が成果などないのだ〟とばかりの断定。決めつけの解答だった。


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