枯れかけた木に花は咲くか.4


 彼の鼓膜を震わせた予想外よそうがいひびきと告白――


(……〝「? ――……」〟…——って……?)


 直立不動ながら、なにがなんでもという姿勢でいたセレグレーシュは、そこで続けるはずだった言葉を喪失そうしつした。


 いつ入ってきたのか。

 それと声をはっした時には、閉じられたとびらのこちら側に立っていた。

 声がしたあたりをふりあおぎ、そこに稜威祇いつぎの少年を見いだしたアレンが、「あーっ!」とさけんで、セレグレーシュを捕まえている手に、ぐぐっと力をこめた。


「おまえ…! やっぱり、そうか。なんでか、人間だって思っていたから、違うかなって思ったけど、あの時のやつだ!」


 アレンにとられている腕の痛みに顔をしかめつつ、それがどうでもよくなるような事態……それとしめす発言を身近みじかに聞いたセレグレーシュである。


 視野のそとで成された第一声が、人間ひとの言語だったので、瞬間的に彼の捜しびと――ヴェルダがあらわれたのかと錯覚さっかくしたのだ。


 例によって、その期待は、その姿を視界におさめたところでちりと消えたわけだが…。

 一度は停止しかけた彼の思考――それが状況を視界に見てとり、理解したことで、まわりだし、一気に回転を速める。


(――渡した? 渡したって……なんで…。なんでアシュおまえが!?

 アレンこいつもアシュと顔見知りなのか?)


「まがいもの、つかませやがってっ!」


 感情を爆発させたアレンが、本能的な守勢しゅせいから(なの)か、セレグレーシュをたてにしながら思いつくままの言葉を投げつけた。

 けれども。

 稜威祇いつぎの少年の平静へいせいは崩れなかった。


「作用……影響の方向性は、素材や個体によって違ってくる。

 効果の保証もしていない。

 気にいらなければててもよかったんだ」


 ここの人間が標準的にもちいる言語で、どこまでも端的たんてきに。

 彼らがその石を手放てばなさなかったのは、それなりの成果せいか効用こうようがあったからだろうことをあんに指摘しながら…――

 その稜威祇いつぎ

 少年の姿をした闇人は、顔色ひとつ変えなかった。


 アレンの動揺・抗議の言及など、意にも返さない。


「っ! だけど、こんなのあんまりだ!

 すぐつかれるから、うまくきられないんだ……。

 はじめは、ずっと寝てたせい、体(が)、変にびたせいとか、体力とか筋力が落ちてるからだとか、バランス(が)くるったんだとか……思ったけど、どんなにほぐしても、リハビリしても!

 按摩あんまだってためしたのに、むしろ逆効果ぎゃくこうかで……。

 ちょっとでも(石を)離すとたおれて死んじゃいそうになるし……あまり、食べないし…(視野がせまくて)しょっちゅう眼が見えなくなるっていうし、ほとんど眠らないし変に軽いしで……。思考はしっかりしている。

 身体は若くなった。元気そうに見えるのに、なんで……」


「その言葉の通りだろう」


 変わらぬ静かな応答おうとうに、アレンの目がわった。

 セレグレーシュをたてにして、いっそう相手を警戒しながら、いま耳にした発言が示すものを問いただす。


「…とーりって…。どういうどうゆう意味だ?」


おもてむきは若く維持されて見えても、霊的な調和・統制がとれていない……(以前より穏やかましになったが、かなりまばらにもなったな)。

 人として、いびつなだけではなく、あなだらけだ」


 指摘した稜威祇いつぎの少年の琥珀こはく色のまなざしが、すいっと。セレグレーシュのほうへ流された。


〔君も似たような見立てなんじゃないか?〕


 闇人の言語でただしながら、相手その方面の答えを待つことまではせず、続けて自身の見解を示す。


老境ろうきょういたれば、生体せいたいのあちこちに不具合ふぐあいおとろえ……。遅滞ちたい過不足かふそく、循環不良がしょうじるが、霊的にそれが起きているようなものだ。

 正確には違う現象で、そんな順当じゅんとうなものではないが…――」


 どこまでも冷静に。

 耳をかたむける者の理解をさそい言いくるめるような緩急かんきゅうをつけてりだされるその響きは、この地域一帯の人間がもちいる共通きょうつう言語げんごによるもの。


たましいは、肉体の成長におうじて変化するものだろう。

 個体差があるにせよ、退化たいか……劣化れっか……欠損けっそん……。摩耗まもうし、こわれて見えたとしても。肉体に欠陥けっかん、不足がしょうじて、正確な反応をしめせなくなろうとも…——生命が途絶とだえ、離れるまでは伸長しんちょうする。

 伝達がとどこおり、整合性がとれなくなり、にぶくなり……おもてむきは不全があるように見えようと、生体をとしてかさなりざり、ほぼ剛体ごうたいとして存在するもので、彼のように、あないたり空白隙間しょうじたりすることはない」


 稜威祇いつぎの少年が彼なりの見解けんかいなか

 沈黙のしょうじても、すぐに口をひらく者はなかった。


「――…肉体がち、離れたあとは、その成長の程度・伸びた方向、霊質れいしつ水準すいじゅん次第しだいで……。

 ときには変形し、取りこまれたり、宿やどったりすることもあるようだが、多数は、さほど時をかけることなく散り消えるものだ(…――にも関わらず、この男の肉体と魂は~これは~、ありえぬほど、ばらついているのに、そこにひとところとどまり、のらりくらりと……。――まばらななかにきあいしあい退しりぞけあい。成りゆきまかせの衝突、不和ふわ軋轢あつれきを展開し、ゆらぎながら中途半端に人の外形……ぎりぎりの外殻がいかくたもっている)。

 ——彼のそれは、荒唐無稽こうとうむけいな霊的干渉かんしょうを、生来せいらい身魂しんこん――肉体とたましいが受けとめきれなかった結果ではないのか?」


 べられてゆく稜威祇いつぎの少年の言葉は、どこまでも彼個人の意見であり、自身の認識のもとに、見て感じたことの説明だ。

 疑問を投じようと誰かに解答を求めようとする種類のものではない。

 少なくとも、それまでは、そうだった。


たましい(コン)身体魄(ハク)むすびつきが切れずに維持いじされているのが不思議なくらいだ。そんな状態でも君は、まだ生きたいか?」


 を置かず、車椅子の青年の背中へ投げられた詰問きつもんに、かっと表情をいからせたのはアレンだ。

 一歩、二歩と、前へ出る。


「おまえ、なんてこと聞くんだよ…」


 セレグレーシュのとなりに並び立つことで、彼の正面があいた。

 防衛に使っていた盾をおろしたようなものだ。

 いっそう相手の実力を警戒するなかに、容赦ようしゃない言葉をびせられた青年連れ心境しんきょうを気遣っていたので、その糾弾きゅうだんはげしい反応ものにはならなかった。


 困惑こんわくが前面におしだされていて、元気がない。


 そんなアレンのとまどいなど素知そしらぬ顔で、稜威祇いつぎの少年は言葉を連ねてゆく。


「生きものは必ずしもそなえた可能性……寿命じゅみょうをまっとうできるものではない。

 産まれて、すぐいのちもある。成人しえずにたれる者も……。それにすれば(成人の様相その姿で、若返わかがえりを言われるくらいに生きたのなら……)君は充分じゅうぶんきたのではないか?

 ……それでも、まださきのぞむか?」


 約一名…――多少は、その言葉の意味するところや容赦ようしゃのなさを気にしつつも、ひたすら、その場の話やり取りが終わるのを待っている者があったが、それはそれとして——。


 現場にわせた半数——うた者と問われた者。それに、じりじりと終わるのを待ちわびている先述の一名、セレグレーシュ以外——がいきをのむような……。または、(息を)殺しているような、数瞬すうしゅんの沈黙のがあり…。


(…っこのっ! えらそうに――シナだって、このんでそうなったんじゃない! くならくで、聞きかたってものがあるだろうっ)


 逆上ぎゃくじょうしたアレンが抗議こうぎしようと口をわななかせた、ちょうどその時。

 われていた青年——シナが、ようよう口をひらいた。


「そうだな…。そう思うよ」


 その彼にとっては、ふり返るだけでも、けっこうな労力を必要とするので、車輪つきの椅子の背もたれに、より深く背中をあずけて。

 顔は前方に向けたまま、はるか後方。

 とびら付近ふきんにいるだろう詰問者きつもんしゃの追及に答える。


「たとえ、この子たちがわたしのもとをっても、ながらえるかぎりは…」


「なにを言うの。わたしは、なにがあったってそばにいる!」


 反発はんぱつしてはっせられた女性の声が、シナの発言をさえぎった。


 それが衝動的しょうどうてきかつ劇的げきてきすぎたので、おくれをとったアレンが、その原因である旧知きゅうちの女性にめたまなざしを投げる。


石をもらう前シナが寝てた頃は、ぼろくそだったくせに……。

 けものあつかいして、荷物にもつだからって、なにかっていうとてようとしたし……)


 しらけた態度をとりつつも、合致する同一の思いを言葉にしそこねた彼のまなざしが、恨みがましく、不平ふへいそうだった。

 そこに、ぽそっと。


「少し…話させてくれ」


 車椅子の青年が希望を告げたので、皆が口を閉ざし、深い呼吸三つほどの沈黙のが生じる。


 そうして。

 思考を整理した車椅子の青年、シナと呼ばれる男が、ともすれば、かすれてしまうのど調子ちょうしを意識的にととのえながら、自身の考えをかたりはじめた。

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