第1話.石の行方 ~いしのゆくえ(3年ほど前/その彼を見失うか見失わないかという頃の些末事です)~

石の行方.1


 ――おまえ、《ルス・カ》のが連れていった子だろ……


(――…え?)


 ――やしない子だ。《ルス・カ》の《トンボ》の。


 ――…な、に…? やしないご、って……。なんのことだよ…。


 ――《セレス》(が)死んだとき、そのへんでひろわれた赤ん坊……。

   おまえ《セレス》だろ! 東から、来たんだろ!


 ――…違うよ。オレは…。…そんな名前じゃない。人違いだ……。


 ――違うのか? あの男(カゲローとかいう奴)、《トンボ》がおなじ名にした……つけたって…とかって……と、ともかくっ!

   名前なんて、なんでもいい。違って(も)いい。オレ、おまえに頼みたいこと(が)あるんだ。いっしょ(に)来てよ。会わせた(い)人(が)いる……――




 わずかに灰色をおびた乳白色にゅうはくしょくの髪。

 その双眸そうぼう墨汁ぼくじゅうを少しだけ薄めて何色なにいろか混ぜこんだような……

 黒に近いのに純粋な黒とも言いがたい、濃く複雑ないろどりで…――


 きわめつけは、血管の色さえうかがえない雪のごとき発色の肌と、発音が不安定で言いまわしが性急に……時には婉曲えんきょくにも聞こえる言葉のつたなさ。


 それは、彼より二つ三つくらい若そうな……ようやく、十代になろうかという年頃の少年だった。


「――そこまで来てる。けど、思うように動く、むずかしいむずい…。いっしょに来て。そんな遠ない(から)……頼む! お願い…!」


 道端みちばたに配置してある商品の前から客足がとお退いた。

 その白い少年が現れて、そこにとどまってからだ。

 なんの騒動だろうと……人々が遠巻きにこちらの動向をうかがっている。

 となりあう露店ろてんも、その巻き添えをくっているようだ。


 ここは亜人にも(悪さをしなければ)おおらかな反応をみせる町なのだが、〝一歩も退く気はない〟というようなその少年の姿勢のせいだろう。

 強いのか弱いのか、害の有る無しが不明でも、その種類の存在の可能性をそこそこ知っていれば危機意識くらいは働くものだ。

 腰を低くしていようが、赤の他人に切羽せっぱつまったようすでせまられれば、人は大なり小なりその魂胆や気質、能力の程度を警戒する。


 緊急を感じさせるおもむきがあっても、なにかに追われているとか、襲われている、病人がいるというような背景事情が推測できる場面でもない。


 いささか気にさわるいいがかりを投げつけられた上に、ことのほか不透明なこの状況。


 からまれているとしては、関わりあいたくなどなかったのだが……。

 簡単に退きそうにない。

 このままでは世話になってる夫婦の商売にさわってしまうだろう。

 ちら、とその方をうかがうと、ようよう成人になろうかという歳のその女性(婦人)と目が合った。


 やはり不景気な顔をしている。


 そこには言葉にはしなくても解決を催促するような、もどかしさととまどい。苛立ちが表れていた。


 なので、しかたなく。

 彼は渋々ながら、相手の要求を受けいれて露店を後にすることにしたのだ。



 そうして。

 彼が案内されたのは、町外れの茶舗。


 郊外へと続く三叉路さんさろ。その路傍ろぼうめ、道を往き来する旅人や集落から出て作業仕事する者たちに軽い飲食物と開放的な日陰を提供するものだったが……


 人がそのあたりを避けて通りそうな独特の雰囲気に、彼の防衛本能が警鐘をかなでた。


 あきらかに混ざりものと分かる案内の少年より、危険そうな奴がいる。


「あー、やぁっと戻ってきた! ほいほい居なくならないでよ。心配するじゃない」


 緊張感に欠ける若い女性の声に迎えられたが、それではなく…――


「見つけて連れ(てき)た」


〔ふん…。やはり、生きていたか……〕


 彼の姿をしゃに見とめ、その人種の言語で独りごちた銀色の髪の若い男。


 純粋なその種ではなくても、それに近い存在なのだろう。生来の魔性を垂れ流しにして、まったく抑えようとしていない。


 麦湯でのどうるおしているだけなので、いまのところ害はないが、少しでもその人の気に障ることをすれば、はり倒されそうな威圧的な空気……示威しいをまとっている。


「会わせたい人って……」


「ん。こっち」


 彼をここへ招いた少年が示したのは、その銀色のの男ではなく、かたわらに寝かされている、小柄で太い白髪の人物だ。


 女ひとりに……おそらく男が――

 ここに彼を案内した少年と、布団が敷かれた簡素な荷車に仰向けに横たわっている白い髪の……おそらくは青年。

 それに、その片側。簡易椅子に腰かけてくつろいでいる成人といってもよさそうな風体の銀色の頭の危険人物で――三人。


 男女合わせると四名。


 若い構成で、ほかに客はいない。


 白い少年にしめされた白髪の人物は、ただ安らかに眠っているように見えたが……それは表面外装だけだ。


 背丈が小柄な成人女性程度で肌がつるんとしているので、子供や若造に見えないこともないのに、どことなく老けを感じさせる個体で、胴回りだけが変にふとく、丸々としている。


 内部の均衡のいびつさ、さながら丸太のような体型の不自然さを気にしなければ、そのほんわかした容貌は上質な品格を備えて、小綺麗ですらあったが……


(…なんだか、この人これ…中身と外見が一致いっちしてない…――ぼろぼろだ。こんなんで、よく……)


 そこにおぼえた違和感に彼が眉をよせていると、ここまで彼を案内した少年が話しだした。

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