石の行方.2


「《霊石れいせき》と《白石しろいし》……《白魔石はくませき》の事故で、こなった。なおせない(かな)?」


「治すって……なにを?」


「セレスじゃなく~なく~ても、おまえ、その子供かなにかだ(ろう)? なら、治せる(かも知れない)」


「オレの親は、どっちもそんな名前じゃない」


「(だけど)その髪と目(は)……。とにかく、て。〝のセレス〟は、〝〟の事故で出た鬼婆おにばばなおして、健康な女の子に変えた(んだ)。同じ色のおまえは出来る(かも)…」


「それって……。オレに話したって仕方ないだろ。《ひひらのせれす》とかいうやつに頼…」


「行った! 行っ(てみ)た! けど、あの里には…。《ひひら》にはもう(居)なかった! (それ)で…。とにかく、ちゃんと診て! ためして無事にシナを助けて(よ)! …ずっと……もう、五年も眠りっぱなし(なんだ)」


「ほぼ六年よ、レン。でも、人違いなん——…」


「うるさい。(いっしょになって)頼まないなら、スミレは黙れ」


「む…。とにかく、冷静になろう? その人がセレスの子供だったとしても、おなじ事ができるとは限らないじゃない。いまさら反対まではしないけど、本気で助けたいなら、いつまでも亡霊追いかけていないで、こんな現象にくわしい人を捜すべきよ」


「でも、やっと見つけた…。緑色の青白いのなんて、そうは…――」


「亜人の色なんて、あてにならないよ」


「似ることだって…(あるだろ)。ひろわれた(が)同じ髪の色だって、あの万屋よろずやのカゲローとかいうの(が)……」


(…かげろう? ……。…)


 ふたりのやりとりを傍観するなかに、記憶にひっかかる呼称が耳にはいった。

 困惑し、とまどいをおぼえたが、そんな泡のような感覚よりなにより目の前でくり広げられる口論にれていた彼は、我慢しきれずに主張する。


「オレの父さんは、ト……もかく、どっちも…。おまえの言う名前じゃないし……。トンボもカゲロウも、あのへんじゃ、ありがちなあだ名、通名だ。変わった色のやつだって、探せばきっと、いくらでも——…」


 抗議も半ば…――不意に次の言葉を吞みこんだ彼は、そこでいきなり身をひるがえした。

 目を向けた方面。遠方に気になるものでもあるのか、その場立ちに町の方角をあおぎ見ている。


 その彼——緑かかった水色の髪の少年は、多色が散らばる赤ワイン色の瞳をさらに見ひらいて凝らし細くすがめると、面倒そうに、ちらと視線をもどした。


「オレ、もう行くよ。とにかく人違いだ」


 性急に告げるともなく、いま来たばかりの道を逆にたどって、走りだす。


「あ…! 待てっ」


 すぐにも雪のような肌をした少年が追いすがろうとした。だが――

 肉眼には見えないなにか圧力に勢いをさえぎられ、押し返されてその足をもどす。


 とにもかくにも、ひじで押しのけ進もうとするが、まったくといっていいほど前へ踏みだせない。

 たたらを踏み、行こうとしても空気のようななにかに阻害されて先へ進めないのだ。


『くの…こんのっ……』


〔やめておけ。おまえには捕まらない〕


『なんで…?』


 銀髪の青年の忠告をうけ、不可解な空気抵抗をその男の仕業と思い込んだ白い少年が、ムキになって言葉を投げる。


『なんで、とめるんだよ。いま捕まえておかないと…! 次は、こうはいかない。きっと、聞く耳もたなくなる。やっと見つけたんだ。なのに、あいつ……。まともに診もしないで……』


 その口から成されたのは、その子が生まれ育った里の言語だ。


〔その言葉でわめかれても、半分も理解できないんだが……(まぁ、こいつが言いそうなことなんて、だいたい予測がつくな……)〕


 事態の流れから、はき違えた抗議をこっちに向けているだろうというていどの認識なので、その銀色の髪の青年の憶測は半分もあたっていない。


 そこで『まったく…』とか言いながら口をはさんだのは、栗色の髪を左肩にゆるく編みまとめた成人まぎわの女子だ。


『あの子の言うとおり。見当違いよ』


 黄の斑点のはいった茶褐色の双眸に、冷めきった表情を浮かべている。


『あんたほどじゃなくても、セレスって人、日焼けしないって言ってたじゃない。歳だって、あんたとそんなに変わらなそう……。あれが目当ての赤ん坊なら、あんたの方が、ふたつみっつ上でしょうけど』


『スミレは黙れ。セレスの子供なら、べつにおかしくないし、出来ないとは限らないんだ』


『その呼び方、むかしを思い出すからやめてって言ってるでしょう!』


『じゃ、パンジー! ヴァイオラ! オラだからオラオラ!』


『パンセと呼んでよね、〝ちち〟ちゃん!』


『よりによって、それを…』


 視界のはしに補足した標的の姿が、まばらに屋並みが認められる町のはじまりにまぎれて見えなくなると、ミルクのような肌を備えた少年は、同郷の女性との底の浅い言い争いを放棄し、いっぽうの銀髪の連れに不服を訴えた。


銀笹ぎんざさ! なんで邪魔する(んだよ)」


邪魔などしていない〕


「捕まらない(って)、なんで(だよ)。おまえでも無理(なのか)?」


〔さてな。それより…、客が来たようだぞ?〕


「客?」


 白い少年が発した単語に茶店の店主が反応し、身を乗りだしていたが、とうの《お客》は、その店先で幅を利かせている四人の先客に用があるようだった。


 さきほど逃がした青白い髪の彼とさほども変わらない年頃に見えるその新手は、仲間連れに守られるようにして横たわっている白髪の——…いっけんには若者然としていながら、胴が不健康に太く、四肢が異様なまでに細い男を見おろすと、出しぬけに告げた。


「これは、いまの彼の手にはあまると思う……」


 その少年が、それと察した時にはかなり近いところ――さっき逃走した少年がいたあたりまで来ていたので、銀色の髪の青年と横たわっている白髪の青年をのぞく残りのふたりが、意表をつかれたようすで目をみはっている。


「手にあまるって…。おまえ(は)?」


 状況を持てあました白い少年が気圧され気味にたずねると、相手の少年は、持っていた球形の細工物のふたけて見せた。


「これを…」


 通気性の良さそうな香炉風の細工の内側。緩衝材クションとしてあるなめらかな布地にかばわれながらに鎮座していたのは、成人女性のこぶしほどの大きさがある琥珀色の石だ。

 表面が滑らかで透明度が高いようなのに、不思議と向こう側が透けて見えない鉱物で、いびつな楕円形をしている。


「これはおそらく……。《六花リッカ》というはずれの村里で、《癒石ゆいし》と呼ばれていたものだ。その村の人間が穏和になり、長生きするようになったのは、この石をまつるようになってからだと云う……。《和玉にぎたま》《星の心髄しんずい》《太陽の石》……《生命いのちの石》とも呼ばれていた」


 ぱたと。石が収められている細工のふたが閉じられる。

 付属の鎖をつかみ、つるす状態に持ち直した少年は、それを彼らの方へ差しだした。


「効果があるかも知れない…」



 いっぽう。

 集落の方面へ向かった青い髪の少年は、ひらけた農地の中。まばらに家屋が点在てんざいするひなびた路地を右往左往していた。


「うー…っ、おっかしいなぁ…。いたと思ったんだけど……」


 きょろきょろと、目指す姿を視界に捜している。


「――…。ヴェルダぁ……いないのかぁ?」





 ▽▽ 予 告 ▽▽


 ここまで少々、過去にさかのぼりましたが、次には現在にもどります。

 間章は、そのものを《章》にみたてている(というか、そうすれば、そうなるのかなと思う)ので《話》の形式で進めることにしました。

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