第2話.Failure Mode ~フェイルモード~

Failure Mode ~フェイルモード~.1


 ――物体を準ずる空間に収容する構成の基本法印。


 使う道具は、片手でまとめ持てるサイズの紺色の正三角錐せいさんかくすいが四個。

 それに……

 準じる空間にくらます目的で庭からひろってきたきた小石がひとつ。


 まず、小石を卓上に置く。

 そして心力を注いだ紺色の正四面体/三角錐さんかくすいを三個——小石を中心にかこう状態に三方向、等間隔とうかんかくに配置する。


 仕上げに残りひとつの三角錐さんかくすいを小石の真上、三方さんぽうに配置したほかの三個とつり合う高さにえ置くのだが……。


 その少年が手放した仕上げの法具をふわりと定位置に誘導すると、その下方。前もって配置されていた三つの三角錐さんかくすいが、ずぃずぃと外側三方向へすべりだし、ぽてぽてと卓上からころげ落ちていった。


 過去の経験から、そうなるだろうと予測していたので、慎重に慎重をかさね、そそぐ力を加減したのだが…――ふっとんで行きはしなくとも、失敗は失敗だ。


 この段階にあっては成せるのがあたりまえの作業で……さして注目することもなく、そのへんで時間を潰していた門人らがどよめいた。


「なんで失敗するんだっ…!」


「え、《四面囲しめんがこい》だろ? 失敗したのか?」


「あ……いや。調子悪くて手元(が)狂ったのかも(しれない)――一度に組みあげないで、ひとつひとつ配置してた」


「調子の問題か? 《球》とか《輪状回転体ソリッド・トーラス》ならまだしも、あんなの初歩だろ。《柱体ちゅうたい》でも《半角柱》……《逆プリズム》でもない。あんなんでつまづいてたら、法印なんて組めないぞ」


「あんたはその都度、けていたものねー」


うるさいうっさい! 過ぎたことだ」


 内々の、ささやきに近いやりとりだったが、それは評価の対象となっている緑かかった青白……青磁色せいじいろの髪の少年の耳にも届いていた。


 前段階で、さんざんこころみながら成し得なかった自身の不足技能。

 指摘する彼らに悪気がないことはわかっていても、それをためされていた、とうのセレグレーシュは深く落ちこんだ。


 誰よりも近いところでは、日焼けしたひたい柄物がらもののバンダナを結んだ金髪の講師、カフルレイリがなんとも言い表しようのない顔をしている。


「…この段階の通過テストは、誰が担当したんだ?」


「スタ師範」


「あぁ、あの人か。考えてみれば、そうだな」


 講師の反応に〝合点がてんがいった〟というようなけはいを見たセレグレーシュである。

 この技能の不足で手こずされながら、自分を次の段階に進ませてくれた恩師を擁護ようごしたくなって、事情を口にする。


「なにも入れなければ組めるし、仕上げの防御方陣はできたから、かまわないって……」


「これはその形式を組むための基本。構成を固めるための基礎だろう。そっちが組めるなら、どうして…――いや、わかった。なら、組めるっていう《一天十二座いってんじゅうにざ》の配置を見よう」


🌐🌐🌐 


 …――法の家の敷地の中枢ちゅうすう界隈かいわい法具店ほうぐてん本店――。


 おとずれた少年がカウンター上に手放した四個の四面体――小さな紺色の正三角錐。

 それが、カタンカタン、パタンと回転しながら散らばってゆく。


 本来、使っていない状態であれば、内部中央に下向きの正三角の空間を残して、自的にひとつに組み合うもの。

 それが、動作に導く心力活力が散らされた後なのに、まとまることなく着かず離れずの位置に移動したところで動きを止めた。


「あらら……これは誰の仕業?」


「オレです。すみません」


 それをはなったセレグレーシュがこころもち頭をかたむけると、カウンターをさかいに、こちらと向こう側にいた双子の姉妹は、それぞれ違った反応を見せた。


「はん、そうだよねー。またやっちゃったかぁ。こうも簡単に狂わせるなんて、あなた、法具士の素質もありそうね」


 明朗に受けながしたのは、カウンターの内側にいる姉の方だ。


「そのうちクラッシャーと云われること受けあい! 一度、法具士こっちの適性、確かめてみない? 救いようがないタイプでなければ、大成するかもしれないよ?


 肩をかばう長さの髪のサイド部分をそれぞれ右と左に留めて、結ぶでもなく自然な感じにおろしている。


 いっぽう。

 カウンターのこちら側――セレグレーシュの右隣にいる妹の方は、こころなしか頬を赤く染めながら、卓上に散らばった法具を興味深そうにのぞき込んでいた。


 髪の長さは姉と同程度でも、妹の方は両サイドをそれぞれねじりまとめて後頭部の中間ほどの高さにもってゆき、ひとつにまとめおろしている。


 どちらも彼よりわずかに低い程度の背丈で、女子にしては、いくぶん高めだ。


 黄金の粉をまぶしたような真珠色の髪に、スカイブルーの瞳。

 その瞳孔は、その一族に顕著けんちょ特徴とくちょうとされる奥深い群青色をしている。


 髪型と服装装いをのぞけば、顔も体型も瓜二つで、十七、八くらいのよわいにしか見えないが、ふたりとも法具の生成・管理を生業なりわいとする《天藍てんらん理族りぞく》。


 法具の専門家――《法具士ほうぐし》である。


 黒髪に黒い虹彩が、九割ほどを占めるその一族には珍しい配色だったが、彼女らのような例外もないわけではない。


「内部合一するはずの軸が外部にずれちゃって(い)る……」


 生真面目につぶやいたのは、法具の作成・研究することに専念しがちで、あまり表に出てくることがない妹の方だ。


 最近は店に用があるのか、姉に会いに来てるだけなのか――このあたりでよく見かけられるらしい。


こわしてすみません」


「うぅん。謝ることない。謝られるようなことじゃないもの。量産規格じゃ、あなたの力を受けとめきれなかったってだけのこと。《ペリ》による前例がないわけじゃないし――なにか……容量以上のものを収めようとしたの?」


「いや…。小石の《四面囲しめんがこい》なんだけど」


 ふと。驚いた様子で小首を傾げたその子――妹の方――は、いま耳にしたセレグレーシュの解答に直接コメントすることを避けて、独自の感想を口にした。


「……訓練用の規格品も改良の余地がありそうか……ん…(――理力上限の底上げ……う~ん、多少上げたくらいでは足りなそうだし、質量的にも無理がある。どうしたらいいか……って。この道具これにこだわらず、他の法具を使えばいいだけの話じゃない。……でも、これって規定ノルマだよね。なんとかできないかな…)」


 熱でもあるのか、ちらり、ちらりと、セレグレーシュを盗み見る、その子の頬が紅潮こうちょうしている。


「――いい機会だから見直してみるね」


 亜人……《天藍てんらん理族りぞく》としても、闇人……稜威祇いつぎの血か濃いといわれる二者の本名が表に出されることはないが、組織内法の家では、〝エアリア姉妹〟で通っている。


 たがいに〝ジーちゃん〟〝ラパ姉さま〟と呼び合っているので、そんな印象の名か渾名あだな、通名なのだろう。


 明朗で快闊かいかつな姉の方がいつにも増して上機嫌で、妹の方が赤い顔をして妙にしおらしく微笑んだりしている。


 いっぽうは、この店でかなり頻繁に見かけられるが、セレグレーシュとは店員と利用者という関係――それ以上の接点はない。

 妹の方などは、その場的に、一、二度、言葉を交わしたことがあるだけだ。


 いま、現場の空気に微妙な違和感として感じられる気配――それがどういった流れによるものなのか理解できるほどその人達のことを知らなかったので、なんとなくスッキリしない感覚を覚えつつ――…

 ひとつ、備品の返却を済ませたセレグレーシュは、残りの目的を果たそうと、所持していたクリップボードから一枚の紙面を外してカウンターに差しだした。


 必要物の注文リストだ。


 紙面の下部には、カフルレイリ講師の署名がある。


「こんなもの、どうするの?」


 たずねたのは、カウンターの内側にいる姉の方だ。


 ちらと視線を向けただけなので、その内容を全て把握して出した意見なのかは不明である。


 直接的な注文品は、ほんの二点。

 ただし記述そのものは、その限りではなく、さらに先がある。


「明日、昼休みに補習してくれるから用意しておけって」


 それと聞き、わずかに頭をかたむけた姉妹の間で、深度不明な視線が交わされる。


「あと、これ……。今日、オレが壊した第八実習室の法具の補充依頼……」


 セレグレーシュが差しだした紙面の下部を示す。

 そちらの文面は行数が二桁におよんでいた。


「それは生徒の仕事じゃないでしょう」


「〝行くならついでに提出してこい〟って。ここに出せば回収し片付けてもらえるし、備品を補填する方にも通達まわされるから(一石だ)って……」


 壊したものは、ひとつやふたつではないのだ。


 なかには細分化され、原形をとどめていないものもある。


 扉のすべてに〝立ち入り禁止入室/厳禁〟の札がおろされたその実習室の一郭いっかくでは、いまも空中を浮遊する複数の法具の破片が舞い揺らいでいるはずだ。


 セレグレーシュが申し訳なさそうに肩を落としたところで、さっと動きをみせたのは、カウンターの内側にいた姉の方。


「まぁいいわ。こっちは訓練用でなくてもいいのね……(と、言っても…これの訓練仕様は、なかったと思うけど――…いずれにせよ、教え子に報告させるなんて職務怠慢ね)。持ってくる」


 紙面をさらうように手にした彼女、《エアリアあね》は、奥へと身をひるがえした。

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