Failure Mode ~フォールモード~.4


 真昼過ぎの自由時間~小閑~

 《家法の家》の南部界隈かいわい

 大食堂と南の図書棟の間に広く展開する庭にあって、門人がまばらに行き交う中。

 そのふたりは、いているベンチの前の一隅いちぐうを占拠して向き合っていた。


だけ…」


「そう。対象にそえて、そそぐだけでいい」


 そんなふうに訓練や自習めいたことをしていると、この家の人達はあまり近寄らない。

 むろん、用があれば割り込みも入るし、野次馬的な知己が寄りつく場合もあるが、今日のところはそのどちらもなかった。


 青磁色の髪をした少年が手にしているのは、にぎこぶしていどの大きさの無色透明な球体——彼自身が前日法具店で用立ようだててもらった《法具》だ。


 対峙たいじして立つ講師と彼の中間の路面には、一辺が三〇センチほどの平べったい箱が無造作に置かれている。


 講師の指示にしたがって、青磁色の髪の彼――セレグレーシュが持っていた球体を箱の上に乗せ、心力をそそぎこむ。


 ともなく。彼の手もとの球体は、八つの同形無色の玉を生みだし、わずかに遅れて、さらに五つ放出した。

 彼の手のひらの下にあるのも合わせると十四個になる。


 はじめにしょうじた八つが散ってゆき、角をとらえるともなく、対象である箱が、にわかに浮き上がり地面を離れた。


 次いで、後にまれた五つが、親となる玉がある箱の上の面をのぞくそれぞれの面の中央に、いそいそと移動してゆく。


 すぐにも効力を発揮し、かこった箱を準ずる空間に秘めかくすはずだった道具は、そうして平箱の捉えるべきポイント——面と角——を正確にとらえ抑えたところで、ぐわんと震えたかと思うと、しゅっと、あるかなしかの摩擦音まさつおんを発し、彼の手のひらの下——箱上面じょうめんしゅとなる玉を中心軸として、ぐるりと平面的につどう状態に落ちつくことで静止した。


 それぞれの面の中心位置ポイントに留まるはずだった五つが、接触しないくっつかぬまでも使用者の手のひら直下にある主なる球体のまわりをかこみ、

 残り(一度は角をとらえた八個)が、その周囲にちらばって、一定の間隔をおきながら、同心円状に浮いている。


 準ずる空域に秘匿ひとくする予定だった箱は、わずかに空中に浮いた状態のまま、隠されることなくその下方にあった。


(……。心力が足りてるのに、これで失敗した奴なんて初めて見た。もしかしてと思ったら、そうだったということなんだろうが、それにしてもこれは……)


 カフルレイリは、手応えを理解できないようすでこちら彼の反応をうががい見ている教え子の視線をひろうと、ともなく、


「う~…むぅ」と。


 うめいた。


「…オレ、なにかなんか間違えました?」


「そうだな…。おまえ、物体ものを隠すことにトラウマでもあるのか?」


 問われたセレグレーシュが視線をおとした。

 そこには彼が手をそえている玉を主軸中央として、二重の円を形成してかたち作っている複数の球体がある。


 分裂した当初、主となる球と同じサイズに見えたその透明な玉は、現在いま

 ――内側に集った五つが総じて半分程度の大きさに萎縮いしゅくし、外側の八つは二割増し膨張ぼうちょうした状態で箱の上面からも外れながら、空中に真円しんえんえがく位置に浮いていた。


 ほぼ平面といってもいい配置だが、外の輪郭を形づくる球の高度がわずかに低くなっているので、軸となる球体を頂点に、ごく浅い小山を造っているような状態だ。


「それは一定量以上の心力が満ちれを受けとめれば、独自に対象の形質をとらえ、準ずる身近な空間に収容し、執行者につきうものだ。はじめにも言ったが、対象によってはバランスを調整したり馴染ませる手順も生じるが、素材の特徴を読んで計算する必要はない。単純なようでも芸の細かい法具で……カラ六面体~箱~であればやすいものだ。台形だろうと菱形ひしがただろうとな。球体や円柱、六面以外の多角、矩形くけいとなってくると、ひと工夫必要になってくるが、この空箱~これ~は特に癖のある素材・内容でもない。結論として、対象がそれなら、《光球こうきゅう》や《発熱盤はつねつばん》使うのと、さして変わらない感覚のはずなんだが……」


 そういった種類の法具があるのは座学でならっていたので知っている。

 いくつかもちいたこともあるが、この法具を手にしたのは、これがはじめだ。

 セレグレーシュは、手元の透明な球体の群れに視線を落とし、半信半疑のていでつぶやいた。


「力が足りなかった?」


「いや。そいつは、足りない段階で停滞する。もどすにはめた心力支配力を散らすだけでいい。だが、おまえは……。——法具の性質をねじ曲げたな?」


「…え?」


 自覚がないのか、わけがわからないという顔をしているセレグレーシュを視界に、カフルレイリは深く息を吸いこみ嘆息した。


(道具をだましてるよなー……まぐれなんて、まず、ありえない。法具の性質を精確に把握はあくし、制御できていなければ不可能だろうに。修練用じゃないにしても、こうまで痕跡こんせきを残さず、も置かずあざやかに……なんて、誰にもできることじゃないだろう。わざとやってるとしか思えない。無自覚なのか、うそぶいているようにも見えないが…――つくづく、めたくなるのに褒められない奴だ)


 思案しながら――再度、息を吐きだすともなく、いらだちのもとに行動を示唆する。


「いいからめた力をらせ。また法具がゆがむ。おちょくってるのか、そうでないなら、まじめにトラウマがありそうだ」


 セレグレーシュが心力を散らすと、分離していた透明な球それらが動きだし、それぞれ対象である平箱の面と角をとらえてから、彼の手の下にブドウのふさのようにつどった――その時には、主となる球体と同じサイズに補正し直されている。


 最終的に次々に融合ゆうごうし、ひとつの球体となる。

 そこで、ようやく浮力をうしなった箱が、これという衝撃もなく、ふわんと柔らかい動作で地面におりた。


「オレ、ふざけてません。思いあたるようなこともなくて……。でも、エアリア姉妹にも似たようなこと言われました」


 一連の流れを目で追いながらに告げた彼、不本意な指摘を認めぬまでも、しぶしぶ受けとったセレグレーシュは、見るからに意気消沈している。


「癖というよりは、そうだろうな……(相変わらず、散らす手際てぎわは見事なものだ――瞬時に複数の手順を外さずこなしている。はしょり方を知れば、もっと速くなりそうだが、わざわざ覚える必要もなさそうなほどだ。歪曲わいきょくした部分もなんなく処理しているってことだろう……となれば、法具を騙していないという主張が虚実にしか思えなくなるが…――いずれにせよ、いい使い手になりそうなんだがなぁ。……のではんじゃ意味がない。これは、へたに訓練するより、そっちをなだめて克服こくふくするが先だな……)」


 講師が再度、息を吸いこんで吐き、こころもち肩を大きく上下させたので、セレグレーシュも、そっとあるかなしかの吐息をついた。


「形は組めるが物体を収めようとすると失敗する……これがトラウマでなかったら、誰が相手してやるかって場面だ。(対象が)生きものだと失敗する奴は、よくいるが……。おまえ、本気でこの道、おさめる気があるのか?」


 真顔で問われたセレグレーシュが、まっすぐ視線を返す。


「誰にでも得手苦手はあるが、これは移動する時、荷物が増えるというだけの問題じゃない。隠蔽いんぺい秘匿ひとくは、封魔法印において稜威祇いつぎや妖威をかこう《中枢コア》を築く上で…――それを支え隠す場面でも必要不可欠となる技能のベースだからな。体調を崩しているわけでもなく心力は充分あって、理論や空間認識で遅れをとっているわけでもない……――法具を持てあましてるのかと思えば、物体ものさえ収めようとしなければ、むしろ、たくみで……となれば~なら~、出来ないわけがないんだ――磁石の…《一天十二座~初歩~》の防御方陣は築けるのだからな。あの精確さ、容量の幅、柔軟さ……腕前は褒めてやる。この前の試験では、自分だけではなく稜威祇いつぎもその内に入れて築いたと聞いたぞ?」


 こころもち硬い表情で指摘するカフルレイリの青い双眸が、教え子の視線を捉え続けるなかに細くすがめられた。


(まぁは……二重の立体面――底面以外は二重サッシのような構造で、遮断面となる境界……障壁の内部空間も、比してはるかに三次元に近く、うちはそのままで…――だからってことなのかも知れないが……。あんな用途が限られている技、単調な構成に稜威祇いつぎを収容し、安定させるなんて……。稜威祇いつぎのタイプ、存在のし方ありかた・能力のまとまり、性質によるとしても、ふつうは思いつかない……)


 どう考えあわせてもなっとくがいかないカフルレイリの表情が、こわばりを増す。


(――これの主張を信じるなら、そうしようと鍛錬したわけでもないというし……大した感受性に瞬発力…。分析力、識別力、演算力、対処・応用力なんだが……。突出していそうなのに、どこをどう間違えるとこうなるんだろうな? これの遥か上をゆく知識・感覚に裏打ちされた故意こいとしか思えない……)


 教え子を疑いたくはなくても――いま知り得るもろもろの事象と現実を照らし合わせると、虚実そうとしか思えないのだ。


「どうしてそんなに、亜空に物体を隠すのが嫌なんだ?」


「嫌とか、そういうそうゆうのでは、ないと……」


「じゃあ、なんだ?」


「……わかりません」


「わからないなら自覚するしかないな。抵抗くらいは、おぼえているんじゃないのか?」


(抵抗……あるのかな? オレ……。…?)


 重ねて問われたセレグレーシュは、その都度、自身に探りを入れていたが、これと言葉にして答えられるような明瞭な考えは浮かばなかった。


「封じる行為のマイナス面ばかりを見ないことだ。隔離することで守られるものもある。内にも外にもな。法印の《むろ》、《コア》は、その中にいるものを保護するものでもあるんだぞ?」


 ――中にいるものを保護するものでもある……


 その言葉で思い起こされたのは、北東の湖のほとりに封じられている少女のありようだ。

 いましめを解いて、外に出してしまえば、すぐにも息絶えてしまいそうだった傷だらけの姿を…――。


「だけど、あれは……」


 あの時、そのままにしておくことを選択した彼だが、そうしてしまったことに疑問をおぼえないこともないのだ。


 これという案があるわけではなかったし、善悪――良いとか悪いとか、人としてあるべき徳・社会性がどうだとかいうのではなく、それ以前にもっと自然で道理にも適う方法があるのではないかと。


 物理的には時の流れの干渉を受けない特殊な境地……凍結・麻痺に似た状態であろうと…――異なる視点を備えていそうなあの娘の場合は、きっと、幻視痛に類似するものがあるだろう。


 時間軸を越えて客観的に見る素養を備えているので、時には、そのように存在する自身の状態が見えてしまうのだ。


 肉体が麻痺し、じっさいに痛みを感じるわけではなくても、その時の衝撃や感覚が想起もされる……受けとり方によっては持続しているようなもの、その都度、思い知らされるようなもので…――。

 逝く者が逝き、生きる者が生きる自然に反する状態だ。

 いっそ、楽にしてやるべきだったのではないかと考えたりもするのだが……。


 それはそれだ。

 亜空に物体を収容することに対するためらい、逡巡しゅんじゅんにはならない。


 セレグレーシュの中には、それが基因……理由ではないという確信が不思議とあった。


「少しは見えてきたか?」


 思案に沈む教え子のようすを手応えと判断したカフルレイリが満足そうに笑ったが、セレグレーシュとしては、そうだとそれとして受け流すこともできない。


「でも、オレ、べつに抵抗があるとかじゃなくて……」


 彼がうつむきがちに主張すると、講師は、視界を閉じぬまでもますます双眸を細くして教え子を見おろした。


「そうか。いずれにせよ、よく考えてみることだ。これは、まわりがどうこう出来ることじゃない。おまえ自身の問題だと思うぞ」

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