Failure Mode ~フェイルモード~.4
真昼過ぎの
《家法の家》の南部
大食堂と南の図書棟の間に広く展開する庭にあって、門人がまばらに行き交う中。
そのふたりは、
「こめるだけ…」
「そう。対象にそえて、
そんなふうに訓練や自習めいたことをしていると、この家の人達はあまり近寄らない。
むろん、用があれば割り込みも入るし、野次馬的な知己が寄りつく場合もあるが、今日のところはそのどちらもなかった。
青磁色の髪をした少年が手にしているのは、
彼自身が前日法具店で
講師の指示にしたがって、青磁色の髪の彼――セレグレーシュが持っていた球体を箱の上に乗せ、心力を
ともなく。彼の手もとの球体は、八つの同形無色の玉を生みだし、わずかに遅れて、さらに五つ放出した。
彼の手のひらの下にあるのも合わせると十四個になる。
はじめに
次いで、後に
すぐにも効力を発揮し、
箱
それぞれの面の
残り(一度は角をとらえた八個)が、その周囲にちらばって、一定の間隔をおきながら、同心円状に浮いている。
準ずる空域に
(……。心力が足りてるのに、これで失敗した奴なんて初めて見た。
もしかしてと思ったら、そうだったということなんだろうが、それにしてもこれは……)
カフルレイリは、手応えを理解できないようすでこちら彼の反応をうががい見ている教え子の視線をひろうと、ともなく、
「う~…
「…オレ、
「そうだな…。おまえ、
問われたセレグレーシュが視線をおとした。
そこには彼が手をそえている玉を
分裂した当初、主となる球と同じサイズに見えたその透明な玉は、
――内側に集った五つが総じて半分程度の大きさに
ほぼ平面といってもいい配置だが、外の輪郭を形づくる球の高度がわずかに低くなっているので、軸となる球体を頂点に、ごく浅い小山を造っているような状態だ。
「それは一定量以上の心力
はじめにも言ったが、対象によってはバランスを調整したり馴染ませる手順も生じるが、素材の特徴を読んで計算する必要はない。
単純なようでも芸の細かい法具で……
球体や円柱、六面以外の多角、
結論として、対象がそれなら、《
そういった種類の法具があるのは座学で
いくつか
セレグレーシュは、手元の透明な球体の群れに視線を落とし、半信半疑の
「力が足りなかった?」
「いや。そいつは、足りない段階で停滞する。もどすには
——法具の性質をねじ曲げたな?」
「…え?」
自覚がないのか、わけがわからないという顔をしているセレグレーシュを視界
(道具を
まぐれなんて、まず、ありえない。
法具の性質を精確に
修練用じゃないにしても、こうまで
無自覚なのか、うそぶいているようにも見えないが…――つくづく、
思案しながら――再度、息を吐きだすともなく、いらだちのもとに行動を示唆する。
「いいから
おちょくってるのか、そうでないなら、まじめにトラウマがありそうだ」
セレグレーシュが心力を散らすと、分離していた
最終的に次々に
そこで、ようやく浮力を
「オレ、ふざけてません。思いあたるようなこともなくて……。
でも、エアリア姉妹にも似たようなこと言われました」
一連の流れを目で追いながらに告げた彼、不本意な指摘を認めぬまでも、しぶしぶ受けとったセレグレーシュは、見るからに意気消沈している。
「癖というよりは、そうだろうな……(相変わらず、散らす
講師が再度、息を吸いこんで吐き、こころもち肩を大きく上下させたので、セレグレーシュも、そっとあるかなしかの吐息をついた。
「形は組めるが物体を収めようとすると失敗する……これがトラウマでなかったら、誰が相手してやるかって場面だ。
(対象が)生きものだと失敗する奴は、よくいるが……。
おまえ、本気でこの道、
真顔で問われたセレグレーシュが、まっすぐ視線を返す。
「誰にでも得手苦手はあるが、これは移動する時、荷物が増えるというだけの問題じゃない。
体調を崩しているわけでもなく心力は充分あって、理論や空間認識で遅れをとっているわけでもない……――法具を持てあましてるのかと思えば、
あの精確さ、容量の幅、柔軟さ……腕前は褒めてやる。
この前の試験では、自分だけではなく
こころもち硬い表情で指摘するカフルレイリの青い双眸が、教え子の視線を捉え続けるなかに細く
(まぁあれは……二重の立体面――底面以外は二重サッシのような構造で、遮断面となる境界……障壁の内部空間も、比してはるかに三次元に近く、
あんな用途が限られている技、単調な構成に
どう考えあわせてもなっとくがいかないカフルレイリの表情が、こわばりを増す。
(――
空の
大した感受性に瞬発力…。分析力、識別力、演算力、対処・応用力なんだが……。
突出していそうなのに、どこをどう間違えるとこうなるんだろうな?
これの遥か上をゆく知識・感覚に裏打ちされた
教え子を疑いたくはなくても――いま知り得るもろもろの事象と現実を照らし合わせると、
「どうしてそんなに、亜空に物体を隠すのが嫌なんだ?」
「嫌とか、
「じゃあ、なんだ?」
「……わかりません」
「わからないなら自覚するしかないな。
抵抗くらいは、おぼえているんじゃないのか?」
(抵抗……あるのかな? オレ……。…?)
重ねて問われたセレグレーシュは、その都度、自身に探りを入れていたが、これと言葉にして答えられるような明瞭な考えは浮かばなかった。
「封じる行為のマイナス面ばかりを見ないことだ。隔離することで守られるものもある。内にも外にもな。
法印の《
――中にいるものを保護するものでもある……
その言葉で思い起こされたのは、北東の湖のほとりに封じられている少女のあり
「だけど、あれは……」
あの時、そのままにしておくことを選択した彼だが、そうしてしまったことに疑問をおぼえないこともないのだ。
これという案があるわけではなかったし、善悪――良いとか悪いとか、人としてあるべき徳・社会性がどうだとかいうのではなく、それ以前にもっと自然で道理にも適う方法があるのではないかと。
物理的には時の流れの干渉を受けない特殊な境地……凍結・麻痺に似た状態であろうと…――異なる視点を備えていそうなあの娘の場合は、きっと、幻視痛に類似するものがあるだろう。
時間軸を越えて客観的に見る素養を備えているので、時には、そのように存在する自身の状態が見えてしまうのだ。
肉体が麻痺し、じっさいに痛みを感じるわけではなくても、その時の衝撃や感覚が想起もされる……受けとり方によっては持続しているようなもの、その都度、思い知らされるようなもので…――。
逝く者が逝き、生きる者が生きる自然に反する状態だ。
いっそ、楽にしてやるべきだったのではないかと考えたりもするのだが……。
それはそれだ。
亜空に物体を収容することに対するためらい、
セレグレーシュの中には、それが基因……理由ではないという確信が不思議とあった。
「少しは見えてきたか?」
思案に沈む教え子のようすを手応えと判断したカフルレイリが満足そうに笑ったが、セレグレーシュとしては、
「でも、オレ、べつに抵抗があるとかじゃなくて……」
彼がうつむきがちに主張すると、講師は、視界を閉じぬまでもますます双眸を細くして教え子を見おろした。
「そうか。いずれにせよ、よく考えてみることだ。これは、まわりがどうこう出来ることじゃない。おまえ自身の問題だと思うぞ」
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