第7話.成 約 ~進捗〈しんちょく〉 芳〈かんば〉しくなくとも Avance〈前進〉~

成 約


 《天風てんぷうの間》では、その後も問題解決にむけた話しあいが進められていた。


 対応をまかされた一名に対し、訪問した目的をかかげる訪問者……依頼人が三名。


 質朴ながら細部さいぶの処理に手抜きのない重厚じゅうこうそうなテーブルをあいだに。人が冷静に会話できる距離を維持しながら、顔をつきあわせている。


「――…シナに効果あるもの、なにかある?」


「手段があるかもわからないが、君が(この部屋に)来る前に交渉は成立している」


 そくざになされた解答に、乳白色の肌を備えた少年。アレンは、となりに座っている女性をちらと目のはしに見てから正面にいる交渉相手を正視した。


「いくら、かかる?」


「さて――なにが必要となるか、どれだけ時間をようするか……。現段階では、なにもかもが手探てさぐりだ。

 明確なことも言えないし…――必要なおりに協力してくれれば、それでいいよ」


「必要な、って……?」


「そうだね…。我々が頼った、またはうちの者を見かけたさい、こちらが関わっている仕事の情報を持っていたら、その提供と……可能な範囲の協力を」


「そんなんでいいのか?」


「うん。予後の滞在も、どこに落ちつくか所在の強制もしないから、場合によってはそれっきりということにもなりるね」


「すっごく金とるって聞いたけど……。ほんとにそのていどそんなんでいいのか? なんか、裏ない?」


ないということもないないこともない

 うちの者が関わる事象は、時にかなりの危険をともなう。

 代償だいしょうを高く設定している(と思われがちな)のは、維持経費に相場・事の前後の人為的な費用ひようにつける〝配慮・労い心づけ〟が主な素因となるが、過度に頼られないための牽制けんせい……粉払こなはらいであり…――情勢、用件によっては、無償ただでも動くんだよ。

 必要とあらば、こちらから働きかけること、要求する差し出すこともあるだろう――むろん、そうなればかなう範囲で配慮はいりょはするし、必ずしも手配されるものではないが、働き・その有用度によっては諸経費の手配、報酬ほうしゅう助勢じょせいの手もはいる。

 不足必要と判断すれば、請求せいきゅうしてくれてもいい。妥当だとうな範囲であれば、整える。

 我々と関わることで余波もしょうじるだろうが、君たちの利になることも少なくないと思うよ」


 条件に気になる部分があるのだろう、取引の対象であるシナのおもてに微妙な動きが見えた。

 無表情のようでもあるその澄んだエメラルド色の瞳が、ごくわずかに細くなる。


 それに対し、《家》の側として、後のとりまとめをまかされている法印師。

 ロイスアドラーことアロウィース……家長いえおさ一子いっしは、どこまで現場の変化を把握しているのか、見えていない見る気がないのか——はたからは、まったく腹の内が見えない静虚せいきょな姿勢を維持している。


 愛想がないわけではないが、おもねることは、けっしてしない。したたかな対応だ。


「だが…――。

 ふたりにも話したが、これは前例があるかもわからない事例だ。

 こころみ的な処置になることは覚悟してくれ。

 成果・結果の確約かくやくもできないから、ことわってくれてかまわないよ。

 かなうところで配慮はするが、提案する処置の安全性も保障できない。

 《家》は、不必要な延命はおこなわない流儀だが、事故的なものであれば検討もする。

 このような症例であれば、今後の研鑽けんさんにもつながるからね」


 手厚いようでも、冷めてるようでもある…――

 かすかな笑みをとり混ぜながら、言い渡されたその言葉の意味するところに、アレンは言いよどんだ。


「不必要……けんさん? って…」


 交渉を進める上で、先方の立場を主張しただけなのだろうが、それは警告ともとれるもの。


 すすめもしないしことわりもしない――頼るなら、結果がどうなろうと文句は言うなという内容ことなのだ。


大望たいもうか、ささやかなものか。行動に移すか否かの違いはあっても、人の欲、願望は、つねに身の丈の上を行くからね。

 それが技術発展の原動力でもあるが…――わけあって事叶ことかなわぬ者が人並みをいう範疇はんちゅうであれば、〝すべてには応じられぬまでも請け負うことがある〟ということだ。

 それも過剰・不要と判断すれば、手を貸すことはしない――…そうだな。

 極端な例をあげるなら、不老長寿、延命、若返り、肉体・体質改造、しつけ、性格矯正きょうせいといった類のものだ。

 はじめの一例をのぞけば、例がないわけではないが、あくまでも我々の専門・対象は、妖威や魔神、亜人、稜威祇いつぎと呼ばれる種類のもので……そのためにもちいる道具・現象までだ。

 言わせてもらえば、それ以外は、それを望んだ個人や周囲の人間が叶う可能性のうちに追求し、見つけるべきもの。見極め、磨きあげるものだろう。

 むろん、良識の範囲内でね。

 なにかに頼らなければ解決しないような案件であったとしても、我々が関与する事柄ではない」


 どこまでも感情抜き・仕事の一貫に過ぎないことを言われて面喰らいながらも、アレンはここぞと意を決して望みを告げた。


「治療……お願いする――オレからも…。シナを治してくれるなら……」


 多少、出鼻をくじかれた感覚はあっても、迷いはなかった。

 過去に追いかけていた者を見いだす前は、それが目的で、ここを目指したのだし、頼みの綱だったそれに振られてしまった以上、いまは他にすがるものもないのだ。


「成果を確約はできないよ。くり返すようだが、保障まではできない――快方かいほうへむけて力を貸すこと、こころみることを約束するだけだ。

 触ることで悪化する可能性がないわけでもない――覚悟はしておいて欲しい。

 そこで……。さっそくなんだが、ひとつ、ふたつ……」


 確実性のあやうい中途半端な承諾しょだくの上に、注文が提起ていきされた。

 可能であれば応じるしかない受け身のアレンが、渋い顔をする。


「だんだん要求が、多くなっていくな……」


 性分もあったけれども、自分たちの要望に対する相手の対応が微妙につれなかっただけに——。

 そうありがちなものと頭で理解はしても、彼としては、それと指摘せ文句を言わずにはいられなかったのだ。


「いや、情報提供の範疇はんちゅうで、それ以上にはならないよ。我々は、東の状況を知りたいんだ。それと……――彼のことが知りたい」


「彼? ……誰のこと?」


「君がセレスと呼んでいる人物。または、うちの門下生のことだ」


「んー……話せる事なんて、あいつのことは、だいたい話したと思うけど」


「不明は不明としても、情報を整理して理解したい。

 どうやら、それと根ざす者は、その彼だけではないようだし……。

 おなじ内容になるのだとしても、あらためて耳をかたむけさせてくれ」


 《法の家》の家長の一人息子、アロウィースは、その腹の底にくすぶる生来の好奇心を表面おもて出すあらわすことなく、これと気になった情報の回収をはかった。

 来談者材料相手にしたその青い瞳は、隙があるようで無い余所よそ行きのやわらかな表情をみせ、ことのほか涼しげで、この状況を愉しんでいるようですらあった。




 ——【神鎮め2/和玉①】 了です。おつき合い下さり、ありがとうございました――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神鎮め2 〈間 章〉 和玉 ~にぎたま~① ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ