そこはかとなく氷解.3

 

 ――あれは……


 あの石は、りかたまった法則や可変的かへんてきなゆらぎをかかえこみ、なだめ、穏和おんわな状態に整えまとめて、近くにある物体や存在をおのれもろとも持続じぞく維持いじする方向へうながす……。


 必要とあれば、周辺の要素を巻きこんでまで利用する。


 悪く言えば、表層の情報をたわめ……くらまし……。

 良くも悪くも存在の性質・本質・ありかた巧妙こうみょうにはぐらかす。


 いま目の前にいる彼……稜威祇いつぎ……闇人が、あれを利用してまで、自身を只人ただびと……人間と思いこませようとしたのなら……。


 そうする理由……必要がわからないが、

 そういったものに干渉かんしょうするその行為そのものが、ひどく無茶で危険なおこないである気もして——


 あれやこれやと思いあたることを並行へいこうして考えるなかに、決定的な気もするインスピレーション。

 ――自分でも、どきっとするような発想がセレグレーシュの中に生まれた。


 そうであれば。


 もしかしたら自分は、意識的にだまされたのだろうか……? と。


 気づいても、あえて、わからなかったことにした?


 相手そのひとが騙したいなら、騙されてやろうと?


 そういった自認じにん・気づきをかかえる中にも、不明と不可解……成りゆきにおける死角は無数にあって…――〝そうなら、なぜ、そうしたのだろう?〟とも…。


 いまの彼にとって、ヴェルダは重要な位置を占めているが、それは出会い以降の交流があってこそのはずなのだ。


 それなのに、まるで、と見たから、あえて騙されたかのような……?


 その存在ものがしたいように、させようと???


 はぐらかされることにしたのだろうか?

 見落としてしまうには大きすぎる事情だと思うのに、そんな事実はどうということではない、とでもいうような――

 あえて折れてみせた、とでもいうかのような……


(……なんだ? この感覚……――)


 🌐🌐🌐


 …――


〔……そうだな…〕


 そのとき、ふと、耳に飛びこんできた声に現実に引きもどされたセレグレーシュである。

 はたと、目の前の稜威祇いつぎの少年を注視する。


〔あまり、答えたい種類の質問ではないが、いいだろう〕


 こころなしか沈んでいるようにも感じられた相手のようすに気をとられたことで、セレグレーシュの頭のどこかで整理されかけたあやうくも思える発想と、それまでは二の次・三の次で、まともに考えようともしなかった素材……例の石のありかた。

 それと、どこから出てきたかもわからない推論・発想……思いつきと疑念、とまどいが、感覚のすみっこに追いやられた。


〔単なる懐古思想かいこしそうだ。われながら、つまらぬことをした……〕


 偽装ぎそうしていた事実を。

 人間のふりをしたことを認めたともとれるその言葉で、八割ほどだった相手の正体に関する確信ゲージが、ほぼ十割まで満ちる。


 それとどうじ。


(――つまらない…って……。…)


 正体をくらましていた事実は、さて置いても。

 セレグレーシュは、信じたい人物の事態の受けとめかたに、ひどくとまどいを覚えた。


〔一から十まで説明する気はないよ。まだ、われも少なからず過去にとらわれているのだろう。逃避とうひしていた事実を再認識したくはない――〕


 逃避……。


 逃げと意識しているのなら、目の前にいる彼の感覚では、それは良くないおこないだったのだろう。


 そう考えてしまう理由は、教えてくれそうにないが――


 相手にとってそうだろうと、セレグレーシュにとってそれは過酷かこくな現状を生きぬくささえとなった奇跡とも思える出来事――体験で……。

 すくいだった。


 困難にあっても共に立ち向かい、安寧あんねいを勝ちとれた時には、心がおどった。

 その人と過ごすひとときは、たあいなく冷めていようと、はりつめた緊張きんちょうほぐれる貴重きちょういこいの時間だったのだ。


 相手がそこにいるというだけでも暖かく感じられた優しい思い出。記憶だというのに……。


(……そうだ。闇人を嫌うようになったのだって……。

 けるようになったのだって、ヴェルダが怪我ケガしたからで――…。

 確かに危険な存在で…――ゆがんでいたり、混ざっていたりすると、思うようにはいかなくて……手がつけられなかったりもして。でも、それまでは――それはそういうゆうものだと……。

 そんなふうにしか思ってなかったのに……)


 たがいの受けとめかた相違そうい

 受けいれたくない種類の違い。落差に不平を覚えながらも、そう自覚したことで、セレグレーシュは、その時、ふと、思いあたった疑問をそのまま口にした。


〔じゃあ、なんで、《われ》なのに《ぼく》だったの?〕


 どちらの言語にも、ほぼ一致いっちするニュアンスがあるが、それだけに。

 人称にんしょうを変えるにしても、元が《われ》なのなら、もっとてきした表現――そのままの《われ》でなかったとしても、《わたし》や《わし》、《自分》がある気がして……


 むろん《ぼく》も、幾分やわらかく、目上に従順じゅうじゅんひかえめな表現ながら謙称けんしょうで……。

 へりくだった部分もあるが、一般的なつつしみとも受けとれるものなので、おかしいわけではなく…――。


 深く考えたわけでもないがセレグレーシュは、その事実を言葉にしてみたことで気の利いた質問を投げることに成功するのにも似た小粋こいきな感覚。快意かいいをおぼえた。


 その彼が死守してゆずらないだろう牙城がじょうの側面を射貫いぬけた……みたいな?


 現実には感じたままの疑問で、そんな大層なものではない。

 裏をかこうとうという計画のもとに出た問いでもなかったが、それでも思いもよらぬ効果があったようで…――

 相手の少年の表情から、それまであったかたくなさが消えた。


 きださんばかり。

 愉快ゆかいそうにほおゆるめている。


〔おかしなポイントをついてくるね〕


〔そうかな?〕


〔うん。あの男もきわどい部分をついてきたけど、君は君でまた……。…〕


〔あの男?〕


〔セレスと呼ばれていた男だ〕


〔…。セレスって、やっぱり、オレとおなじ名前なのか?〕


 爆笑せんばかりだった表情をひそやかな、どこか冷めた、あきらめにも似た微笑びしょうに変えた稜威祇いつぎの少年は、返されたその問いを肯定こうていすることなくおうじた。


〔あれはあれなりに相手を見定めているようでもあったが、存外ぞんがい安易あんい名乗る名を明かす男で、共にいた女が歯痒はがゆそうにしていた…〕


〔おまえも〝セレス〟ってヤツを知ってるんだな。おまえがオレにちょっかいかけてきたのも、だからなのか?〕


〔そうだとも、そうでないとも言える。

 そのあたりは、われのほうたずねたいくらいだが、君がその答えを認識してないことは理解している。

 由縁があろうとなかろうと、少なくとも、いまはそうだろう。

 あの男のことも、さほど知っているわけではない〕


 さらりと指摘したあと。

 アシュヴェルダは、冷めた調子で話題をもどした。


〔《われ》が《ぼく》だった理由だったね。

 《ぼく》は、われが《われ》と言うようになる以前まえ……使っていた人称にあたいするかたち表現響きだ。

 こちらに来たばかりの頃、われはうまく言葉を発せなくてね……。ほとんど、おしの状態だった。

 次第に話せるようにはなったが、当時は《ぼく》というより《われ》という方が発音しやすかった。

 それゆえ、《われ》になった……〕


 事情を明かすことで芽生えた追憶を、彼自身、あざけらぬまでも茶化して、感慨とともに受けとめる——

 それは社会経験も浅い子供だった当時の彼が、見知らぬ他人のなか、あなどられないよう、利用されないよう、大人の対応をしようとつとめ、しのいだ結果だ。


 あの場所から出てきたことによる反動だったのか、狂いだったのか――判断がつけられるような状況にはなかったが。


 ともすれば、拡散かくさんしてしまいがちだった生体。

 抑えつけがすぎると、心身を脅かすほど凝縮し、硬化こうか膠着こうちゃくもした活力。


 ままならない自身を制御しあぐねるなか、主張が片言かたことになってしまう事実をごまかし、くらまそうとしたのが下地となり、

 満たされぬ現実の流れ、成りゆきを前に、些細ささいに思えたそのような症候——人称の変転は、無視され残り続けた。


 りかえされる妥協だきょう横着おうちゃくすえに、気づけば習慣化しゅうかんかしていたのだ。


(――…不思議と《わし》にはならなかったし、《わたし》や《わたくし》に修正しようとも思わなかった。

 《わたし》と表現しようとして確立したなったものなのに……。

 いま思えば、修正しようとしなかったの~それ~は、むかし、人称を《わたし》にしろと。しつこくさとされたからなのかも知れない……。

 当時は反抗して《ぼく》をつらぬいたものだが……)


 アシュヴェルダのおもてに、自重じちょうであり、自嘲じちょうでもある、心境しんきょう複雑フクザツそうな笑みが浮かぶ。


〔いまは《われ》をもちいがちだが、《ぼく》もなじんだ表現だ〕


 いっぽう。

 セレグレーシュは、口にだす内容を慎重に吟味しながら、かさねて〝これ〟と疑問を提示した。


〔もうひとつ……。――真名を明かした理由…〕


 相手は真名におもきをおく稜威祇いつぎ……否も応もなしに、その響きに左右支配され影響もうける闇人だ。


 そのしゅを相手にそういった実態を詮索せんさくするなど、危険といえば、その通りのあやういこころみで、本来なら、たずねるべきではないのだが、そうであるからこそ。


 そこの部分がはっきりすれば——。


 そこにある真意しんいさえつかめれば、安心するなり対策をるなりすることができるに違いないと、そう感じたので。

 セレグレーシュは、率直そっちょくにそのへんを問いただした。


 本心をいえば、悪い答えを聞くことにはならないと。

 その可能性ににらみをかせつつも、それをぶつける相手を信じていた――信じたかったのだ。


 セレグレーシュのそんなようすは、差しだされたごちそうを前に警戒しながら安全を見極みきわめようとする野生動物めいていて……


 これと目をつけた者の周囲をうろつき、その足に頭をこすりつける隙をうかがっている用心深い猫を彷彿ほうふつとさせる部分があって——


 いっぽうのアシュヴェルダとしては、自分に対し、そんなふうにくいさがり、がんばる年少者を視界にほだされぬこともなかったのだが。


(つくづく洒脱なさくいのか粘着質ねんちゃくしつなのか、わからない奴だ)


 多少、こころ動かされようとも。自身がさほど重要とも思っていないそのへんの経過理由を親切に説明してやる気など、彼にはなかった。

 真名を明かすことに、まったく抵抗がなかったといえば嘘になる。

 それでも、彼のなかではすでに整理がついていること。どうでもいい現実だったので……。

 アシュヴェルダは、片時かたときの沈黙のあと、あえて突き放すように返した。


〔――問われたと解釈したが、違ったか?〕


 視界に見た相手の熱意をばかにしないまでも、冷めた表情かおで受け流した彼は、着眼を一方いっぽうへとらした。

 すこし前から感知していた存在ものと。会話相手に示すように。


〔あ? …――そうじゃなく! 無理やり聞きだしたかったんじゃない。オレはただ…――〕


 対象の目線の動きにつられたセレグレーシュの注意が、視点が注がれた方面――彼にとっては左へ向けられる。


 その先に、彼らに焦点をさだめて足を止めているらしい人影があった。


 いつから、そこにいたのか…――

 すき間が多いともいえない木立こだちごし。

 奥に、見えているたま砂利じゃり通路動線と彼らの、ほぼ中間の草地に立っていたのは、赤褐色の(長い)髪を備えた稜威祇若い男だ。


〔おまえ。スタッドに力をせ〕


 視線がったそのタイミングで投げられた申し出。

 唐突とうとつさに、にわかにまごついたセレグレーシュは、半信半疑、言葉を発した対象その新手に聞き返した。


〔……。《スタッド》って…。もしかして、スタ師範のこと?〕


〔協力しろ。心力が必要だいる

 おまえはスタッドに借りがあるはずだ。力を貸せ。今すぐだ〕


 その赤毛の稜威祇いつぎの登場に水を差されたかたちで、彼らが抱えている問題は、いったん、先へ見送られることとなるが、

 よりセレグレーシュの近くにいる渦中かちゅう稜威祇いつぎ。アシュヴェルダが、そこで脱線だっせんうながすような言葉を口にしたこともあり……


〔おもしろいものが見られるかもしれないよ。行ってみるかい?〕


〔…。おもしろいの?〕


 不明を多く抱えたままでも不完全ながらも――アシュヴェルダとセレグレーシュ。


 ふたり二者あいだ屹然きつぜんと存在していたわだかまりは、この場で交わされた一連いちれんのやり取りで、ほぼ氷解したのだ。





 ▽▽ 注 釈 ▽▽


 【神鎮め2】は、この場に三名を放置して、

 和玉①ここの〆となる【 成約 ~進捗しんちょくかんばしくなくとも Avanceアヴァンセ※~ 】へ進み、アレンたちにバトンタッチです。


 この現場つづきは、

 (神鎮め3)間章【 よしふ……よしあり ~日常にひそむ様々なきざし~ 】の冒頭に繋がり――ここのエピソードを踏まえながらも異なる流れ(次の本編に連なる内容)に移行します。

 これもそれも、本編の先ぶれを兼ねた間奏局面フェーズで、未練とこだわりによる代物です。


※ スペイン語における「前進」(語尾の発音、スというよりは、〝スイン〟って感じなので、〝ス〟ではあるのだけど〝セ〟の方が近くない? ってことで、ほかの言語との読み分けとして〝セ〟にしてみました。って、スペルも意味もほぼいっしょなのに、なぜ、そこにこだわるんだと言われそう💧 どこの言葉でもいいといえば、いいのですが……)。

 飾り言葉です。

 当初は〝 Advancingアドバンシング〟にしておりましたが、急遽変更して、これに――(語尾を〝セ〟にしなかったら、こっちのままだったと思います)。

 文体の流れは、ひき続き日本語×――で強行(正直、どちらが現場にマッチする単語のか、わからなかったりしますし、後々、目にあまると思ったら、この単語の部分は、消去するかもしれないです。まちがいの御指摘や御指導あったら修正することでしょう――まだまだ迷いがあります)。

 先の〝Failureフェイル〟に〝フォール〟をあてつけた例もあり、やっぱり、なにか……まちがえているのかも💦


 フォールの件は、修正いたしました(すこし前になりますが。無断、申し訳ありません)。

 落ちるとか転倒にかこつけていたつもりが、和製かばん語とするにしても、せいぜいが〝秋の流行?〟的なものになっていたようです💧


 ~~ 〝故障の様子・あり方〟が〝秋の流行?〟とは、これいかに (^^ゞ ~~


 秋になると、あちこちで故障が起きるのか?

 精査するのが流行るのでしょうか?

 わちゃわちゃして、ぜんぜん、スタイリッシュじゃないです。

 はき違えた結果になってしまっていたので、もう故障一本でいいや、となりました…←けぶりを出したかったので、些少の未練は残りますが……。



 あと、蛇足ですが、そこに出てきた赤毛の稜威祇いつぎは、白髪赤目アルビノ(瞳孔は群青)の師範、スタンオージェの相方です。

 〝スタッド〟は、スタンオージェの通称として主流ではありませんが、この彼は、そう呼ぶのです。

 まず、ありえない流れで契約するにいたったその稜威祇いつぎにすれば、《画鋲がびょう》のたぐいで留め置かれている感覚なのでしょう×××(どういった経過で契約するにいたったのかは、…匂わせこそすれ当面は詳細を明かしませんが……事故です/契約相手が亜人天藍ですしね。勘の鋭い方は、なにが成立に導いたのか気づいてしまうかもしれません)。


 ちなみにアレンは、アルビノではありません。

 亜人における因子変化。多様性における白変種リューシズムのようなものです(瞳の虹彩が濃厚どどめ色?ですし)。

 通名のひとつにあるように〝鷹の目〟並の遠視力を具えております(物理的障害物には遮られます)。その方向のデリケートさを露ほども備えておりません。

 彼のイメージのひとつとしては、水に沈む〝鉄アレイ〟があります。白いけど。

 レンからくる裏の意味的に「鳥の王様」ミソサザイも加味しております。

 ちっちゃくても先陣きる勇気の持ち主ということで。冬の季語にもなりますね🤍


 話が進めば色彩的多様性が増してゆきます(登場人物が増え、移り変わりもするのだから当然かも知れませんが……/業種にもよりますが、《家》関係者は腰の重い者が少なくないのです)。

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