第23話 偏見の報い

 決勝の舞台は体育館。

 ギャラリー席完備のここは、大一番に相応ふさわしい。

 敗者たちが見守る中、選手入場のアナウンスが鳴り響く。


 スタッフの案内に従い、準備室から入場する花織。

 対面から同様に入場してくるのは、ガタイのいい男。


 歓声と罵声ばせいが飛びう中、花織は震えながらも中央へと進む。

 向かう先にあるのは、この一戦のためだけに用意されたテーブル。

 その特別感が緊張に拍車はくしゃをかけ、足取りはさらに重くなる。

 不安で心が埋め尽くされ、頭の中は真っ白。

 それでも歩みは止めず、ゆっくりと進んでゆく。

 逃げ出さずに、一歩ずつ……。

 そうしてようやく辿たどり着くと、対戦相手の不敵なみが出迎えた。


「お前が全問正解したとうわさの奴か。見るからに弱そうだな! オレはほとんど解けなかったが、見ての通り勝ち上がってきた。いくら問題が解けても、実戦じゃ何の意味もねえってことを教えてやる! そして、このチャンプ様がボクシングに次いでカードゲームも制覇せいはだ!」


 そう宣言し、雄叫おたけびを上げるチャンプ。

 それに呼応するかのように、ギャラリーから歓声が上がった。


 敗者たちのほとんどが、全問正解者の花織をねたんでいる。

 四面楚歌しめんそかの花織は、怖気おじけづき声も出せない。

 そんな精神的劣勢の中、試合が始まった。


 先攻はチャンプ。

 1ターン目から天界の修道女を召喚しょうかんし、罵声ばせいで花織の不安をあおる。

 そこへ追い打ちをかけるギャラリーの歓声。


 対し、花織は幼きエスパーを召喚しょうかん

 しかし、ギャラリーから飛んでくるのはブーイングの嵐。


 続く2ターン目。

 チャンプは見習い天使と2体目の天界の修道女を召喚しょうかん

 見習い天使は使用時にもう1体のトークンを召喚しょうかんするため、チャンプの場に並んだレプリカは計4体。


 たたけるチャンプの速攻に会場が沸く。

 だが……返しのターン、状況は一変する!

 花織は1枚のカードを選び、場に出した!


「火の海を使用します」

「何ぃっ!? 小賢こざかしいマネを……!」


 チャンプのレプリカは全滅ぜんめつ

 以降も花織のペースで試合は進み、4ターン目に火竜祭を使用。

 これにより、チャンプは次のターン終了時に自軍へ全体ダメージを受ける。

 結果、相手の攻めにゆるみが生じ、花織は5ターン目も無事しのいだ。


 そして、6ターン目。

 火竜祭のもう一つの効果により、手札へ加えていた切り札。

 それが今、場に降臨する!


「火吹きのヴォルケーノを召喚しょうかんします!」

「ぐぬぅ! こんな……こんな姑息こそくな戦い方に、負けるなど許されぬ!」


 頭に血が上るチャンプ。


 一方の花織は落ち着きを取り戻していた。

 彼女を勇気づけるのおかげで。


 ごうからもらった火吹きのヴォルケーノ。

 参考にしたすぐるのデッキレシピ。

 たのもしい仲間の存在が、心細さを打ちはらう!

 試合中は一人でも、花織は決して一人じゃない!


 対し、追い詰められたチャンプ!

 だが、彼もライトやファイアによるプレイヤーへの直接ダメージでねばる!

 しかし、花織はかりなくヒール・リライトで回復したため、それも悪足掻わるあがきに終わった……。


 程なくして決着。

 負けたチャンプが地団太じだんだを踏む。


「そんなデッキ、断じて認めんぞ! 逃げ回ってばかりでずかしくねえのか! こんな卑怯者ひきょうものが本戦進出など誰が認める!? なあ、そうだろお前ら!」


 呼びかけに応じ、ギャラリーが沸く。

 そのあまりの見苦しい光景に、あの人物がしずめに入った。

 会場が一瞬いっしゅん静まり返り、数秒後にざわめく。


 彼らが目にしたのは、白い髪に青い目の男……。

 そう、そこに現れたのは……じん


 彼はチャンプの前に立ち、厳しい視線を投げかけた。


「君の言い分は身勝手だよ」

「ああん!?」


 今にも手が出そうなチャンプ。

 だが、じんは落ち着きはらい、まっすぐに見つめたまま再び口を開く。


「君は不利な戦術だけ否定して、都合のいい戦術しか認めなかった。その虚を突かれたんだ」


 みるみる顔を赤くするチャンプ。

 しかし、じん微塵みじんおくせずに、こおり付くような声でたしなめ続ける。


「君がここまで勝ち進めたのは、強さのおかげじゃない。運がよかっただけだ。不利なデッキと当たらなかった。ただそれだけ。決勝で負けたのは、その不利なデッキと当たったから。つまり、君の弱さが原因。デッキの変更は許可されていたのだから、対策は練られたはず。けれど、君はそうしなかった。それを人のせいにして責めるなんて、デッキタイプへのハラスメントでしかない」

「じゃあ何だ? あんな卑怯ひきょうな戦法があっていいとでも!?」

「それが君の身勝手な言い分だと言っているんだよ。君の速攻だって、誰かが卑怯ひきょうだと思っているかもしれない。どんなデッキだって、みなみなこころよく思っているわけではないんだよ」

「うるせえ! そんなこと知るか! そんな陰湿なデッキ、オレは認めん!」


 聞く耳を持たないチャンプ。

 自分の声が届かないことをさとり、じんは悲しげに視線を落とす。

 そしてその数秒後、カードケースを取り出した。


「……なら、こうしよう。僕は本戦へのシード権をすでに持っている。もしも僕に勝てたら、その出場権をあげよう。君の嫌う全体ダメージを入れずにデッキを組む。回復やガーディアンも数枚だけ。枚数調整のため、最低限にしておくよ。ヘイトは入れない……」


 条件を告げながらまたたにデッキを組んでゆくじん

 そして、わずか二十秒足らずで完成させ、チャンプへと手渡した。


「これでどう? 何も仕組んでないよ。中身を見て確認してくれて結構。それから、君の手でシャッフルし直してくれるかな? 好きなだけ、ね……。ああ、それと……君は初期手札5枚をあらかじめ選んでくれて構わない」


 その挑発ちょうはつに、チャンプは鬼の形相ぎょうそうと化す。


めやがって! いくら何でも、こんな条件で負けるわけねえだろ! しかも、お前の作ったこのデッキ、オレと同じ速攻じゃねえか! 速攻でオレに勝てるとでも思ってるのか!」

「勝てるよ。君の速攻は甘い」

「何ぃ!?」

「速攻はもっと奥が深いんだ。君が速攻を語ると、あの人の名がすたってしまう。その異名いみょうを名乗っていいのは、僕の知る限り……あの人だけだから」

「上等じゃねえか! やってやる!」


 こうして試合が始まった。

 1ターン目に、チャンプは天界の修道女を召喚しょうかん


 対するじんも、1ターン目からカードを場に出した。


「天使の弓兵を召喚しょうかん。ターゲットに天界の修道女を選び、1ダメージを与える」


 その宣言に目を見開くチャンプ。

 そして直後、腹を抱えて笑い出した。


えらそうなこと言っておいて、速攻をまるでわかってねえ! いいか? 速攻っていうのはな、全力で相手プレイヤーを攻撃するのが正解なんだ。怖気おじけづいて保身に走るようじゃあ全然ダメ!」

「……思った通りだ」

「はあ?」

「気にしなくていいよ。さあ、君のターンだ」


 じんのターン終了宣言を聞き、不敵に笑うチャンプ。

 2ターン目に召喚しょうかんしたのは、見習い天使と2体目の天界の修道女。

 花織との試合と同じ動きにより、一気にチャンプの場には3体並んだ。


 対し、じんはまずラベンダーセラピストを召喚しょうかん

 効果により、ターゲットのライフをプラス1できる。

 その対象に選んだのは、前のターンに召喚しょうかんした天使の弓兵。


 自身のライフを増やさなかったことを、チャンプがまた笑う。

 だが、じんはもう気にもめていなかった。

 自分の戦術に信念を持ち、強化した天使の弓兵で見習い天使を攻撃。

 さらに、じんも余った魔力で見習い天使を召喚しょうかんした。


 その結果、チャンプの場に残ったレプリカは2体。

 じんの場には4体。


 じん優勢の中、迎えたチャンプの3ターン目。

 召喚しょうかんしたのはサンセットの暴徒とレッサーイーグル。

 前者は使用時に1ダメージを与える効果を持ち、なおかつパワーもライフも2。

 後者は場に出したターンにすぐ攻撃できるアサルトという効果を持っている。


 そして、前のターンに出した2体は行動可能。

 それらのダメージ源が一斉いっせいじんおそい、4ダメージを与えた。


 チャンプは無傷のライフ20。

 じんは残り16。

 戦力も追いつかれ、4対4。

 しかも、チャンプはその内1体がパワーとライフ2。


 ほら見たことか、とチャンプが笑う。

 気にせずじんはターンを迎える。

 使用したのはレイジとラベンダーセラピスト。

 前者の効果で1体のパワーとライフをプラス2し、後者で別な1体のライフをプラス1した。

 そして、またしても相手のレプリカを倒すことに専念。


 その結果、再びチャンプの場は0となった。

 一方、じんの場には4体残っており、内1体はレイジの効果でパワーが3に上昇しており、ライフも1で耐えている。


 だが、チャンプはプレイヤーのライフ差から自分が優勢と信じ、あせっていない。

 迎えた4ターン目に彼が使用したのは風乗り。

 効果により、見習い天使、レッサーイーグル、天使の弓兵が場に出た。

 さらに、見習い天使の効果でトークンを1体召喚しょうかんし、天使の弓兵の効果とレッサーイーグルの攻撃によりじんへ2ダメージ。


 残りライフ14のじんが迎えた4ターン目。

 まず最初に出したのは救済の手メシアズハンドの教祖。

 その効果により、自分がレプリカを召喚しょうかんするたび、1ダメージを与えることができる。


 続けて使用したのは見習い天使と宣教師の2枚。

 トークンも合わせて合計3体。

 それにより、救済の手メシアズハンドの教祖の効果が発動し、3ダメージがチャンプ軍へと割り振られる。

 結果、残ったのはレッサーイーグルだけ。


 加えて宣教師は光のサポートを手札に加える効果を持つ。

 選んだのは神風。

 1ターンだけ自軍のパワーを底上げできる強力なカードだ。


 ここまでの効果処理を終えたのちじんはしっかりとレッサーイーグルも倒してから、残りのレプリカでプレイヤーを攻撃した。


 結果、じんの場には7体のレプリカが残り、チャンプの場は0。

 ライフも15対14とせまってきた。


 この状況下においても、チャンプは自身の劣勢にいまだ気付いていない。

 最後までプレイヤーへの直接攻撃が正しいと信じみ、ついに理解することはなかった。


 訪れた5ターン目。

 じんあきれ果てながらカードを場に出した。


「神風を使用し、全軍でプレイヤーを攻撃」

「んなっ! 何ぃ!?」

「前のターンにサーチした時、見せたはずだよ? その効果により、僕のレプリカは全員パワーがプラス2される。1体につき3ダメージ。それが7体。レイジでパワーが上がったレプリカの分も合わせて、合計23ダメージ。簡単な計算なのに、どうしておこたったのかな」

「……」


 ぐうのも出なくなったチャンプへとトドメを刺し、決着。

 それでもに落ちず地団太じだんだしているチャンプへと、じんが歩みる。


「これでわかったでしょ? 速攻は、プレイヤーへの直接攻撃だけで済むような単純な戦略じゃない。君は間違っていたんだ」

「何だとぉ! 勝ったからってえらそうにっ……!」


 言い切るより前に、チャンプのうでが伸びた。

 じんの胸倉をつかもうとしての行動。

 だが、その手はむなしく空を切った。


 そして、その瞬間しゅんかんを見てしまったチャンプが目を見開いている。

 ボクシングできたえた動体視力によって、彼にはじんの初動が見えていた。

 自分がうでを伸ばすより前に、もう動き始めていたのが……。


 それを偶然と考え、今度はタイミングをずらしつつ両うでを伸ばすチャンプ。

 左うでは胸倉へ、右うでは髪へ……。

 だが、その右うでが伸びるより前にじんは頭だけをけた。

 これ以上ない的確な動作で……。


 さすがのチャンプも異様さに気付き、みるみる蒼褪あおざめる。

 ガタガタと震えだし、そして……。


「ば……化け物ぉぉお!」


 そうさけぶなり、走り去ってしまった。

 その光景にギャラリーも騒然そうぜん

 みな、気味悪がり退散してゆく。

 残ったのは花織だけ。


 そんな中、じんは深く溜息ためいきき、自分のデッキを手に取り見つめた。


「化け物、だってさ……。僕は怖がらせることしかできないみたいだ。それなら、生み出してしまった君には、こう名付けよう。君はレインモンスターだ」


 そうつぶやいて、自嘲じちょうするじん

 外ではザァザァと雨が降っていた。

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