第11話 優しさ

 ごうすぐる一悶着ひともんちゃく出会でくわしてしまった花織。

 彼女は気まずさのあまりうつむき、すぐる露骨ろこつに目をらす。

 経験上、彼にはこういう時いい思い出があったためしがない。

 大抵は非難を浴びる羽目はめになるため、今回もどうせそうだと決めつけている。


 そして、その居心地の悪さを誤魔化ごまかそうと、口を結んだままデッキを片付け、ケースから新たにカードを取り出す。

 その間、ずっと流れる沈黙。


 数秒後、すぐるはカードを並べながら……。


「……いたのか」


 ぼそりとそうつぶやいた。

 そのたったの一言でも花織は萎縮いしゅくしてしまう。

 無理もない。

 いつ破門にされるかわからない彼女にとって、すぐるは恐怖でもあるのだから。

 それでも重たい口を何とか開き……。


「……はい」


 と、ようやく声をしぼり出した。

 しかし、問答は続く。


「いつから?」

「……バトルの途中からです」

「そうか。待たせて悪かったな」

「いえ……」

「それじゃ、始めるか……」


 すぐるはテーブルに作った局面図を手の平でし示した。

 花織は対面に移動し、浮かない顔でそれを見つめる。

 すぐるも暗い表情のまま口を開く。


「カードゲームにおける最も基本的な考え方に、盤面ばんめんの有利不利というものがある。今、オレの場にはベビードラゴンが1体。お前の場にはカゼスズメとチャームマーメイドが1体ずついる。ベビードラゴンを倒したい場合、どうする?」

「え、ええと?」


 困惑こんわくする花織。

 数秒後、流れる沈黙を断ち切るようにすぐるがカードを指さした。


「オレの場にいるベビードラゴンはパワー3、ライフ1。お前の場のカゼスズメはパワー1、ライフ1。チャームマーメイドはパワー1、ライフ3。どちらで攻撃した場合でも、反撃ダメージを受けるから相打ちになる。ここまではルールとして教わったか?」

「はい、しょうさんが教えてくれました」

「そうか。なら、これが次のステップだ。どちらで攻撃しても相打ちだが、カゼスズメで攻撃した方が、より強い味方を生き残らせることができる。言い方を変えると、カゼスズメのライフ1に対してベビードラゴンのパワー3が過剰かじょうで、その分だけ無駄むだになったとも説明できる」


 すぐるはそれぞれのライフを指さし、丁寧ていねいに説明する。

 対し、花織はゆっくりとうなづいた。


「確かに。それならパワー1でも足りている、ということですね」

「ああ。逆に、オレの場にいるのがパワー1ライフ1のレプリカだった場合、今度はチャームマーメイドで攻撃すれば犠牲ぎせいを出さずに済む。が、チャームマーメイドはダメージを受けたことにより倒されやすくなる。どっちがいいかはその時によって変わるから、一概いちがいにこれが正解とは言えないな」

「難しそうです……」

「まあ、すぐに身につけろとは言わない。今後、少しでも意識すればその内慣れるだろう。ところで……」


 すぐるが花織へと視線を向ける。

 そして……。


「どうかしたか?」


 解説中も続く重たい空気に、とうとうすぐるえかねて問いただした。

 思わず花織が目をらす。


「え、ええと……」


 言いよどむ彼女を前に、すぐるの視線もキツくなる。


ごうをコテンパンにしたのが気に入らなかったか?」

「い、いえ! そういうわけじゃないです!」


 あわてて否定する花織。

 だが、すぐるの疑念は消えない。


「本当にそうか? あまり気分がよくないように見えるけどな……」

「ええと……」


 花織はあせりながらも、言うべきことを頭の中で整理する。

 数秒後、意を決し……。


「すみません!」


 まず最初に勢いよく頭を下げた。

 そして、ゆっくりと顔を上げ、弁明を続ける。


「不快な思いをさせたのなら謝ります。けど……。けど! 本当にそうじゃないんです! すぐるさんは本気で対戦しただけですし、私が助けを求めたのがきっかけです。それに、ごうさんはマナーを破り、周囲に嫌な思いをさせていました。そのごうさんをらしめたすぐるさんの気持ちもよくわかります。すぐるさんがゲーム大好きなのはすごく伝わってきますから、その大好きなゲームをけがされたら怒るのも当然です。なので、すぐるさんに対して嫌な思いとかは一切ないです。けど……」

「……けど?」

「けど、ごうさんにも何か悩みがあって、そういう形でしか助けを求めることができなかったのかなって、そう思ったんです。できることなら、助けてあげたいです……。でも、それって私を助けてくれたすぐるさんに対する裏切りになるんじゃないかと思って……。もし私がすぐるさんの立場だったら、何だか悪者にされてるようで疎外感そがいかんを覚えると思うんです。それで、言い出せなくて……」


 花織が一気に話し終えると、すぐる拍子抜ひょうしぬけし、深く溜息ためいきいた。


「……お前、こういう時はオレみたいな偏屈へんくつを悪者にするのが定石じょうせきだぞ? 今までの奴はそうしてきた。何でわざわざオレを気にかける?」

「そんなの当たり前じゃないですか! すぐるさんは悪い人じゃないからですよ。すぐるさんが悲しい思いをしたら、私だって悲しいです……!」

「……変わった奴だ」


 そうつぶやいたすぐるの口元には、おだやかなみが浮かんでいる。

 そして、真剣な表情で見つめてくる花織へとまっすぐに視線をわし……。


「好きにしろ」


 たったの一言、そう返した。

 とても短い言葉。

 だが、それはいつものぶっきらぼうな言い方ではなく、やわらかで温かみのある声だった。

 その思いが花織にも伝わり、満面のみが咲く。


「はい! 明日、もしまた来たら声をかけてみます!」

「まあ、がんばれ」


 そう言ってすぐる微笑ほほえんだ。

 その後はなごやかな空気となり、以降の指導もおだやかに進行し、無事に終了。


 そして迎えた次の日。

 すぐるが花織へ基本を教えていると、再びごうが現れた。

 それに気付いたすぐるごうと視線をわす。

 だが、ごうは何も言ってこない。

 なので、すぐるは気にせず花織への指導を続けた。


 しばらくして、一段落を迎えた時のこと。

 隣のテーブルで待つごうへと花織が視線を向けた。

 しかし、彼はすぐるをじっと見ているため気付かない。

 すぐるも次のテーマ図を作ろうとカードに目を配っており、気付いていない。


 気まずい空気の中、花織は声をかけようと勇気を振りしぼる。

 そして……。


「あの……」


 やっとの思いで声を出した。

 不意のあまり、おどろいて花織の方へと向くごう

 直後、その表情がくもった。


「……悪かったな。ここにいられたら、そりゃあ嫌な気分にもなるよな。用が終わるまで待って、もう一度リベンジしようと思ったんだが……。先客がいたことだし、出直すとするぜ」


 そう言って苦笑すると、ごうきびすを返しかける。

 その背に向かい、花織は思わず手をばした。


「待ってください!」


 呼び止める声に、ごうが振り向く。

 花織が自分に一体何の用があるのか。

 皆目見当かいもくけんとうもつかず、困惑こんわくするごう


 一方、花織は花織でどう声をかけたものかと迷っている。

 十数秒後、悩んだ末にようやく口に出した言葉は……。


「あの……もしよかったら、私ともう一度バトルしませんか?」


 まさかの再戦の誘い。

 予想外の出来事に、ごうは再度おどろいた。

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