第12話 贖罪の一戦

 突然の申し出に困惑こんわくするごう

 だが、しばらくして合点がてんがいったとばかりに笑った。


「そうか、そうだよな……。いいぜ。前と同じデッキを使うから、すぐるにデッキを借りれば余裕だろうな」

「え? えっと……」


 発言の意図いとがわからず、戸惑とまどう花織。

 その予想外の反応に、ごう戸惑とまどう。


 流れる沈黙の中、すぐるはカードケースへと手をばす。

 そして、以前のごう対策デッキを恐ろしい速度で作り上げると、ぬぅっとおもむろに差し出した。


「使うか?」

「……」


 花織はそれを手に取り、じっと見つめる。

 脳内をよぎる様々な考え。

 その中に自分本位のことなど一つもなく、あるのは二人への配慮はいりょばかり。

 数秒後……彼女は首を横に振ると、デッキを返した。


「すみません。せっかく作っていただいたんですが……」

「いや? 好きにしろ」


 たったそれだけの返答。

 言葉だけなら冷たく聞こえるが、花織はその表情を見てわかった。

 すぐるの機嫌を損ねたわけではない、と。

 なぜなら、その目に映ったのはなごやかなみだったから……。


 花織は安心し、みずからのデッキを取り出す。

 そして、意を決してごうへと向き直った。


「……あの! 自分のデッキを使ってもいいですか? 生意気に聞こえるかもしれませんけど、一生懸命いっしょうけんめい作ったんです。お願いします!」


 花織なりの意思表示。

 対し、ごうは再び戸惑とまどったが、に落ちないままうなづいた。


「別に構わないぜ。こっちには拒否権なんてねえしな……」

「え?」

「何でもねえ。気にすんな」

「……はい、わかりました」


 み合わないやり取りののち、バトル開始。


 花織は教わったことを思い返しながら、低コストのレプリカを並べ着実に攻める。

 火吹きのヴォルケーノをサボタージュで阻止し、業火にはカウンタースペルで対処。

 まだつたない部分もあるが、初対戦の時とは比べ物にならない程の成長ぶりだ。


 一方、ことごとく身動きを封じられるごう

 しかし、彼は全く気にしていない。

 いや、気にしてないと言うよりは、そもそも戦意がなく、ただ作業のように手を動かしている。


 ……しばらくして、彼は静かに溜息ためいきいた。


「どうだ? これで満足したか?」

「……え?」


 キョトンとする花織。

 対し、ごうは本日何度目かの戸惑とまどいを見せる。


「ん? 嫌な思いをした分、やり返したいんじゃねえのか? それか、トラウマを克服こくふくするために倒したいのかと思ったんだが」

「ち、違います! あれから私もいろいろ考えたんです。私、カードゲームのこと全然わかってなくて、対戦相手になってくれたごうさんに不愉快ふゆかいな思いをさせてしまったのかなって……。きっとごうさんにだって自分の考えや価値観があって、一生懸命いっしょうけんめいに頂点を目指しているのに。なのに、私なんかが優勝を夢見ているのが許せなかったのかな、って……」

「……ッ!」


 ごうは目を見開き、ハッと息をんだ。

 自分を責めるどころか、気遣きづかってくれたことへのおどろき。

 そしてさらに、衝撃しょうげきを受けているごうへと、花織はなおも続ける。


「さっき、すぐるさんの指導が終わるまで待っていてくれたのを思い返しても、ごうさんがただの悪い人だなんて思えないんです。きっと、ごうさんにも悩みや苦しみがあったんじゃないかと、そう思うんです。よかったら教えてください」


 問いかける花織の表情は真剣。

 しかし、その眼差まなざしは厳しさではなく、包みむような優しさに満ちている。

 全て許してくれるような、そんな優しさに……。

 しかし、それでもごうは言うのを躊躇ためらい、うつむきながらボソボソとつぶやく。


「聞く必要ねえよ。下らねえ理由さ……」

「下らない悩みなんてありません!」


 間髪かんはつ入れずに花織は断言した。

 おどろきのあまり釘付けになるごう

 まるで時が止まったかのように固まる彼へと、花織は悲しい眼差まなざしを返す。


「どんな小さな悩みでも、本人にとってはどれだけ苦しいことか……。 もし、どうしても言いたくなければ無理にとは言いません。けど、もし話してくれるなら、絶対に笑ったりしません! 責めたりもしませんから……!」


 その言葉は魔法のようにごうの心をさぶる。

 数秒後、彼の重たい口から言葉がゆっくりとあふれ出す。


「昔な、オレの両親は助けた人から恩をあだで返されたらしいんだ。それがきっかけで、おきてとして他人を助けないというルールができた。そして、オレはずっとこう言われて育ってきたんだ。他人は蹴落けおとせ、と。世間では誰しもが欲に目がくらんでいて、いやしい奴ばかり。手を差しべたりなんかしたら、みつかれる、ってな……。そう言われてきたから、オレはいつも全員を敵だと思って生きてきた。オレにとっては勝つことが全てで、親からもそう期待されてきた。これがオレの精一杯の言い訳だ。笑うなり怒るなり好きにしろ……」


 そう言ってごう自嘲じちょうし、目をらした。

 しかし、花織からは何も言葉が返ってこない。

 数秒後、不思議に思い視線を向けると、目に映ったのは泣いている姿。

 その理由がわからず、ごうおどろく。


「お、おい。何でお前が泣くんだよ?」

「辛かったんだな、と思って……」

「そんな、言う程辛くはねえよ。それに、だからって何でお前が泣くんだよ?」

「だって……悲しいですよ、そんなの」


 心の底から悲しみ、涙する花織。

 それを見てごうは苦笑した。


「あーあ。完全に否定されちまったな、こりゃ。何がいやしい奴ばかり、だ。今、目の前にこうして他人のことで泣く奴がいるってのによ。しかも、本来なら憎むべき相手だろオレは」

「そんなこと……ないですよ」


 嗚咽おえつ混じりの花織の声に、ごうは再び苦笑をらす。


「……オレの完敗だな」


 ごうはそうつぶやくとデッキをかたし、顔をそむひそかに涙を流した。

 その後ろ姿を見て花織は察し、優しく微笑ほほえむ。


「よかったです、ごうさんの心が少しでも晴れたのなら……。対戦ありがとうございました」

「礼を言うのはこっちだ。ありがとな」


 顔はらしたままだが、その表情は清々すがすがしいみにあふれている。

 そして、いつになくさわやかなその笑顔のまま視線を上げると、「あ」と声を出した。


「それともう一つ。すぐる、お前との勝負は一旦いったんお預けにする。言っておくが、あきらめたわけじゃねえ。オレはもっと強くなる! お前にいどむのはその後だ」

「好きにしろ」


 背中を向けたままのごうに返されたのは、いつも通りのぶっきらぼうな一言。

 だが、それでもごう満足気まんぞくげみを浮かべている。


「ああ、そうさせてもらう。しばらくの間、お前の戦いぶりを見させてもらうぜ。間近でな!」


 そう言ってごうは振り返った。

 それを聞き、花織は目を見開く。


「それって……!」

「オレもカードゲーム仲間に加えてもらいたいんだが、嫌か?」

「嫌だなんて、そんなわけないです! 嬉しいです!」


 花織は目をうるませ、笑顔を咲かせた。

 それを見たごうも目がうるみかけたが、こらえ、たのもしいみを返す。


「決まりだな! わからないことがあったら遠慮えんりょなく聞け。このごう様が何でも教えてやるぜ!」


 ようやく戻ったごうの自信家気質。

 しかし、以前の意地悪いじわるさは、もうそこにはない。

 だが、その発言がしゃくさわったすぐるは、ごうをからかうべく不敵なみを向ける。


「ほう? オレより上手く教えられるとでも? 大した自信だな……」

「うるせぇ! お前が来れない時だってあるだろ? そん時はたよれって意味だ! 野暮やぼな奴だなホントに……」


 荒々しい口調で返すごう

 しかし、三人共その表情はとてもなごやかで、楽しそうなみにあふれている。

 こうして、ごうの横暴な態度を発端ほったんとした一連の出来事は、三人の心に影を落とさず無事に収束した。


 ――そして数日後。

 その日もいつも通り、三人はカードショップ内で特訓をしていた。

 まさに今、ショップに向かって足を運んでいるじんの存在など知らずに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る