第13話 因縁の相手

 特訓の合間、次のテーマ図を作っている途中とちゅう

 すぐるはふと手を止め、ごうへと視線を向けた。


「本当によかったのか? ゴールデンウィーク中ずっと特訓で」

「おうよ! 結構楽しいし、全然問題ねえな!」

「……金持ちなら旅行とか行くイメージだけどな」

「んなもん飽き飽きだぜ」


 そう吐き捨て、溜息ためいきごう

 そこに悪気など微塵みじんもない。

 が、すぐるはそれを嫌味と受け取り、乾いた笑いをらした。

 しかし、ごうは笑われた理由がわからず、怪訝けげんな表情を返し……。


「何がおかしいんだよ? 別に変なことは言ってねえだろ。バカにしてんのか?」


 などと、不平を並べ出す。

 すぐるはそれを苦笑でかわし、続いて花織へと視線を向ける。

 すると、目に映ったのは生き生きとした表情。

 言わずとも伝わってくる彼女のやる気に、すぐるの顔にもみがこぼれる。


「……心配するまでもなかったな」

「はい!」


 すぐるつぶやきへと力強くこたえる花織。

 ごうはそのやり取りを見て、ふと気がかりなことを思い出した。


「そういえば、花織は何で優勝したいんだ? カードゲーム経験者でもねえんだろ?」

「お母さんが病気で、治療費を用意できたら心配事が少し減るかなって……」

「んぐッ!」


 想定外の重々しさに思わずうめごう

 そして、花織への意地悪いじわるな言動を改めてい、その罪悪感から項垂うなだれる。


わりぃ……そんな事情があったなんて、全然知らなかった……」

「いえいえ、いいんです! 事情を知らなかったのはお互い様ですから」

「いいや……良くねえ。お前がそれで良くても、オレが納得できねえ! もしオレが優勝したら、賞金はくれてやらぁ!」

「ええ!? でも、ご両親が……」

「説得してやるさ! 優勝までしたんだから、こっちの話だって聞いてもらうぜ!」


 声高々に宣言し、豪快に笑うごう

 そこへ……。


「おい」


 短い言葉で横槍よこやりが入った。

 声がしたのはテーブルの真向かいから。

 言うまでもなく、そこにいるのはすぐる

 ごうがそちらを向くと、その仏頂面ぶっちょうづらが目に映った。


「何だよすぐる? 水差すなよ!」

「誰が優勝するって? いや、違うか。優勝までしたんだから、と、まるで完了形のようにお前は言ったな?」

「面倒な奴だな本当に! 仮の話だ! 仮の!」

「仮にでも、このオレに勝てると?」

「ああもう、本当に面倒だな」


 下らない言い合いをする二人。

 と、その時!!!


「やっと見つけたよ、すぐる君……」


 不意に横からけられた声。

 すぐるは顔をそちらへ向けるより前に……いな、その声が聞こえ始めた時にはもう、すでに目を見開いていた。


 すぐるはその声を知っている。

 聞き間違うはずもない、その声を。


 口調こそしょうに似ているが、声音こわねが全く違う。

 しょうの明るくさわやかな、お日様のような声とは真逆。

 その声は水面みなもかすかにらすかのごとき、おぞましさを帯びた静けさ。

 にもかかわらず、耳にぞわりとした感触を残す程、はっきりと響く。

 それは、静寂せいじゃくの中でその声だけが聞こえたような感覚。

 まるで一瞬いっしゅん、時が止まったのかと錯覚する程の……。


 その声にハッとし、振り返った先にたたずんでいたのはじん

 すぐるを見つめるその表情は、とても悲しげ。


 一方のすぐるは、がらにもなく狼狽ろうばいしている。

 振り向いた際に半歩飛び退いたままの、アンバランスな姿勢。

 見開いたままの目と、大きく開けた口。

 蒼褪あおざめた顔。

 冷や汗。


 驚愕きょうがくのあまり固まるすぐるを見て、じんは深く溜息ためいきいた。


「久しぶりに会ったというのに……そんなに僕のことが嫌い?」


 さびしそうに問いかけるじん

 数秒後、すぐる徐々じょじょに落ち着きを取り戻し、じんにらんだ。


「……何しに来た?」

「大丈夫、すぐに済むから。僕は君に伝えなきゃならないことがあって来たんだ」

「……言ってみろ」

「ウィザーズウォーゲームの大会、今回は出ないでもらえるかな? また君に嫌な思いをさせたくないんだ。僕が大会に出るのはこれが最後。だから、今回だけ……」

「……嫌だと言ったら?」

「今日一日、じっくり考え直してほしいかな。明日また来るよ。それじゃ……」


 じんは一方的にそう告げ、去っていった。

 その後ろ姿を見送った後、呆気あっけに取られていたごうと花織がすぐるへと向き直る。


「何だよあの言いぐさ! 大会に出るなだなんて! 何でもっと強く言い返さなかったんだ!?」


 ごうの問いかけに返答せず、呆然ぼうぜんと立ちくしたままのすぐる

 その様子に、不安をつのらせるごうと花織。


「今の奴、天才ゲーマーのじんだろ? あいつとお前の間に何があったんだよ!? なあ!」

すぐるさん、答えてください! 一体何があったんですか!?」


 口々に問う二人。

 対し、すぐるうつむいて深い溜息ためいきき、首を振ったのちにゆっくりと顔を上げた。


「……どうしても聞きたいか?」


 すごみを効かせ問うすぐる

 だが、負けじと二人も強くうなづく。

 すぐるは苦虫をつぶしたような顔を見せるも、観念して口を開いた。

 語りながら、その脳裏のうりを過去の映像や声がめぐる。




 ――五年前のこと。

 そのころすぐるは、とある男と親しくしていた。

 いな、厳密に言えば、すぐるがそう思いまされていただけ。


 出会いはゲーム大会。

 すぐるが優勝した際に、男の方から声をかけてきた。

 当時、すぐるは中一で、その男は大学生。

 歳が離れていたものの、すぐるは簡単に心を開いた。

 なぜなら、男はすぐるの心のやみを見抜き、その弱みを突いたから。

 次のような調子で……。


「君、すごいね! こんな素晴らしい試合、見たことないよ! 将来はやっぱりプロゲーマー?」

「え、いや……。親が厳しいし……」

「えー!? もったいないよ! こんなに才能あふれているのに! 親になんて言われたの? 相談に乗るよ!」


 単純な言葉。

 しかし、すぐるの耳には心地よく響いた。

 なぜなら、すぐるは親に酷い仕打ちを受けていたから……。


 こうして、彼らは親しくなった。

 だが、それは男の目論見もくろみ通り。

 わなへとかかったすぐるに対し、男はキョウと名乗った。

 ……名乗ったが、それは偽名。

 しかし、花織たちに語っている現在も、すぐるいまだ知らないまま。

 ゆえに、二人へも語られず、話は次へと進む。


 キョウは、すぐるが大会に出場する際は決まって応援に向かい、優勝するたび称賛しょうさんした。


 そんなことを続けていたある日。

 キョウは話を持ちかけた。


「ねえ、この大会出てみなよ! 新しくリリースされる格闘かくとうゲームだってさ!」

「う~ん……。他のゲームが気になってるんだけど、どうしよう」

「このゲーム、絶対に話題になるから! ね!」

「……まあ、そう言うなら」


 こうしてまんまと引っかかり、すぐるは大会への参加を決める。

 そして当日。

 同じく大会に参加していた当時まだ無名のじんと初戦で相対あいたい

 結果は惨敗ざんぱい

 手も足も出ずに一方的な負け。


 そして試合後。

 キョウのもとへと戻ったすぐるは、思いがけない言葉を投げつけられた。


「がっかりだよ。何あれ? あんな無様ぶざまな負け方しておいて、よく平気でいられるね。見ているこっちが恥ずかしかったよ。君とはもう一緒にいられない」


 そう告げて去ってゆくキョウ。

 あまりの衝撃しょうげきすぐるは声も出ず、ひざからくずれ落ちた。

 そのまま長らく放心していると……。


「気にする必要ないよ」


 じんが現れ、声をかけた。

 そして、ゆっくりと顔を上げたすぐるへと、さらに続ける。


「……さっきの、友達とは呼べないと思う。これで正解だったんじゃない?」

「……は?」

「いや、だから……」

「圧勝したからって調子に乗ってんじゃねえ! 何様のつもりだ!? 上から目線で言いやがって! そんなに自信あるならお前、オレともう一回勝負しろよ! 今度こそ……」

「いいけど、何度やっても同じだよ。僕に攻撃は通らない」

「ッ!? いい加減にしろよテメェ! その自信へし折ってやる!」


 こうして、二人の再戦が始まった。

 が、宣言通り、何度やってもじんにダメージを与えることはできない。

 ただただ、一方的に負け続ける。

 何度やっても……。

 そして、トドメにじんが種明かしをした。

 心を読める、と。

 さらに、対戦中のすぐるの思考内容を全て事細ことこまかに言い当ててゆく。

 すぐるは気味悪がり、ついにその場から逃げ出した。


 そのことがきっかけですぐるは心を病んでしまう。

 前よりも暗い性格にじ曲がり、表情も口調もどんどん暗く染まっていった。

 それだけでない。

 彼にとって唯一ゆいいつの居場所だった、ゲームという世界。

 それさえも悲劇を思い返すきっかけとなるため、しばらくは触れることすらできなかった。

 二年後、対人でなければゲーム可能なまでには回復したが、きずが全てえたわけなどない。

 彼にはもう、プロゲーマーとして表舞台に出る気はすっかりなくなっていた……。




 ――以上が今も尾を引くすぐるのトラウマ。

 丁度ちょうど今、すぐるも花織たちへと彼視点で語り終えたところだ。

 ごうは絶句し、花織は口元を両の手で覆い涙を浮かべている。


 そんな中、すぐるの乾いた笑いが響く。


「おかしいだろ? キョウはともかく、じんは正論を言ったに過ぎない。なのに、あいつもキョウと同様にトラウマなんだ」

「……ないですよ」


 かすかな声にすぐるが視線を向けると、その目に花織の顔が映った。

 口を一文字いちもんじに結び、涙がほおを伝っている。

 数秒の沈黙の後、その口が再び開いた。


「……おかしくなんて、ないですよ。確かに、そのキョウって人は最低だと思います。でも、じんさんだって、もっと他に言い方があったと思います。言ってることがいくら正しくても……そんなのっ! 絶対間違ってます!」


 さけんだ声の嗚咽おえつではなく、たかぶる感情そのもの。

 その迫力はくりょくに、すぐるも呼吸を忘れて見入る。

 自分のことのように号泣し、顔を真っ赤にする花織のその姿に……。


 そしてさらに続ける。


「間違ってますよ……。そんな冷たい言い方じゃなくて、もっと他にあったと思います。さっきだって、すぐるさんの気持ちを一切無視してたじゃないですか! 悲しいですよ、そんな言い方されたら……」


 言い終えたのち、花織は両手で顔を覆った。

 その一部始終を見守っていたごうが、険しい表情をすぐるへと向ける。

 しかし、すぐるは黙ったまま。

 一秒ごとに、より鋭くにらごう

 それでもすぐるは自分から話そうとせず、ごうしびれを切らした。


「なあ! どうすんだすぐる!?」


 問い詰めるごう

 すぐるはその目をまっすぐ見つめ返す。


「……もちろん、受けて立つ。けど、お前たちは見に来るな」

「何でだよ!?」

「……嫌だからだ」

「ああっ!?」

「また幻滅げんめつされるのが嫌だからだ!」


 すぐるの悲痛なさけびが響く。

 対し、ごうは舌打ちした。


「お前、まだそんなこと言ってんのかよ? このごう様がそれくらいでお前の評価を変えるとでも? ましてや花織なんて、こんなに思いやりにあふれてるのによぉ! 負けたくらいで何だってんだ! いい加減、キョウなんてバカな奴のことなんざ忘れちまえ! ほら、花織! お前も何とか言ってやれ!」

「……どうしても見られたくないなら、見に行きません。けど……もし負けた時は、一人で背負せおんでほしくないんです」


 花織たちの温かい言葉がすぐるの不安を溶かしてゆく。

 数秒後……。


「好きにしろ」


 とうとうすぐるが折れた。

 外方そっぽを向き、いつも通りのたったの一言。

 だが、声のトーンは温かく、表情はおだやか。

 その心内こころうちが伝わったごうたちが、たのもしいみを向ける。


「おう! 見守っててやるからな!」

「大丈夫です! すぐるさんは一人じゃないですから!」


 二人の応援に対し、すぐるは特に何もこたえなかった。

 しかし、彼の横顔を見れば一目瞭然いちもくりょうぜん

 その微笑ほほえみが全てを物語っていた。

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