第一章 最善の再起《最善のリスタート》

第1話 孤独な悩み

 とある男子高校生が、自室の壁をなぐりつけた。

 これは、時折ときおり彼の身に起こる発作ほっさ的な破壊衝動はかいしょうどう

 ふとした際にトラウマが頭をよぎると、反射的にそうしてしまう。

 これでもまだ落ち着いた方で、当初はたなに並んだ無数の優勝杯トロフィーを砕け散るまでたたきつけていた。

 そんな彼――すぐるは、何も初めからこうだったわけではない。

 彼が精神をこわしたのには、理由があった……。




 ――五年前の出来事。

 舞台ぶたいは某かくゲー大会。

 その日も彼は、自分が負ける未来など想像すらしていなかった。


 だが、現実は非情。

 一回戦目にしてまさかの敗退。


 加えて、試合内容まで最悪。

 全ての行動を読まれ、1ダメージも与え返せずにストレート負け。

 文字通り手も足も出ず、完敗をきっした。


 くずれ去る自信。

 勝つイメージが全くかない絶望。

 それがどれだけ彼を追い詰めたことか。


 そして何より彼を苦しめたのは、仲間だと信じていた者から浴びせられた言葉……。


「がっかりだよ」


 とても単純で低レベルな語彙ごい

 しかしそれは、彼の心に深いきずを残すには充分過ぎた。

 理由は明白……信頼しんらいを裏切られたから。


 今までもらったはげましの言葉がぐるぐると頭をめぐる。


「こんなに才能があるのに、もったいない! 親になんて縛られる必要はないよ!」


 そう言ってくれたのは一体何だったのか?

 彼は疑心暗鬼におちいり、その場にくずれ落ちた。


 これをきっかけに、元々内気な彼はふさんでしまう。

 心は常に憎悪ぞうおで満ちあふれ、周り全てが敵として映り、人を嫌い、ファンやゲームプロデューサーを追いはらい、あれ程好きだったゲームでさえも視界に入れるのをこばみ……。

 壊れに壊れ、壊れ続け……。


 そうして二年がち、やっとゲームができるまでに落ち着いた。

 しかし、きずついた心は元には戻らない。


 以来、彼は対人戦を行わず、ソロプレイに没頭している。

 いやしを求めて。

 あるいは、あの日の絶望に対しての、その答えを求めて……。




 ――そして今にいたり、三月のある日。

 すぐるは新作ゲームの発表会を訪れていた。

 彼はかたまでの長い髪を揺らし、活気に満ちた広い会場を散策している。


 そのうつろな目に、黄色いカラコンを通して次々とゲームが映っては流れてゆく。

 アクション、RPG、格ゲー、音ゲー、レース、ホラー、恋愛シミュレーション、パズル……。

 あらゆるジャンルが勢揃せいぞろい。


 しかし、すぐるはどのコーナーにも興味を示さず、長くとも数分で立ち去ってしまう。

 次に立ちったカードゲームのコーナーでも同様。

 新作『ウィザーズウォーゲーム』で遊ぶ人々を、ただぼんやりとながめるのみ。


 と、そこへスタッフがルールブックを手にやって来た。


「よろしければどうぞ」


 笑顔と共に両手で差し出すスタッフ。

 すぐるはそれを面倒そうに受け取り、パラパラとめくること数秒。

 そのまま閉じ、ぶっきらぼうに突き返した。


 その無愛想ぶあいそうな態度にスタッフは困惑こんわく

 しかし、仕事上ここで帰すわけにもいかず、懸命けんめいに笑顔を作り続ける。


「あの、もし難しければ、わたくし共がサポートしますので……」

「いらない。もうルールは理解した」

「え? あの……!」


 戸惑とまどうスタッフ。

 しかし、すぐるは気にもめず、レンタル用のデッキを手に取った。

 そして、その内容をザッと確認する。


 それを心配そうに見つめるスタッフ。

 だが、何にせよ興味は持ってもらえたと判断し、胸をで下ろす。


 ところが、あろうことかすぐるは数秒もたない内にデッキを元の位置へ置くと、そのままきびすを返した。

 スタッフはあわててデッキを手に取り、る。


「どうぞ遠慮えんりょなく! 無料で貸し出してますので、試しに遊んでみませんか?」


 そう呼び止められたすぐるは、深く溜息ためいきいたのち、振り返るなり冷たい視線を向けた。


「ゲーム自体はまあ、面白そうだ。けど、人とゲームするのはごめんだね。見に来ただけで、やるつもりはない。悪く思わないでくれ」


 生気のない表情が、機械のように言葉をらす。

 その声は暗く重く、これ以上み入ることを許さない。

 まるで孤独をよろいにして閉じこもっているような、深い絶望と拒絶きょぜつ

 目には相手などまともに映っておらず、代わりにトラウマの幻影を追っている……。


 あまりの異様さに、思わず言葉を失うスタッフ。

 それを尻目にすぐるは背を向けた。


 だが、丁度その時!


「……つまんね。カードゲームなんて所詮しょせんはただの運ゲー。プレイングも何もあったもんじゃねえな」


 近くの席からぼやきが届いた。

 それは負け惜しみなどではない。

 何しろ、口にした男は今まさに勝ったばかりなのだから。

 つまり、くやしさからの愚痴ぐちではなく、カードゲームそのものに対しての侮辱ぶじょく


 振り返ったすぐる瞬時しゅんじにそれを理解。

 すると、先程までの無関心はどこへやら。

 目を見開き、凝視している!

 俄然がぜん、怒りをあらわにし、レンタルデッキを手に取った!


 スタッフはあわてて手をばす。


「あ、あの! お待ちください!」


 引き止めようとうでつかむも、すぐるはそれを振りほどく。


「……一戦だけだ。遊んでやるよ」

「え? あ、あの!」

「ああいう奴は嫌いなんだ。許せない……。痛い思いをさせないと気が済まない。……この勝負、負けるわけにはいかないな」


 その声は震えていた。

 トラウマがかけているブレーキを、引き千切ちぎろうと衝動しょうどうき立てる……。

 カードゲームへの冒涜ぼうとくとがめるべく、たかぶる心が早鐘はやがねを打つ!

 不安と自信、憤怒ふんぬ憎悪ぞうおがグチャグチャに混ざり合い、できあがった感情はドロドロのカオス!

 その恐ろしいみは……そう、まるで……修羅しゅらのよう!!


 辺り一面真っ青にこおり付いたかのようなおぞましいオーラをただよわせ、すぐるはその男の対面へ着くなり口を開いた!!


随分ずいぶんと調子がよさそうだな」

「うん? 君、誰?」


 強気な挨拶あいさつへと返されたのは、気怠けだるそうな視線と返事。

 だが、すぐるは構わず続ける。


「見学者だ。うでに自信があるから、一戦お願いできるか?」


 その宣戦布告を受けた途端とたん、相手は小さく吹き出した。


「いいけど、オレ今日負けなしだぜ? それでもいい?」


 半笑いでの受け答え。

 対し、すぐるは不敵に笑う。


「ああ……。初黒星つけてやるよ」

「そりゃあ楽しみだ」


 こうして始まった試合を、スタッフはすぐそばで心配そうに見守る。

 トラブルに発展しないようにと、祈りながら。

 そう、心配なのはその一点のみ。

 勝ち負けなど、彼女にとってはどうでもいい話。

 むしろ、すぐるの負けを確信している。

 先程ルールを知ったばかりの彼のことなど、素人しろうととしか思っていない。

 そのルールさえも本当に理解したのかどうか、怪しんでいる。


 だが、その予想に反して試合は互角の進行をり広げてゆく。

 そして、いよいよ佳境かきょうに入り、男は2枚のカードを場に出した。


「火の国の軍曹ぐんそうにレイジを2枚使用。その効果によりパワーとライフが4ずつ上昇。どうだ! 倒せないだろう!?」


 勝利を確信し、大手を広げて誇示こじする男。

 何しろ、彼の場に誕生たんじょうしたのは、パワーとライフが9の化け物!

 その凶刃きょうじんが今、すぐるへとおそいかかる!!


「行くぜ! 火の国の軍曹ぐんそうで攻撃!」


 男は勝ちほこり、宣言と共にすぐるを指さした!


 だが、次の瞬間しゅんかん!!

 すぐるは不敵なみを浮かべ、左手に持つ手札からカードを1枚、右手で抜き取った!

 そして、ゆっくりと相手側へと向けてゆく……!


「カウンター発動。火の国の軍曹ぐんそうに対し、デスを使用」

「なっ!?」


 静かに言い放たれた宣言に、男は指さしたその手をわなわなと震わせる。

 口はポカンと開いたまま。


 そのあわれな姿を、すぐるは鼻で笑い……。


「せっかく使ったレイジが、無駄むだになったなあ……?」


 ねばまとった声で、そう問いかけた。

 ゆっくりと、みしめるように……。


 あまりの恐怖に男は蒼褪あおざめ、あわてて捨て札へと手をばした。


「ま、待ってくれ! なら、レイジは使わない!」


 必死に戻そうとする男。

 だが……。


「お前、何を言っているんだ? 一度宣言した行動が、巻き戻せるわけないだろう」


 すぐるいかめしい表情でそれを制した。

 そして、くまで冷静に続ける。


「そのレイジというカードに、何のためにカウンター効果が付いてると思っている? この反撃を予想し、ギリギリまで保留するためだ。それをおこたったお前が悪い」

「っ……!」

「これでわかっただろう。カードゲームにおいて、如何いかにプレイングが重要か。敗北をって思い知るがいい」

「……」


 あまりの正論に男はぐうのも出ない。


 その後、すぐるも火の国の軍曹ぐんそう召喚しょうかんし、場を圧倒。

 一度差がついたアドバンテージは、最後までくつがえることはなかった。


 おどろきのあまり立ちくす周囲。

 敗北した男はばつが悪そうに退散。

 少しして、すぐるもその場を後にした。




 ――その日の夕方。

 ウィザーズウォーゲーム本社に情報が入り、社員数名が会場を訪れた。

 その内の一人が写真を取り出し、スタッフへと見せる。


「もしかして、この人だったかな?」

「は、はい! 間違いありません! えっと……彼は一体!?」

「数々のゲーム大会で優勝を重ねた、すぐる君だよ」


 それを聞いたスタッフは驚愕きょうがく

 と同時に、一連の出来事がに落ちた。


「それであんなに強かったんですね。ルールブックを数秒見ただけで理解しちゃうし……」

「さっき聞いた話だと、使ったのはレンタルデッキだよね? だとしたら、スタッフさんはすぐる君の本当の強さをまだ知らない。彼の本当の強みは、独創性オリジナリティー。その発想力が生み出すデッキは、観戦者の心を一瞬いっしゅん鷲掴わしづかみにする程だからね。それじゃ、彼の情報を集めて社長に報告するから、僕はこれで失礼」


 そう告げて一礼すると、その社員は去ってゆく。

 後に残されたのは、すぐるの底知れぬ強さの、その断片的な話だけ……。




 ――数週間後。

 新年度早々、すぐるは担任に呼び出されていた。


「進路調査票、まだ出してないのお前だけだぞ? 配ったのいつだか覚えてるか? 去年の六月だ!」

「……そうでしたっけ」


 目をらしながらこたえるすぐる

 その態度に担任は溜息ためいきく。


「あのなあ……。いくら試験が満点だからって、これじゃあダメだろう?」

「賞金、まだまだたくさんあるんで、心配しなくて大丈夫ですよ」

「そういう問題じゃないだろ? なあ、ちょっとはやる気を出せって。何でもできて面白くないのかもしれないけどさあ……」

「はいはい。それじゃ、失礼します」


 そう言いながら、すぐるきびすを返す。


「お、おい! ……ったく。ちゃんと提出するんだぞ! いいな?」

「はーい」


 生返事と共に、すぐるは職員室を後にした。


 進路を真剣に考えるべきだなんて、言われずとも彼自身がよくわかっている。

 だが、話はそう簡単ではない。


 すぐるとてゲーマーを続けたいのは山々だが、わずかにいた勇気や自信も、すぐさまトラウマがらしてしまう。

 だが、そうした葛藤かっとうを知らない周囲からすれば、ただなまけているようにしか映らない。


 だから今日も彼は一人、悩みを抱え彷徨さまよっている……。




 ――時を同じくして、とある中学校での話。

 桜のう中、新入生と親たちが写真を撮っている。

 何人かのグループで写る者や、親友とかたを組み二人で写る者。

 中にはふざけるあまり、『入学式』と書かれた立て看板へとおおい被さる者や、へいじ登る者までいる。


 そんな中ただ一人、その少女はさびしそうにながめていた。

 風になびく髪を押さえ、母との会話を思い出しながら……。

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