第26話 暗躍する影

 予選終了から約一か月後。

 その日もすぐるたちはカードショップに集まっていた。

 いつも通り、特訓に夢中の三人。

 と、そこへ……。


すぐる!」


 不意に、遠くから甲高かんだかさけび声が届いた。


 客の視線を浴び、全力疾走しっそうする四十代の男女。

 この二人がすぐるの両親であることは、その場の全員が容易たやすく想像できた。


 だが、高校生にもなった我が子を追ってカードショップまで来る親などそうそういない。

 みながその姿を物珍ものめずらしそうにながめる中、すぐるはただ一人頭を抱えている。


 そんな彼の心境もかまわず、母親はすぐるのそばへ着くやいなや呼吸も整えずに切り出した。


すぐる……! あんた、まだゲームなんかして! いい加減、勉強に集中しなさい! ほら、あなたからも何とか言ってやって!」

「そうだぞすぐる! お前は医者になるんだからな。わかってるのか!?」


 顔を真っ赤にして怒鳴どなる両親。

 すぐるは言い返す気力も失せて、ただ深く溜息ためいきく。

 その様子を見て、花織はすぐるを心配し……。


「……あの」


 そう一声出した。

 だが、その瞬間しゅんかんすぐるの両親はいきおいよく花織の方を向き……。


「これは親子の問題だから、他人は黙ってなさい!」


 激しい剣幕けんまくで、そう怒鳴どなりつけた。

 思わずひるむ花織。

 しかし、見過ごすことなどできない。

 改めて声を出そうと勇気を振りしぼり、再び視線を向ける彼女。

 同じくごうも、拳をにぎり口を開きかける。


 だが、その様子に気付いたすぐるが、それを制した。

 そして、冷ややかな視線を両親に向けると……。


「いい加減にしろよ?」


 静かに、そうたしなめた。

 両親の表情がさらに険しくなるも、すぐるは動じずに続ける。


「オレはもう、あんたたちを親だと思ってない」

「何だと!? 親に向かって何だその口のき方は!」

「だから、親だと思ってねえって言っただろ? 話を聞けよな本当に……。お前はオレにこう言ったよな? 嫌なら出てけと。世話になるなと。言われた通り、出てってやったのに……。一体何の不満があるんだ?」

「お前には養育費をいくら使ったと思ってんだ! だったら金を返せ!」

「あのな? 養育費って子が親に返す義務ねえんだよ。お前こそ、虐待ぎゃくたい処罰しょばつを受けるべきなんじゃないのか?」

「親が子をしかるのは当然だろうが!」

「自分の感情で怒ることを、しつけとは呼ばねえんだよ。お前、オレの作品を壊したのを覚えてるか? 不出来で我が子の作品としてずかしいから、と。その上、それを責めるとなぐりつけた。こんなことが、他にもたくさんあった。そのたびに、うったえられるもんならうったえてみろと、邪悪に笑ってな……。金返せと怒鳴どなる前に、まず慰謝料いしゃりょうはらえ」

「ああ好き勝手言ってろ! お前が誰を敵に回したのか、いつかわかる時が来るから!」

「それ言えば論破したことにはならねえんだよ」

「ああ、もう好きにしな! いい! お前の言い分なんて一切通らないから!」


 まともに話も通じない相手に、すぐるは再び溜息ためいきいた。


 その間も、父親はすぐるへと罵声ばせいを投げかけている。

 お前なんか一つも正しくない、と。

 ゲームなんて下らないものにばっかり熱中しやがって、と。


 浴びせられる理不尽りふじんの中、やるせない思いですぐるの心がくされそうになったその時!


「それは聞き捨てならないね」


 横からしょうが口をはさんだ。

 すぐるの両親はそちらへ振り向き、まゆひそめる。

 そして、すぐるは白い目でしょうにらんだ。


「またお前か……。いつからいたんだ?」

「ついさっきだよ。せっかく助けに入ったんだから、そんな顔しないで。ね?」

「……お前にどうにかできるのかよ」

「任せてよ。それにほら……すぐる君は今からいそがしそうだし……」


 そう言ってしょうが指さした先から、団体がこちらへ向かって来ている。

 彼らはすぐるの姿を確認すると、ってデッキを突き付けた。


「お前がうわさすぐるだな? オレたちと勝負しろ! そんでもって、オレたちが勝ったら本戦への出場権を渡せ!」


 意味がわからず口をぽかんと開けたまま固まるすぐる

 数秒後、その連中を指さししょうへと視線を向けた。


「お前が呼んだのか?」


 その問いに、思わずき出すしょう


「違う違う! 何でそんなことする必要があるのさ!?」

「……まあ、お前はウソが下手だし、今の咄嗟とっさの笑いは本当か。それにしても、今日は厄介やっかいな奴が次から次へと……」

「ちょっと! その厄介者やっかいものに僕も含めないでよ! ご両親は僕が引き受けるから……」

「いや、こいつらの相手もする気はないぞ? オレは試合の申し出を全て断ってるんだが?」


 そう言いながら団体へチラリと視線を向けると、不敵なみが返された。


「負けるのが怖いのか?」

「ほう……?」


 一瞬いっしゅんにしてすぐるは表情を豹変ひょうへんさせ、デッキを取り出し……。


「オレは今、虫の居所が悪い……。覚悟かくごしろ……」


 こおり付くような声色こわいろせまった。

 途端とたんに団体は蒼褪あおざめる。

 その様子をながめ、ごうは苦笑し……。


「あーあ、オレ知らね……」


 とつぶやき、そそくさと数歩下がった。


 しょうはそれを見届けたのち、少し離れたテーブルへとすぐるの両親を連れてゆく。

 そして、着くなり映像を記録した端末たんまつを取り出した。

 映し出されたのは、ごうとの試合のハイライトシーン。

 ライフ2からの鮮やかな逆転劇を見せたのちしょうは口を開いた。


「ゲームは下らないと、そう言いましたね?」

「ああ言った。ゲームなんて、頭も使わずにただ手を動かしてるだけだ」

「ゲームと一口で言っても、いろいろあるんですよ? 手を動かすだけというのは、たぶんアクションかシューティングをイメージしてるんじゃないですかね? もっとも、それらも距離やタイミングの計算、動きの予測や分析ぶんせきとか、頭も使いますけどね」

「物は言いようだな」

「本当にそうでしょうか? すぐる君が今やってるのはカードゲーム。自分でデッキを作り、毎回違う局面で柔軟じゅうなんに考えなければならない。特にすぐる君はデッキ作りが上手くてね、誰も思いつかないような組み合わせを次々とひらめくんです。あの発想の豊かさは、間違いなく天才ですよ」

「だから何だ!? それが何になる? すぐるは医者になれば、誰かの役に立てるんだ!」

すぐる君は、今まさに命を救っています」


 そう言ってしょうは手のひらで花織を指し示し、視線をうながす。


すぐる君は、あの子の母親の治療費ちりょうひのために、大会での優勝を目指しているんです。トラウマを植え付けられた強敵にも、立ち向かう決心をして……」

「それがどうした? 医者になれば、もっと多くの人を救える!」

「そんなに医者にさせたいんですね……。自分がなれなかったからですか?」

「はあ!?」


 明らかに、父親は声を荒げた。


「君と話していても意味がない! 日を改めてもう一度来る。失礼させてもらおう!」


 そう告げて去ってゆく両親。

 直後、それを追うようにすぐるに負けた団体も外へ向かう。

 その去りぎわ……。


「覚えとけよ! 今は勝てなくても、本戦でリベンジしてやるからな! 出場権はじんって奴から奪ってやる!」


 と、捨てゼリフを残した。

 それを聞いたすぐるは苦笑し……。


「終わったなあ、あいつら……」


 そう一言、つぶやいた。

 ごうあきれて笑っている。


 こうして、すぐるに降りかかった災難と騒動そうどうしずまった。




 ――そして、これはすぐるたちが知るよしもない話。

 すぐるの母親は、家に着くなり指示をあおごうと電話をかけた。


「……あ、もしもし。キョウさん?」

「はい、お母様。如何いかがでしたか?」

「それが、全然聞く耳を持ってくれなくて……。それに、邪魔者じゃまものも入って主人がいいように言いくるめられて……」

「そうですか。では、また新たな作戦を考えますので、少々お時間いただきますね」

「はい。お願いします……」


 切れる通話。

 笑うキョウ。


傑作けっさくだ! 世の中バカばっかりだ! これだから面白いんだ、悪事ってのは。なあ、アヤメ?」


 向けられた視線の先で、アヤメと呼ばれた女子が口を一文字いちもんじに結んでいる。


「私は許せないわ。バカな奴がのうのうと生きているのが……」

「そうか……。じゃあ、あいつら好きにしてもいいよ」

「……見るのも嫌だから、いい」


 そう言って、アヤメは部屋を出た。




 ――それから約一週間後。

 再びショップに母親が現れた。

 ドアを開けるなりってくる様はまさに狂気。

 その姿が目に入り、すぐるんざりとした表情で項垂うなだれた。


 わかりきっているからだ。

 何度言っても無駄むだと。

 聞く耳を持たぬ相手だと。


 今更いまさら変わるわけがない。

 変わりようがない……。

 そう、すぐるは思っていた。

 だが、次の瞬間しゅんかん


「ごめんなさい!」


 母親は目の前で土下座した。

 予想外の出来事にすぐる唖然あぜん

 数秒後、母親はゆっくりと顔を上げ……。


「私たちが間違っていたわ。本当に、何て言ったらいいのか……」


 うつむいたまま、か細い声で後悔を口にした。

 だが、簡単に許せるわけもなく、すぐるは冷たい目で見下ろす。


「何も言わなくていい。もう、来ないでくれ」

「……あのね、お父さんも謝りたいって。でも、会いたくないって言われそうだからって来なかったの」

「ああ正解だ。顔も見たくない」

「……大会、見に行きたいらしいんだけど」

「来るなっ!!!」


 間髪かんはつ入れずに、これまでに出したことのない大きさの声ですぐる怒鳴どなった!

 その声量は、ごう怒鳴どなり声さえも凌駕りょうがする程。

 あまりの勢いに、母親はひるむ。

 に向かい、憎悪ぞうお軽蔑けいべつの視線を送るすぐる

 母親は弱って、助けを求めるべく花織へと視線を向けた。

 だが、返されたのは厳しい視線。

 そして……。


すぐるさんの気持ちを考えてあげてください。心のきずは一生残るって言いますよね? すぐるさんは、あなた方のことが嫌いになったんだと思います。これ以上、苦しめないであげてください」


 そう静かに、しかし強く言い放った。

 トボトボと帰ってゆく母親。

 その姿が見えなくなると、すぐるはふと思い立ってバッグから進路調査票を取り出した。


「ずっと、これが書けなかったんだ……」


 そう言って、そこへ記入した文字は……第一志望にプロゲーマー。

 ただその一つだけ。


 その用紙を見つめるすぐるの表情は、これまでになく晴れやかだった。

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