第25話 予選敗退の危機

 無言でいきどおごう

 視線の先には、たった今引いてきた1枚。

 カード名は巨大果実ダンシングアップル。

 パワー、ライフ共に1で、死亡時に無属性の魔力を得る効果を持つ。


 言うまでもなく、貧弱。

 この窮地きゅうちにおいて、あまりにも心許こころもとない。

 何しろ次のターンには、相手はジャイアントボアを召喚しょうかんしてくる。

 場に出てすぐ行動できるアサルト能力により、このままでは6ダメージも受けてしまう。


 だが、それを防ぐためのカードをごうは引けなかった。

 残酷な運命へと怒りを向けるのも無理はない。


 それでも、これがカードゲームの宿命。


 毎ターン開始時に、シャッフル済みの山札からカードを1枚引く。

 これは、多くのカードゲームに共通する基本ルール。


 ねらった1枚を何十枚の中から引き当てることなど、到底とうてい無理。

 だからこそ、デッキを作る際には戦略の一貫性いっかんせいが重要となる。

 引きたかったカードと違っても、軌道きどう修正を容易よういにするためだ。


 もちろん、ごうも調整をおこたっていたわけではない。

 相手の猛攻を緩和できるカードは、山札残り53枚中26枚も存在していた。

 確率は約二分の一。

 引けていてもおかしくはなかった。


 それを外した時、思いをどこへぶつけたら良いか。

 その矛先ほこさきは、大抵の場合カードに向く。

 どうして期待にこたえてくれなかったのか、と……。


 しかし、ごうはただ嘆くだけで終わるうつわではない。

 怒りを爆発させながらも、微塵みじんあきらめてなどいない!

 信じるのはおのれの勝利のみ。

 その証拠しょうこに、彼はゆっくりと息を吸い……。


「ふざけやがって……」


 そうつぶやくと、次の瞬間しゅんかんにはもう前を向いていた。

 そして、あの獰猛どうもうみを浮かべ……。


「王に反逆する手下は処刑しょけいしないとな……。呼んでもないのにしゃしゃり出てきた挙句あげく迷惑めいわくをかけたダンシングアップル! 貴様きさまは命でつぐない、このごう様に魔力をささげろ!」


 声を張り上げ、ダンシングアップルを場に出した。

 そして、ターン終了を宣言。

 と同時に、相手の火竜祭の効果が発動し、ダンシングアップルは他のレプリカと共に捨て札へ送られた。

 ごうの場に残ったのは、瀕死ひんしの見習いシスター1体だけ。

 まさに絶望的。


 対し、フウマはきとターンを開始!

 彼はまず、彷徨さまよ怨霊おんりょうと見習いシスターを相打ちさせた。

 そして、がら空きになった場を見て口角を上げる。


「死亡時の効果で3ダメージ! そして、ジャイアントボアを召喚しょうかんして攻撃や!」

「んぐぅ!」


 合計9ダメージを受け、ごうのライフは13。

 この圧倒的あっとうてきな火力を前に、見習いシスターの効果で増やした2ライフ分など露程つゆほどでしかない。


 大きな痛手をい、迎えたごうのターン。

 引いたカードを見て、再び彼は激怒した。


おせぇよ!」


 目に映るそのカードは、白檀びゃくだん療法士りょうほうし

 ターゲットのライフをプラス2する効果を持つカード。

 前のターンに引いていれば、見習いシスターをもう1体生き残らせてジャイアントボアの直撃をまぬがれた。

 そう、前のターンに引けていたなら……。


 だが、なげいてばかりでは勝つことはできない。

 仕方なく、ごうは火の国の軍師と共にそれを場に出した。

 それらの効果で、超魔術プラン・リライトを手札に加え、さらに自身のライフをプラス2。

 ギリギリえている。


 冷やあせにじませるごう

 対し、フウマは流れに乗る!


「オレのターンやな。まずはジャイアントボアで攻撃するで」

「対象に火の国の軍師を選択!」


 ごうは何とか二度目の直撃を回避かいひ

 しかし、フウマの攻めはまだ終わらない……!


「続いてリッパーを召喚しょうかん。そのまま攻撃や!」

白檀びゃくだん療法士りょうほうしでガード!」

「もろたで! ストーンペアーを召喚しょうかんし、攻撃! 先に行動権を消費させたおかげで、返りちにわずに済んだわ!」


 息もつかせぬ攻防と宣言。

 その結果、先程増えたごうのライフは12まで減少。

 しかも、相手の場には3体のレプリカが並び、パワーは合計12。

 対するごうは、ライフ1でえた白檀びゃくだん療法士りょうほうしが1体のみ。


 ここまで防戦一方。

 だが、そんな状況下……ターンを得たごうは不敵なみを浮かべた!


「……かかったな!」

「なんやて!?」

「オレはえて、お前の策に乗ったんだ。全部読んだ上で……な! おかげでリッパーのライフを1に調整できた。そして、ストーンペアーは元々ライフ1。この意味がお前にはよくわかるだろ? 何しろ……さっき、お前が教えてくれたんだからなあ!」


 嬉々ききとしてカードを高々とかかげるごう

 そして、そのままテーブルへとたたきつけた!


「サラマンダーを召喚しょうかん! これで、ジャイアントボア以外は捨て札行きだぜ!」

「くっ……! やってもうた!」


 フウマが歯を食い縛る。

 その視線の先には、今出されたカード。

 サラマンダーは2プラス火1魔力と比較的扱いやすいコストでありながら、相手のレプリカ全てに1ダメージを与える効果を持つ。

 結果、場のレプリカ数を2対1まで持ちんだごう

 さらに、もう1枚のカードを手に取り、場へ出した。


「ダンシングアップルを召喚しょうかんして、ターン終了。形勢逆転だ!」


 ごうの大声が会場に響く。

 対し、フウマは顔を右手でおおった。

 その様子を見たごうは、落胆らくたんしているのだろうと推測する。


 だが、その直後……不気味ぶきみな笑い声がれ出した。

 声は徐々じょじょに大きくなり、周囲に充満してゆく。

 そして次の瞬間しゅんかん、フウマはおおっていた手を勢いよくはらい、勝ちほこったように大声で笑い出した!


「何や、その程度かいな! 心配して損したわ。オレの手札が枯れるまでえれば勝てると、そう思うたんやろなあ……。残念やけど、それは誤算や」


 そう告げたのち、まずはターン開始時のドロー。

 そして、フウマは1枚のカードを場に出した。


「ターゲットをプレイヤーに指定し、リビングデッドを召喚しょうかんや」


 出されたカードを目にし、ごうは目を見開き手を震わせる。

 ポカンと口を開けたまま絶句する彼を見て、フウマは勝利を確信しニヤリと笑った。


「まずはプレイヤーへ2ダメージ。そして、リビングデッドをサクリファイスの生贄いけにえにして、さらに8ダメージ追加や!」

「……く!」


 リビングデッドの使用時の2ダメージと、死亡時の4ダメージ。

 そこへサクリファイスの4ダメージが加わり、合計10ダメージのコンボ。

 これにより、ごうの残りライフは2!


 歓声かんせいが沸く中、フウマはこぶしを空へと突き上げた!


「よっしゃ! オレの勝ちや! リビングデッドは自身の効果で手札へ戻る。せやからオレの手札が枯れることもない。そして、場にはジャイアントボアが残っとる。さあ、決めるで!」


 フウマはジャイアントボアで攻撃宣言し、ごうは対象にダンシングアップルを選択。


 そのバトルののち、ターンがごうへと回ってきた。

 だが、彼はうつむいたまま動かない。


 その暗い表情を見て、フウマが笑う。


「どないしたんや? 終わりかいな。口だけやったな……。黙っとらんと、何か言うてみい」

「……」


 フウマはごうの口から言葉が返ってくる気配を感じず、もう終わりだと確信した。

 思わずゆるむ表情。

 と、その時……。


「……なあ? どうだった?」


 沈黙を破り、ごうが問いかけた。

 そして、怪訝けげんな表情を浮かべるフウマへとさらに続ける。


「どうだった? そう聞いてんだよ……。このごう様の演技は、そんなに上手かったかよ!?」

「ああっ?」

「確かに、この勝負オレはずっとあせりっぱなしだった。それは事実。だが、直前のターンに動揺どうようして見せたのは演技だ!」


 そう宣言し、ごうは手札の超魔術ネゲイション・リライトを、デッキ外の超魔術カウンタースペル・リライトと交換。

 それを見たフウマは胸をで下ろした。


「何や。それだけかいな。サポートが封じられても、リビングデッドを召喚しょうかんして勝ちや」

「これはただの備えだ。このごう様の切り札は別にある。今、紹介してやるぜ……。超魔術プラン・リライトを使用! 山札から加えるのは……」


 1枚1枚みしめながら、目的のカードを探すごう

 そのおぞましさにまれ、段々と不安にり立てられるフウマ。

 数秒後……。


「見つけたぜ……。守り神! このカードを手札に加え、召喚しょうかん!」

「なっ……!?」


 急にあせりだすフウマ。

 無理もない。


 守り神は、その名に相応ふさわしく防御ぼうぎょに特化したプラチナカード。

 ダメージを軽減するアーマーという効果を持っている。

 しかも、その値は3。

 つまり、受けるダメージを3減らす。

 そして何より強力なのは、使用者へのダメージを身代わりに受ける効果。


 一気に安全圏あんぜんけんへと逃げ切ったごうは、反撃に転じる!

 前のターンに召喚しょうかんしたサラマンダーで攻撃!

 これにより、フウマのライフは19から16へ。


 勢いづくごう

 対し、ターンを迎えたフウマ。

 彼はあせりながらもカードを場に出した。


「超魔術デス・リライトを使用!」

「おいおい、見てなかったのか? さっき加えたカウンタースペル・リライトで対抗するぜ!」


 そんなわけがないことくらい、ごうとて百も承知しょうち

 予選とは言え決勝の相手だ。

 自分を追い詰める程の力量の敵が、そんなぼんミスするわけがない。


 そうとわかった上でのあおり。

 それにより、フウマはさらに冷静さを失う。


「うっさいわ! わかっとる! 少しでも、守りを手薄にしたまでや! サポートがダメなら、レプリカで突破すればええ! エリミネイターを2体召喚しょうかん! ジャイアントボアで攻撃!」

「対象に白檀びゃくだん療法士りょうほうしを選択!」

「くっ……! ターン終了や。まさか、まだ試合が続くやなんて……」


 なげくフウマ。

 対し、ごうは鼻で笑う。


「まだわからねえのか? 試合が続く、だと? ちげぇよ、終わるんだ。このカードでなあ!」

「っ!」


 たたきつけられたごうのカードを見て、フウマは言葉を失った。

 その目に映ったのは、火吹きのヴォルケーノ。

 その光沢こうたくを、ごう自慢じまんし見せびらかす。


「どうだ? プレミアム仕様の火吹きのヴォルケーノは? 初めて見たか? このごう様はなあ、プレミアム仕様のプラチナカードをたくさん持ってんだ。もちろん、通常版のプラチナなんてくさる程ある。仲間にあげるくらいに、な!」

「……」

「何も言えなくなったか。なら、とっとと終わらせるぜ! サラマンダーで攻撃! そして、ターン終了。焼きくせ、オレの相棒あいぼう!」


 全てのレプリカは3ダメージを受けた。

 その結果、ヴォルケーノと守り神以外は全て捨て札へ。


 フウマは場の戦力を失い、ターンを迎えた。


「こうなったら……インフェルノブリンガーを召喚しょうかん! こいつなら、ヴォルケーノをたおすことが可能や!」

「悪いな。高コストのなぐり合いでは、このごう様に勝てねえよ。それに、そいつらの最大の弱点を知ってるしな」

「何やて!?」

「カウンター発動! 超魔術ネゲイション・リライト!」

「……」


 ついにフウマは放心。

 以降、一方的にごうが攻め切り、決着した。


 歓喜かんきするごう

 こうして、予選を無事に突破した。




 ――その帰り。

 会場を後にするごうを、フウマが呼び止めた。


「ちょい待ちぃや! 連れてきたい場所があるから、来いや」

「ああん?」

「ええから、はよ!」


 そう言って細い道へと入ってゆくフウマ。

 ごうあやしみながらも、喧嘩ケンカっ早い性格上、無視できずについていく。

 しばらくして、フウマが立ち止まった。


「ここや」

「何だ? こんな人気ひとけのない場所へ呼び出して……。喧嘩ケンカなら買うぞ!?」

「ちゃうわアホ! さっきのはオレの完敗や。いい勝負の礼におごったる」

「……はあ?」


 戸惑とまどごう

 それを気にめず古びた建物へと入ってゆくフウマ。

 ごうも意を決して中に入ると、そこはたこ焼き屋だった。

 唖然あぜんとするごう


 しばらくして、フウマが一パック手渡し、笑った。


「知る人ぞ知る、うまい店や。うてみ」


 うながされるまま頬張ほおばごう

 そのおいしさのあまり、彼は目を見開いた。

 それを見てフウマは声を上げて笑う。


「な? うまいやろ? ……ほんで、いながらでええから聞いてや。オレがまだ小学校低学年だったころ。当時、速攻の異名で呼ばれたゲーマーがおってな。オレはそいつにあこがれて、カードゲームを始めたんや。……今日の勝負は、その時と同じくらい胸が高鳴った。ありがとな! おおきに!」


 その言葉にごうはハッとした。


「……なあ? おおきにって、ありがとうって意味だろ? なら何でその前にありがとうって付けるんだ?」


 昼休みの時、気になっていたこと。

 どんな理由があるのか、想像をふくらませながら返答を待つごう

 だが、予想に反し、フウマは腕組うでぐみして低くうなっている。


「何でやろなあ……? わからんけど、この辺りの人はみんなそう言うで?」


 その返答に、ごうは思わず笑いだした。


「何だよそれ! 自分でもわからないのに使ってるのかよ!」

「あかんか?」

「いや、最高だぜ! そっか、そういうもんか……」


 ごうは不思議と納得して、おだやかなみを浮かべる。

 そして……。


「たこ焼き、ありがとな。おおきに」


 そう言ったのち、少し気恥きはずかしそうに顔をそむけた。

 それを聞いたフウマは満面のみを浮かべ……。


「おう! 本戦、見に行くで。がっかりするような試合、見せんといてやー」


 冗談じょうだん交じりに軽口をたたいた。

 対し、ごうたのもしく笑い……。


「言ってくれるぜ! 度肝どぎもを抜いてやるから、楽しみにしとけ!」


 そう言い返した。

 試合の時のあおり合いとは違い、とても楽しそうに……。


 こうして……いい思い出と共に、ごうは帰りの新幹線へと乗った。

 めずらしくさびしげな表情を浮かべ、車窓の外をながめる彼。

 名残惜なごりおしさの中、非情にも景色はどんどんと遠ざかってゆく……。

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