第27話 明かされた正体!

 騒動そうどうからさらに約一か月がち、八月のなかば。

 世間が夏休みで浮かれている中、大会出場者たちには緊張感がただよっていた。


 何しろ今日は本戦一日目。

 今まで費やしてきた努力が、一瞬いっしゅんで水泡にすかもしれない。

 そんな不安を誰しもが抱えんでいる。


 ゆえに、ひかえ室での口数は少なく、視線は鋭く、空気は重たく……。

 ぞろぞろと入場してゆく観客のにぎわいと比べ、同じ会場内とは思えない程に殺伐さつばつとしていた。


 そんな彼らとは違い、シード枠のすぐるはいつも通りクール。

 彼はこの暑い中で汗を一滴いってきも流さず、無表情で会場近くの自動販売機へと向かってゆく。

 と、その姿を見つけたごうが「よう」と声をかけた。

 すぐるはゆっくりと振り向き……。


「……ああ」


 と生返事をした後、自動販売機へと向き直る。

 そして、ブラックコーヒーを選び、手にするなり平然と飲みだした。

 それに気付いたごうが思わず「うげっ!」と声に出す。

 だが、すぐるは気にする素振そぶりも見せず、飲み続ける。

 当然、ごうおどろきはおさまらない。


「何飲んでんだよお前!? 間違って買ったのか? そうだよな!?」

「……? いや? 毎日飲んでるが?」


 そう答えたすぐるは真顔。

 ごうあきれて溜息ためいきく。


「マジで言ってんのかよ……。普段からストレートティー飲んでるあたりから、おかしいとは思ってたけど……」

「落ち着くのに丁度いいぞ。お前も飲んでみろ」

「お断りだな! 試合前に落ち着いていられるか! こういう時は炭酸飲料一択! 一番キツそうなのをな!」


 そう言ってごうは強炭酸と書かれている飲み物を購入こうにゅうし、一口飲むと目を強くつむった。


「く~! みるぜ! お前も試してみろよ、目が覚めるぜ?」


 不敵な笑みを浮かべ、自動販売機を顔で指し示すごう

 対し、すぐるこたえる代わりに鼻で笑う。

 当然、その態度はごうかんさわり、表情が豹変ひょうへんする。


「お前! 炭酸バカにしてんのか!?」

「してない」

「じゃあ何だその態度は!?」

「別に?」

「ああん? お前……さては炭酸飲めねえな?」

「飲める」

「本当か? あやしいな……」

「お前こそ、こんな下らないやり取りで緊張を誤魔化ごまかそうとしてるだけだろ?」

「なっ!? ちげぇよ!」


 動揺どうようし、声を大にして否定するごう

 対し、すぐるおだやかな視線を返す。


「心配するな。オレとじんが出るのは次からだ。オレたちに匹敵する奴なんか、そうそう現れないだろ」

「だから、緊張してねえって!」

「じゃあ、その震えは何だ?」

武者震むしゃぶるいだ!」

「足で武者震むしゃぶるいか。器用だな」

貧乏揺びんぼうゆすりだ!」

「両足で貧乏揺びんぼうゆすりか。ますます器用だな。しかも立ったまま……」

「あー、もう! うるせえ! オレは先に会場行ってるから、お前はそこでのんびりしてろ!」


 そうえてごうは走り去った。


 その十分後……。

 今度は花織がやって来た。


「おはようございます」

「……ああ」

「結局あれからすぐるさんのご両親、来ませんでしたけど……。今日も大丈夫でしょうか?」

「来たら来たで、無視するだけだ。お前は自分の心配だけしていればいい」

「そうですね……。私、勝ち進める自信ないです」


 うつむく花織。

 対し、すぐるたのもしく笑う。


「お前に教えたのはこのオレだ。今日までずっと特訓してきただろう? それでもまだ不安か?」


 その言葉に、花織の表情へにわかに光がす。


「そうですよね。私はもう初心者じゃありません。すぐるさんに教わった基本が、私のカードゲームの中にもありますから……!」

「ああ、楽しませてくれ。オレは客席で見てるから」

「はい! 行ってきます!」


 元気よく返事し、花織も会場へとけていった。




 ――数十分後。

 会場にスポットライトが当たり、開会のファンファーレが鳴り響いた。

 直後、入場する出場者たち。


 その中でも一際ひときわ目立っている者……いな、悪目立ちしている者が三人。

 一人はコスチュームに身を包んだアイドル。

 それと呼応するかのごとく、客席にはファンのかたまり

 やたら色々な光り方をするペンライトと、キャンディちゃんラブと書かれたウチワを振っている。

 残り二人は、カラフルなパンダの着ぐるみ男と、宝石を散りばめた青いドレスを着た金髪の女子。


 他の出場者から痛々しい視線を向けられるが、本人たちは気にしていない。

 それどころか、観客へと猛アピールをする始末。

 良くも悪くも客席はざわつく。


 こうしたにぎわいの中、いよいよ本戦が始まる。

 開会の挨拶あいさつも早々に済み、ルール説明へと移行した。


「本日行う一回戦目では、参加者総勢五十人から六名の準々決勝への進出者を決定! 相手を選んでバトルしていただき、三敗した方から脱落となります。いどまれたバトルは受けなくてはなりません。残り六名となるまで、戦い続けてもらいます。それでは、本戦スタート!」


 始まりを告げる合図。

 それと同時に、みなが顔を見合わせる。

 バトルに勝っても、準々決勝に進むためのアドバンテージになるわけではない。

 つまり、周りのつぶし合いを待つのがかしこい判断。


 誰もがそう考え、停滞ていたいするかと思えたその時。


「おい、あいつになら勝てるんじゃないか?」


 誰かがそう声に出した。

 その指さす方向にいたのは花織。

 周囲の視線が一斉いっせいに彼女へと向く。

 次の瞬間しゅんかん、出場者の一人が花織へとバトルをいどんだ。


 簡単な話だ。

 じっとしていれば、誰かにバトルをいどまれるかもしれない。

 それなら、確実に勝てそうな相手と戦っていた方がいい。

 その考えに逸早いちはやいたったずるがしこい者が、そいつだ。


 直後、花織へバトルをいどもうと長蛇ちょうだの列が形成されるも、この理屈をわかっているものはたして何人いることか。

 多くの人は、ただ弱者を狩るためだけに並んでいる。


 集団で一人を相手取る構図は、さながらイジメのよう。

 その卑怯ひきょうさを目にし、ごう一瞬いっしゅんの迷いもなくデッキを手に取り立ち向かった。


「かっこ悪いな、お前ら。たった一人に対してってたかって」

「ああ?」

「ダサくて見てられねえっつってんだ。お前らさ、優勝しに来たんじゃねえのかよ? 他の奴と戦うのがそんなに怖いか? 勝つ気がねえならさっさと帰れ! このごう様が黒星をくれてやらぁ!」


 怒鳴どなり声と共に、最前列の男へとデッキを突き付けるごう

 これで花織の負担も半減した。

 だが、たった二人で四十人以上相手にするのは大変。

 客席で見ているすぐるも険しい表情を浮かべる。

 と、その背後から……。


「やあ、すぐる君」


 こおり付くような静かな声が、すぐるの耳へと届いた。

 ギョッとして振り向いた先にいたのはじん

 彼は、あろうことかすぐるの隣へと座った。

 当然、すぐるは席を変えるべく立ち上がろうとするも、じんはそれを制止する。


「待ってって。話をしに来ただけだよ。ほら見て。心配しなくても、たのもしい味方がいるよ」


 会場を指さすじん

 うながされるまま視線を向けると、すぐるの目にはしょうの姿が映った。

 だが、その光景の意味はわからず……。


「あいつ、何やってんだ……?」


 そうつぶやいた。


「参加者に混じって、過度な集中砲火やバトル回避かいひを取りまってるんだよ。もちろん、ルールにのっとったバトルによって、ね。それに、ほら」


 今度は違う場所を指さすじん

 そこにいたのは先程の悪目立ち三人だった。

 彼女らは「弱い者イジメは許さない!」など、並ぶ参加者を口々に批難しバトルをいどんでいる。


 そして、バトルが始まると……魔力を数えるカウンターとして、それぞれに不可思議な物を取り出した。

 アイドルのキャンディは飴玉あめだま、着ぐるみ男は自分をした超小型の人形、ドレスの女子は本物の宝石。

 そのあまりの異常さに対戦者たちは非常識だとののしるも、三人は平然としている。

 それどころか……。


「あら? ご存知ぞんじなくて? 魔力カウンターは、バトルに支障なければ何を使用してもよろしくてよ?」

「そうよそうよ! 知らないの?」


 などとあおり返す始末。

 その声は観客席までは届かないが、すぐるは大体の内容を察する。

 そして、あきれるあまり……。


「何だあいつら? ふざけてるのか?」


 と、つぶやいた。

 対し、じんは真顔で答える。


「いや、あの三人は真剣だよ。どっちかと言うと……ふざけてるのはしょうさんかな」


 そう言って見つめる先……早くも一試合が決着した。

 あまりの早さに出場者たちはざわつく。

 その内の一人……四十代の男がしょうの笑顔を見るなりハッと目を見開いた。


「あ、あいつは……!」


 思わずれる声。

 前に並ぶ少年がそれに気付き、振り返った。


「どうかしたのかよ? おっさん」

「……今の試合、最初から最後まで見ていた。あの鮮やかな速攻、勝った時のさわやかな笑顔……。間違いない……あいつは速攻のしょうだ!」

「は? 誰だよそれ?」

「……二十年近く前の話だ。当時はまだカードゲーム黎明期れいめいきで、速攻という概念自体も定着しだしたころだった。そんな時代に、あいつは周りの意見に流されず、自分の道を切り開いたんだ。速攻デッキに攻撃用のカード以外を入れるなんて邪道だと、周りがどれだけ笑おうとも、それを無視して……。結果、あいつが正しかったと証明された。大の大人たちが……当時小学校低学年だったあいつに、完膚かんぷなきまでにたたきのめされたんだ! 一人残らず!!」


 話を聞いた少年は、おどろいてしょうへと視線を向ける。

 目に映るのは生き生きと戦う姿。

 ながめている間にも、戦局はどんどん動く。

 盤面をいろどるのは、有無うむを言わさぬ苛烈かれつな攻め。


 数分後……。

 またしても瞬足しゅんそくの勝利をもぎ取ったしょうは、さわやかな笑みを浮かべていた……。

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