第7話 興味の対象

 流れる不穏ふおんな空気。

 その重圧に声をひそめる周囲の人々。

 集まる視線の中、すぐるの言葉に花織が戸惑とまどっている。


「私を助けるためじゃなかったんですか!?」

「そんなつもりはない。ただ、お前に興味があっただけだ。聞きたいことがあるから、明日あの場所へ来い。昨日会ったあの場所にな……」

「え? あの、ちょっと待って……」

「カードは返す。それじゃ、明日」


 一方的に伝えると、すぐるはデッキを置いて立ち去ってしまった。

 周囲の人々も他のテーブルへと散り散りに戻ってゆく。


 一人残された花織。

 そこへしょうが歩みり、優しく微笑ほほえみかける。


「ごめんね、心配だったから様子を見させてもらったよ」

しょうさん、私どうすれば……」

「大丈夫。すぐる君は悪い子じゃないから。カードだって返してくれたでしょう?」


 テーブルへ置き去りにされたデッキを、しょうが手の平でし示した。

 うながされるまま花織はそれを手に取り、裏面の一点をじっと見つめる。

 うつむく彼女の視線は低く、それに合わせしょうかがんだ。


「きっと、すぐる君の言い方が悪かっただけだよ。手を貸す気がないんじゃなくて、まだ貸すと決まったわけじゃない。そう言いたかったんじゃないかな? ちゃんと思いを伝えれば、きっとわかってもらえるよ」


 優しくはげまされ、花織は無言でうなづく。

 が、その表情は依然いぜんとして暗いまま。

 しょう気遣きづかってさらに二言三言かけるも、そう簡単に不安は消えない。

 だが、今の花織には他にどうすることもできず、その不安と共にこの日は帰宅した。


 そして翌日。

 約束の場所へ向かうと、すぐるが壁にりかかりながら待っていた。

 その姿に気付いた花織がる。


「待たせてしまってすみません!」

「別に? ここにはゲームがいくらでもあるからな。退屈はしない」

「……」


 いつものぶっきらぼうな返答に、早くも心が折れかける花織。

 そんな思いも知らず、すぐるりかかったまま欠伸あくびを一つ。

 その間もずっと、花織は不安を抱え見つめている。

 数秒後、ようやくすぐるが口を開いた。


「で? お前は何で金が必要なんだ?」

「お母さんが病気で、治療費が必要なんです」


 すぐに問いへと答える花織。

 すぐるはそんな彼女へとあわれみの視線を注ぐ。


「かわいそうになあ。親のせいで、お前が大変な目にうなんて……」

「それは違います!」


 間髪かんはつ入れずに花織は断言。

 そして、怪訝けげんな表情を浮かべるすぐるへと、どこまでもまっすぐな目で見つめ返す。


「お母さんのせいだなんて思ってません。大変なのはお母さんの方です! 私は、少しでも安心してほしいんです!」


 懸命けんめいに伝える花織。

 対し、すぐるは首をかしげる。


「親なんていなくても生きていけるぞ。オレは親と絶縁した。それでもこの通り、生活には困っていない。金が必要なのはわかったが、それは治療費じゃなく自分の生活費にてたらどうだ?」

「嫌ですそんなの! いつも優しくしてくれるお母さんがいなくなるなんて……そんなこと……!」


 花織は両手で顔をおおい、泣き出してしまった。

 だが、すぐるはそれを気になどしない。

 気にするはずもない……。

 が、しかし、泣き出したことは気にめずとも、その言葉には引っかかりを覚えていた。


「優しい……? 親が?」


 口をいて出た疑問。

 それを耳にした花織は、顔をおおう手をゆっくりと下ろし、そして……。


「……すぐるさんのお母さんは違うんですか?」


 嗚咽おえつ混じりに、そう聞き返した。

 途端とたんすぐる外方そっぽを向いてしまい、顔をしかめる。

 その直後……。


「言っても笑われるだけだ」


 拒絶きょぜつするように、そう吐き捨てた。

 それっきり口をつぐんでしまい、顔も合わせない。

 花織もうつむき、黙り込む。


 ただ嗚咽おえつだけが、周囲の雑音へとかき消されてゆく。


 しばらくして、ようやく泣き止んだ花織が視線を戻すと、すぐる依然いぜんとして外方そっぽを向いたまま。

 一言も話してはくれないが、花織はその意をみ取る。

 話すことを恐れている、と……。


「どうしても話したくなければいいです。でも、抱えむのが辛いなら……私に話してくれませんか? もし話してくれるなら、絶対に笑ったりしません」


 静かに、割れ物を扱うかのように声をかける花織。

 数秒ののちすぐる溜息ためいきき、花織へと向き直った。


「オレは親が嫌いだ。こっちの話は聞かないし、進路も全て一方的に決める。そして、それを親の愛情だと言っている。そうか、お前もそう思うのか。それも親の優しさだと。それとも、そんな下らないことでと、やっぱり笑うか?」

「笑いません。そんなこと思いません。すぐるさんはきっと、不満を抑えきれなくなったんですね……。我が子を自分の所有物みたいに扱うなんて、酷いですよ」


 予想外の返答に、すぐるは言葉を失う。

 彼にとって初めてのことだ、否定されなかったのは。

 唖然あぜんとするすぐるの前で、花織はまるで自分自身のことのように心を痛めている。


「下らなくなんてないですよ。すぐるさんにも真剣な思いがきっとあったのに、それを聞いてもらえないなんて悲しいです。すぐるさんが親を嫌いになるのも無理ないです。誰だって嫌いになりますよ、そんなことされたら」


 そう言って、花織は涙を流した。

 その言葉にウソいつわりがないことを、すぐるは確信する。


 もしそうでなければ、はなから親の言い分を擁護ようごしただろうから。

 そうでなければ、こんな言葉は発想として出てこなかっただろうから……。


 そう判断した彼は、壁から背を離し改めて花織に向き直った。


「賞金、代わりにかせいでやるよ」

「本当ですか!?」


 花織の目がにわかにかがやく。

 しかし、すぐるの話はまだ終わりではない。


「ああ。ただし、オレの興味をずっときつけてくれるのなら、な」

すぐるさんの興味を? ……ええと?」

「例えば……そうだな。まず、オレに一度勝ってみせろ」

「ええ!? 私、ごうさんにも勝てなかったのに、そのごうさんに勝ったすぐるさんに勝つなんて無理ですよ!」

「安心しろ。オレが使うのはこの前と同じデッキだ。対策も立てやすいだろう」

「そんな……」


 突き付けられた厳しい条件に、花織は再び不安をつのらせた。

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