第18話 花織の決心

 自室でうつむすぐる

 その目はうつろで、ただ一点を見つめたまま。

 無理もない。

 あの惨敗ざんぱいを引きずるなと言う方が無理だ。


 彼は今、出口のない迷路にたたき落とされ、一人彷徨さまよっている。


 どうすれば勝てるのか?

 その答えは見つからない。


 周りからはどう思われたか。

 思い出すたびずかしさに狂う。


 何故なぜ、あいつなんかに。

 自分はこんなに直向ひたむきに戦っているのに。

 その思いはふくれ上がる。


何故なぜ、あいつなんかに……。何故なぜ、あいつなんかに……! 何故なぜあいつなんかにっ!!」


 憤怒ふんぬはやがて憎悪ぞうおとなり、百の呪詛じゅそが口からあふれる。


 とっとと忘れてしまえばいい。

 気にするだけ損。

 頭ではわかっていても、そう思えば思う程、葛藤かっとうへと引きずり戻される。


 どうやっても勝てない。

 何をしても勝てない。

 絶望に支配され、彼は勝ち方さえも見失ってしまった。


 すると、今度は恐怖がいてくる。

 自分はもう誰にも勝てないのではないか?

 そういう妄想もうそうりつかれる。

 負けのヴィジョンがあるからだ。

 自分が負けるパターンを知ってしまったから。

 もし、同じ戦術を他のプレイヤーがしてきたら、自分が負ける。

 誰も彼も、強敵に思えてしまう……。


 勝つためには、対策を立てなければ。

 しかし、答えはどこにも見つからない……。


 それでも見つけるしかない。

 そのために試合内容を思い返し、再び後悔する。

 それをトリガーとして、またみじめさを思い出す。

 また、憎悪ぞうおあふれ出す……。

 カオスな心境の中、ネガティブの悪循環はエンドレスに続く。


 気もおかしくなる。

 床をたたき、壁をなぐり、それでも治まらずにさけぶ。

 しかし、こんな事で気持ちが晴れるわけがない。

 それくらい、彼もわかっている。

 わかりきっている。

 それでも、そうせずにはいられない。

 しかし、解決になどならない……。




 ――そのころ、花織たちの二戦目は終盤を迎えていた。

 ごうの場に並んだレプリカは6体。

 それを迎え撃つべく、花織はストックゾーンに置いてあるカードへと手をばす!


「さっきごうさんが教えてくれたタイミング……今がその時ですね!」

「ああ、その通りだ」

「了解です! 超魔術テンペスト・リザーヴを使用します!」


 宣言と同時に、花織はそのカードをストックゾーンから場に出した。

 それは、じんも使用していたカード。

 リザーヴという効果を持っており、あらかじめ魔力を支払しはらっておけば、発動のタイミングを後から選べる。

 その際に置いておく場所が、場の手前に位置するストックゾーンと呼ばれる領域。


 今、花織がカードを使用したのは、まさにそのストックゾーンから。

 そう……それはつまり、リザーヴをきちんと活用した証。


 超魔術テンペスト・リザーヴ。

 その効果により、相手のレプリカ全てに1ダメージを与えることが可能。

 ごうの場にいるのは全てライフ1のレプリカ。

 つまり、この1枚で一掃いっそうできる。


 ごうは6体のレプリカを捨て札へ置く前に、一か所に固めし示した。


「これが、さっき説明したアドバンテージだ。あの段階で使用していたら、倒せるのは2体だけだっただろ? それが今は6体も倒せた。このように、カードの恩恵おんけいは状況によって増減する。1枚で相手のカード何枚へ対応できたか、それがカードアドバンテージ。リザーヴを使うなら、使うタイミングを意識するといいと思うぜ」

「はい! ありがとうございます!」

「おう! わからなかったら、何度でも聞いてくれよな! ……さてと、後は消化試合になりそうだな。オレがインフェルノブリンガーを召喚しょうかんしても、ストックゾーンにある超魔術ウェーブ・リザーヴで返されるだけ。テンポロスをしたそのすきに、反撃されて敗色濃厚。合格だ!」

「わあ……! うれしいです!」


 満面のみを浮かべる花織。

 と、そこへしょう拍手はくしゅをしながら現れた。

 そして、ごうにらんでくるのを無視し、花織へと笑顔を向ける。


「お見事! 順調だね」

しょうさん! 見ていてくれたんですね。この間はありがとうございます。おかげですぐるさんに協力してもらえました。でも……」


 うつむく花織。

 対し、しょうは目線が合うようかがみ、微笑ほほえんだ。


「大丈夫。きっと戻ってくるよ」


 優しくささやしょう

 その言葉に、花織がおどろく。


「知ってたんですか!?」

「うん。じん君から聞いたよ。すぐる君はきっと大丈夫。さっき電話で二人が特訓してることは伝えといたから。きっと戻ってくるよ」

「わあ……! 本当に思いが届くか不安だったので、うれしいです!」

「それでも来ない時は、僕が引きずってでも連れてくるから、安心して特訓に集中してね。三戦目はここで見守らせてもらうよ」

「はい! とても心強いです。少しでも多く学べるように、一生懸命いっしょうけんめい覚えます!」

「うん。僕にも教えられることがあるとうれしいな。……ってことで、いいよね? ごう君?」


 しょうさわやかな笑顔を向けた先にあるごうの顔。

 彼は、まだにらんでいる。


「……お前、ショップの入口にいたウィザーズウォーゲームの社員だな? オレとすぐるが戦ったのは、お前の誘導か?」

「あ、バレちゃった? ごめんごめん。いやあ、ごう君は強そうだったから、すぐる君と戦ったら熱戦になると思って、つい……」


 不自然に上擦うわずったしょうの声。

 その様子に、ごうは冷ややかな視線を浴びせる。


「よく言うぜ……。あれのどこが熱戦だよ。まあ、今となっては感謝すべきか……」

「よかったー! 許してもらえて!」


 わざとらしい大袈裟おおげさな言い方と共に、胸をで下ろすしょう

 ごうあきれるあまり鼻で笑う。


「まあいい。それじゃ、小休止もできたし続きをやるか」

「はい! お願いします!」


 元気な声と共に、二人は特訓を再開。

 あっという間に序盤を過ぎ、中盤へ突入。


 と、ここで暗雲が立ちめる。

 先程までは順調だった花織だが、急に足並みが乱れ出す。

 教わったばかりのカードアドバンテージを気にするあまり、おろそかになってしまった場のテンポ。


 そうなってからあわてても、もう遅い。

 一度遅れてしまった防御ぼうぎょは、容易に突破されてしまう。

 手札は潤沢じゅんたくに整っているが、並んだ敵に対応しきれない。

 何度倒しても、次から次へと押しせてくる大群。

 やがて、花織のライフは0となった。


「……参りました」


 がっくりとかたを落とす花織。

 それをはげますべく、しょう拍手はくしゅを送る。


「いやいや、よく戦えてたよ。ねえ、ごう君」

「ああ。さっき教えたカードアドバンテージを意識できてたな。けど、今回のデッキテーマはリバースだったから、テンポアドバンテージ……つまり、場のやり取りを意識するのが正解だったな」

「なるほど……カードに合わせて考え方も変えるんですね」


 今の反省点を要約すると、以下の通り。

 リバースは捨て札にあっても使用できる効果。

 その代わり、消費魔力は大きく設定されている。

 その長所を引き出し短所を抑えるには、カードリソースよりテンポを取るのが合理的。


 以上のことを花織はしっかりメモし、顔を上げた。


「ありがとうございます。おかげでいろいろ勉強になりました!」

「おう! いつでも特訓付き合ってやるぜ! さて……それじゃ、本題だな」


 ごうの顔からみが消え、それを合図にしたかのように花織がしょうへと向く。

 そして今、とんでもないことを口にする……!


「あの……。じんさんを呼べますか?」

じん君を? どうしてだい?」

「私も戦うべきだと思ったんです。すぐるさんと同じ気持ちを知るために……」

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