第19話 心からの寄り添い

 突然の申し出に困惑こんわくするしょう

 どう答えるべきか悩み、数秒後……。


「……そこまでする必要はないよ」


 優しい微笑ほほえみと共に、そう告げた。

 しかし、花織は表情をくもらせる。


「でも……」

「わかった。今からすぐる君を連れてくるから。花織ちゃんはここで待ってて」


 そう言うやいなや、入り口の方へと身をひるがえしょう

 だが、その瞬間しゅんかん


「違うんです!」


 花織のさけびが響いた。

 おどろきのあまりしょうは足を止める。


「花織ちゃん……?」

「……無理やり連れてくるなんてダメです! そんなことしたら、すぐるさんをもっと追い詰めてしまいます。私はすぐるさんの支えになりたいんです。そのためには、まずすぐるさんの気持ちを知る必要があると思いました。ですから、私もじんさんと戦わないと! お願いします!」


 必死に懇願こんがんする花織を前にし、唖然あぜんとするしょう

 だが、その表情は徐々じょじょやわらかくなってゆく……。

 やがて、いつものおだやかな微笑ほほえみに戻ると、花織の目線に合わせかがんだ。


じん君はとても強いよ?」

「はい。わかってます」

「それだけじゃない。彼と戦ってゲームが嫌いになった人もいる。すぐる君だけじゃなく、何人も……。それでも戦いたい?」

「はい……。覚悟はできています。負けてでも、きずついてでも、こうしなければ私は一歩も前に進めないんです。他に方法はありません! お願いします、しょうさん!」

「……わかった。じん君をここに呼べばいいんだね?」

「はい! ありがとうございます!」

「じゃあ、ちょっと待っててね」


 しょう携帯けいたいを手に取り、ショップの外へ向かう。

 そして、約束通りじんへと電話をかけた。


「……もしもし?」

「やあ、じん君。ちょっと、この間のカードショップに来てもらえるかな?」

「ええと、今?」

「うん」

「……どうして?」

「このまますぐる君がゲームをめたら後味悪いでしょ? そうしないための、とっておきの作戦があるんだ。そのためには君の協力が不可欠でね。是非ぜひたのみたいんだ。お願いだから、来てよ」

「……まあ、しょうさんにはいつもお世話になってるし、仕方ないか。わかったよ」

「それじゃ、待ってるからね」


 そう言って通話を切り、今度はすぐるへと電話をかける。


「……もしもし?」

「やあ、すぐる君。ちょっといいかな?」

「……切る」

「ちょ、ちょっと待って!」


 さすがのしょうあわてだす。


「ちょっとだけ時間ちょうだい! ね?」

「どうせまた、さっきと同じ話だろ? 迷惑めいわくだから着信拒否入れるぞ?」

「待って! 単刀直入に言うから! 花織ちゃんが、じん君と戦うことになった」

「ッ!?」


 電話越しに息をむ音が伝わる。

 そして、次の瞬間しゅんかん


「お前! 何考えてんだ!」


 怒鳴どなり声が携帯けいたいから響いた。

 いつになく感情的なすぐる

 彼にとって、自分以外のことで熱くなるのは初めてだ。


 本気のいかりをぶつけるすぐる

 しかし、しょうとて花織やすぐる翻弄ほんろうするのが目的ではない。

 内心、彼女らのことは気にんでおり、抑えていた感情が爆発する。


「僕じゃない! 花織ちゃんが自分から申し出たんだ。じん君を呼んでって」

「だからって呼ぶ奴がどこにいる!」

「僕が呼ばなきゃ自分で探す勢いだったからだよ! だったらせめて、僕がいつでもフォローに入れる時がいい。違う?」

「調子のいいこと言って、お前は一体何が目的だ!? これも全部、オレをゲームの世界に戻すためじゃねえのか!?」

「確かにゲームには戻ってきてほしい。けど、僕だって心苦しいんだよ! 本当なら、すぐる君たちがきずつくところなんて見たくない! でも、社長が言ったんだ。信じろ、と。すぐる君たちには才能がある。ここで終わるような人材じゃない! 終わらせてはいけない! 必ず最後に、奇跡が起こり全員がむくわれる、と!」

「だったら! そのためなら、何やってもいいとでも言うのか!」

「僕だってそう反論したさ! でも、それも全部、最後には全員の笑顔に変わるから、と。そう言われたんだ! ……たのむよ、すぐる君。いつものカードショップに来て。花織ちゃんたちも待ってるから」

「……」


 必死に説得するも、返事はなく、数秒後に通話は切られた。

 暗い面持おももちで店内へと戻るしょう

 しかし、遠目に花織たちの姿が映り、不安にさせまいと無理に作り笑いをした。

 すぐるが来るように、祈りながら……。




 ――その一方。

 すぐるは一人、葛藤かっとうしていた。

 向かうべきか、いなか。

 刻一刻と過ぎてゆく中、悩み続けるも答えは出ない。


 言うまでもなく、行きたくない気持ちは強い。

 まだ心はえておらず、合わせる顔もないからだ。


 負の感情は、言い訳を生む。

 自分が行ってたして何になるのか。

 そもそも、なぜ自分がそこまでしなければならないのか。

 赤の他人のために……。


 そう思う一方で、花織のあの泣き顔が脳裏のうりよぎる。

 すぐるの過去を、まるで自分のことのように悲しんでくれた者。

 初めて味方してくれた存在。


 そんな人が今、待ってくれている……。

 それどころか、無謀むぼうにもじんへといどむつもりだ。

 その懸命けんめいな姿を思い浮かべた時、心に声が響いた。

 あんなに純粋な子を見捨てるのか!? と。


 これまで一人で生きてきたすぐるは、らしくもなく良心の呵責かしゃくに悩む。


 それだけではない。

 このまま会えなくなれば、すぐるはまた孤独へと逆戻りだ。

 誰からも認められず、必要とされず……そして、誰一人として擁護ようごしてくれなくなる……。


 悪いのは自分だとのたまう、世間という名の四面楚歌しめんそかで生きてゆくことになる。

 そうしたら、きっと……もう二度と、笑うこともないのだろう、と……。


 不意にすぐるさけび、無我夢中で飛び出した!

 全速力でショップへ向かう!

 悩み始めてから長時間が経過していたこともあり、今から行ってもに合わないのではないか? という不安がすぐるあせりに拍車はくしゃをかける!

 転げるように前へと進む!

 息を切らし、涙を流し、死に物狂いで……!!




 ――そうとも知らず、ショップ内ではごうと花織がじんへといどんでいた。

 負けるたびにデッキを組みえ、もう七戦目に突入している。


 じんあきれるあまり、溜息ためいきく。


「心が折れないのは素晴らしいと思うよ。でもね、いい加減わかってくれないかな? 思考を読むまでもない。僕への恐怖心と緊張感からミスの連発。君たちでは僕に絶対勝てないよ」

「わかってます! でも、すぐるさんに戻ってきてもらうには、きっとこの方法しかないんです! そのためなら、何度負けたって構いません!」

「そう言われても、僕だってこんなことしたくない。相手の心を折り続けるなんて、僕も苦しいんだよ?」


 その言いぐさにカチンときたごうにらみ返す。


「言ってくれるじゃねえか、テメェ……! もう勝った気でいるのかよ? お前なんて、このごう様がコテンパンにしてやるぜ!」

「強がりはめたらどうだい? 心拍数が乱れている。本当は恐怖でいっぱいなことは、僕には伝わっているよ」

「へっ! バカじゃねえのか? 読み違えだ! お前を狩れるとワクワクしてんだよ!」

「違うね。冷や汗、体温、呼吸……。明らかに動揺どうようしている」

「だー! うっせえ! いいから勝負に集中しやがれ!」

「……はいはい。でも、この一戦で最後にしてもらうよ」


 ごらんの通り、二人は翻弄ほんろうされっぱなし。

 勝機などない。

 それでも戦い続けている。

 と、その時。


「やめろ!」


 勢いよくドアが開け放たれ、同時に怒鳴どなり声が響き渡った。

 花織とごうが思わずそちらへ視線を向ける。

 その目に映るのは、ぼろぼろになったすぐるの姿。

 る二人。

 数秒後、ようやくすぐるの息が整った。


「あんな奴と戦う必要はない。オレならここだ」


 静かに、しかし力強く告げる。

 その言葉を聞いた瞬間しゅんかん、花織は泣き出した。

 じん溜息ためいきき、その横を通って出てゆく。

 しょうあわててその後を追う。


 店内に残された三人。

 しばらくして、花織が涙をぬぐい、笑顔を見せる。


「よかったです、本当に……!」


 ぬぐったばかりの目から再びこぼれる涙。

 それを見ながら、すぐるは頭を抱えた。


「あのなあ、強引にも程がある。オレに戻ってきてほしいからって、こんな無茶を……」

「だって……! 考えてみたら、私、すぐるさんの気持ちを本当の意味で理解できてないと思ったんです。じんさんと戦ってみてからじゃないと、わからないこともあるんじゃないかって……」

「……で? どうだった?」

「とても悲しかったです。自分の全てを否定されてるようで……。全部読まれるって、こんなに苦しいんですね。一緒いっしょにゲームをしているはずなのに、じんさんはずっとつまらなそうでした。私、今本当にこの人の対戦相手として目の前にいるのかなって、不安になりました……」


 思い出しながら蒼褪あおざめる花織。

 だが、すぐさま首を振り、すぐるへといたわりの眼差まなざしを向けた。


「でも、きっとすぐるさんは、その何倍も苦しんだんですよね? 私にその全てはわかりません。ですが……いえ、だからこそ、一人で抱えまないでほしいんです。弱みを見せてはいけないなんて、おかしいですよ。泣きたい時は、泣きましょう? 私も一緒いっしょに泣きますから……」


 約束をせまる花織。

 しかし、すぐさま素直すなおになれる程、すぐるの抱えているやみは浅くない。

 それでも今は、その思いを受け入れようと、彼なりに精一杯努力し……。


「ああ……」


 と、一言だけこたえた。

 たったの一言。

 しかし、本来であれば、なかったはずの返答……。


 そして何より、すぐるが立ち直り目の前にいる。

 花織はようやく安心し、満面のみを浮かべた。

 それにられ、すぐる安堵あんどの表情を浮かべる。

 そして、すぐそば外方そっぽを向き、照れ隠しするごう


 こうして、この一件にも終止符が打たれた。

 三人は気持ちを新たに、また一歩前へと進んでゆく……。




 ――そして数日後。

 大会の日程が明らかとなり、すぐるがネットで確認中。

 すると、そこにっていた予選内容に、こう書かれていた。


 パズル問題による試験を含む、と……。

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