第5話 リスタートの鍵

 すぐるは思わず振り向き、まっすぐにしょうを見つめる。

 その直後。


「一体何が違うんだ?」


 口をいて出た問いかけ。

 その声は先程までの冷めきったトーンとは明らかに違った。

 声にめられたわずかな興味。


 その問いへと答える前に、しょうは手招きをし店内へと誘う。

 そして、戦う花織の姿を見るよううながし、しばらくしてすぐるへと視線を戻した。


すぐる君の親は確かに酷い人だと僕も思う。けどね、世の中全員そんな人ばかりじゃないんだよ。すぐる君にとってゲームが唯一ゆいいつの居場所だったように、あの子にとっては親が居場所なんじゃないかな?」

「居場所……」


 すぐる呆然ぼうぜんとし、譫言うわごとのように何度もつぶやく。

 そうしている間にも花織はまた一敗し、再び勝負をいどむ。

 その様子をながめるすぐるへと、しょうはカードリストを差し出した。


「あげるよ。対策に役立ててくれるとうれしいな。ルールはわかるよね?」

「……ああ、一回だけ戦う機会があったからな」

「そっか! じゃあ、後はカードだね! ごめんね。丁度今、持ってなくてさ! あの子にあげたので最後だったんだ!」


 不自然に上擦うわずったしょうの声を聞き、すぐるは鼻で笑う。


ウソが下手だな」


 しょうも頭をきながら笑う。


「いやあ、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。ここはどうか、僕にめんじてたのむよ」

「ったく、どいつもこいつも勝手な奴だ……」


 不平をらしながらも、すぐるは観客の輪へと向かって歩き出す。

 そこへ混ざり、見守ること数分。


 再び決着を迎えた。

 くやしそうにこぶしにぎりしめる花織。

 落胆らくたんする観客。

 沈む空気の中、ごうの高笑いだけが響き渡っている。


「何回やっても無駄むだだ! お前ら、ゴールド以上のレアリティ持ってねえだろ? カードパワーがちげぇんだよ! わからねえかなあ……」


 罵声ばせいを前に、わなわなとこぶしを震わせながら立ち尽くす花織。

 えきれず、また逃げ出しそうになったその時!


「面白いことを言うんだな、お前」


 挑発ちょうはつと共にすぐるがテーブルの前へと歩み出た。

 突然の出来事におどろく観客。

 おどろきを通り越して戸惑とまどう花織。

 そして、そんな彼女らをよそに、すぐるはまっすぐにごう見据みすえて不敵なみを見せる。


「ジョークなら百点だ。だが、もし本気なら……とんだ勘違い野郎だな」

「ああん?」


 水を差されたごうまゆひそめ、今にも飛びかかる程の勢いで身を乗り出した。


「何がおかしいんだ? 言ってみろ!」

「わからないのか? カードゲームはレアリティで戦うものじゃない。カードの効果で戦うものだ。それがわからない時点で、お前もこいつらを笑う資格はない。素人しろうと同然だ」

「何だとぉ!? そこまで言うなら見せてみろよ、お前の実力を!」


 顔を真っ赤にしたけごう

 しかし、すぐるは全く動じず、真正面からにらみ返す。

 そして……。


「ああ、お望み通り見せてやるよ。今からデッキを作るから、楽しみに待ってろ」


 低い声で、そう宣戦布告した。

 その瞬間しゅんかんごうは腹を抱えて笑い出す。


「何だよ。まだデッキも持ってねえのかよ。素人しろうとはお前の方だ、このっバカがっ!」

「心配はいらない。こいつからカードを借りて、すぐにでもデッキを組む。五分程度もらえればそれでいい」

「そんなクズせ集めみたいなカードだけで、このごう様に勝てると? こりゃあ楽しみだ!」


 愉快ゆかいそうに笑い続けるごうを残し、すぐるは花織を連れて離れたテーブルへと向かう。

 その移動が済んだ直後、花織が頭を下げた。


「すみません! まともなカード、持ってなくて……」


 申し訳なさとずかしさから、顔を赤くする花織。

 その様子にすぐるあきれ、顔をらし頭を抱えた。


「お前もそう思っているのか。やれやれ、道理どうりで勝てないわけだ……」

「え、えっと……?」


 意味がわからず困惑こんわくする花織を横目に、すぐる溜息ためいきいたのち、真顔で向き直る。


「オレなら、お前の持っているカードだけであいつを倒せる。信じられないか?」

「いいえ、信じます!」


 花織は間髪かんはつ入れずに返答した。

 その予想外の反応速度にすぐるいぶかしむ。

 適当に話を合わせているだけでは? 口先だけの信用なのでは? と。

 真偽を確かめるべくすぐるはその目をじっと見つめるも、返ってくるのは真剣な眼差まなざし……。

 それだけではわかるはずもなく、知りたくば問いただすより他にない。


「……どうしてオレを信じられる?」

「わかりません。けれど、たのみ事をするならば、信じないのはおかしいと思います。いえ、信じるべきだと思います! だって、自分が逆の立場なら、そうじゃなければ悲しいですよ……」


 その言い分に、納得するだけの根拠はなかった。

 しかし、その言葉には相手を尊重そんちょうする想いがある。

 それを多少なりとも感じ取ったすぐるは、それ以上深く追及することをやめた。


 こうして話は決まり、すぐるは花織から借りたカードでまたたにデッキを作成。

 約束通り、五分以内にごうの前へと戻った。

 そして、逃げなかったことだけはめてやるだの、そっちこそどうのこうのと、使い古されたやり取りと共にデッキをシャッフルする二人。

 先にシャッフルを終えたごうが、初期手札を引くため山札に手をかける。

 それに対し、すぐるは「おっと」と呼び止めた。


「言い忘れてたな。先攻と後攻、好きな方を選ぶといい。あわれなお前に、せめてものハンデだ」


 めた申し出をのたますぐる

 当然、ごうの怒りを買う。


「お前、誰に向かって言ってんだ? あ?」

「いいから選べ」

「……言ってくれるじゃねえか。なら、先攻をもらうぜ。たっぷり後悔こうかいさせてやるよ!」

「それは楽しみだ」


 ついに始まった二人の戦い。

 初手の引き直しをおこなったのち……。


「……ッ……フフッ……。……ッ……フハハ。……フハハハハハハ!!」


 ごうは目をギラつかせ、勝ちほこったように笑い出した。


「最高の手札だっ! これ以上にない、最善の初期手札! かわいそうだが、最速でお前の負けだっ!」


 そう言ってまずは、無属性の魔力を1つチャージ。

 その後、手札から耕作を場へと出した。

 花織とのバトルでも使用した、魔力を増やすカードだ。


 ごうの順調な滑り出しに、観客たちが不安な視線を注ぐ。

 だが、すぐる飄々ひょうひょうとしたまま。

 そして回ってきたターン。

 すぐるは水の魔力をチャージした後に手札を1枚、場へと出し……。


「幼きエスパーを召喚しょうかん。そして、効果発動」


 一連の宣言後、山札を手に取った。

 そして、目的の1枚を探し出し、ごうへと見せる。


「サボタージュ。このカードを手札に加える」

姑息こそくなカードだな。そんなもん、一時凌いちじしのぎにしかならねえよ」

「そうか。まあ、そう思いんでいればいい」


 すぐるは鼻で笑い、ターンエンドを宣言。


 ごうの2ターン目。

 使用したのは、またしても耕作。

 しかも今度は2枚。

 たったの2ターン目にして、すでに魔力は5。

 その代償に受けた合計3のダメージなど、気にする素振そぶりすら見せない。

 それどころか、増えた魔力を見てニタニタと笑う始末。


 そしてさらに、ごうは残った魔力を使い、もう1枚のカードを場へと出した。


「方針を使用」


 宣言後、山札を手に取りカードを探し始める。

 そして、見つけ出したそれをすぐるへと突き付けた。


「レッドドラゴンを手札に加えさせてもらうぜ。最速で降臨するこいつを止めることは不可能だ!」


 口元をゆがめるごう

 顔をしかめる観客たち。


 だが、すぐる依然いぜんとしてすずしい顔。

 あわてる様子は微塵みじんもなく、前のターン同様に小型のレプリカを新たに出すのみ。

 そして、攻撃によって与えたダメージはたったの1。

 その戦法を見たごうは、に落ちてうなづく。


「ようやくわかったぜ、お前の思惑おもわくが。こっちが魔力を貯める隙を突いて、速攻で倒しきるつもりだったんだろ? 甘いぜ! お前と同じ考えの奴なら他にもたくさんいた。だが、一人として勝てた奴はいない! 対策済みなんだよ。めんな!」


 怒鳴どなり声と共に、ごうは迎えた3ターン目でレッドドラゴンを場に出した。

 観客のあせりもピークに達する中、やはりすぐるは余裕の態度。

 その割に、特に何か仕掛しかけるわけでもなく、あいも変わらず低コストのカードを並べるだけ。

 しかも今回は1体のみ。

 使用可能な魔力も余らせている。


 対するごうの4ターン目。

 ついに魔物がきばく!


「レッドドラゴンで攻撃! 効果対象に選ぶのはプレイヤー、テメェだ!」


 攻撃時の効果により、3ダメージを宣告されたすぐる

 さらに、攻撃自体による6ダメージもそこへ加わる。

 このままでは、すぐるは大ダメージを受けてしまう!


 攻勢に立ったごうの目がギラギラとかがやく。


「さあ、選べよ!」


 選択肢をせまごう

 レッドドラゴンは強すぎるがゆえに制御不能。

 サベージの効果により、攻撃対象を選ぶ権利は相手プレイヤーにある。

 つまり、味方レプリカを犠牲ぎせいにすれば、6ダメージ分は自身が食らわずに済む。

 だが……。


「攻撃対象に選ぶのは……オレ自身だ」


 すぐるが告げたのは予想外の返答。

 一瞬いっしゅんごう呆気あっけに取られるが、すぐさま嘲笑ちょうしょうしだす。


「何を言い出すかと思えば。そうかよ、そんなに兵力が大事かよ。確かに一理あるが、肝心かんじんのお前のライフはつのか?」

「ああ、ちゃんと計算済みだ」

「残念だが、それは誤算だ。なぜなら……お前の陣営は全てこのターンで消し飛ぶからだ! でよ! 火吹きのヴォルケーノ!」


 高らかな宣言と共に、ごうはカードを場へとたたき付けた!


 火吹きのヴォルケーノ。

 そのイラストはレッドドラゴン同様、プラチナカード特有の光沢を帯びており豪華。

 描かれているのは禍々まがまがしい巨大な怪物。

 全身にまとう溶岩がドロドロと溶け落ち、周囲を焼きはらう様子が描写されている。


 当然、効果も凶悪。

 その詳細しょうさいを今、ごうがご満悦まんえつで語り出す。


「こいつは毎ターン終了時に敵味方関係なく全体ダメージをき散らす。お前の兵力はライフ1の雑魚ザコばかりだから、一撃だ!」


 高笑いが響き渡る。

 だが、次の瞬間しゅんかん


「カウンター発動。ネゲイション」


 すぐるは落ち着いた口調で宣言し、そのカードを場に出した。

 それは召喚しょうかんを中断するカード。

 なおかつ、カウンター(宣言に割りんで使用可能な効果)をあわせ持つ。


 対抗手段のないごうは、舌打ちし、ヴォルケーノを捨て札に置いた。


「いい気になるなよ。次のターン、蘇生そせいしてもう一度出せば済む話だ。何度も言うが、そんなもん時間かせぎでしかねえんだよ」

「そうか。そう思っていればいい」


 あおるような発言と共に、迎えたすぐるの4ターン目。

 彼の使用したカードは取捨選択。

 その名の通り、手札を2枚捨て札に置き、2枚引くという効果。

 つまり、場の戦力自体は増えない。


 観客たちはあせりを通り越してあきれだす。

 このおよんでまだ反撃に出ないのか、と……。


 そんな空気の中、迎えたごうの5ターン目。

 またしてもすぐるはレッドドラゴンの攻撃対象にみずからを選び、9ダメージを受けた。

 そしてさらに、ごうの追撃が加わる!


「リザレクトでヴォルケーノを戻し、召喚しょうかん! 今度こそ終わりだ!」


 先程の怪物が場に舞い戻った。


 すぐるの残りライフはたったの2。

 このターン終了時に全滅ぜんめつを宣告された自軍。

 立ちふさがる2体の強大な怪物!


 もはや観客たちは失望し、すぐるの負けだとばかりに溜息ためいきいた。

 しかし、ただ一人……花織だけはまだすぐるを信じ祈っている。

 そして、その視線の先……。

 この状況下においてなお、すぐるは不敵に笑っていた。

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